視線の 先 ―――



レッスン

Lesson6




「っしゃ! ノルマ達成〜!」


襲ってきた刺客達を事もなさげに片づけて、悟空はガッツポーズをしている。

悟浄は自分のノルマの最後の1人を片付けて、鎖鎌を引き寄せる。カチッと元に納まった鎌は、光となって手の中から消えた。

ひと段落ついた所で、煙草に火を付けて、ふと悟空を見る。

そして、別に何とも思わない事にホッとして煙を吸い込んだ。


昨日抱いた初めての感情を、正直、悟浄は持て余していた。

胸が苦しくキュッと痛む、知らないモノ。

無意識に、それが少しだけ怖くて。

だから、今日は何も感じない事に胸を撫で下ろしたのだ。


やはり昨夜の感情は、ただの気のせいだったのだろうと結論付ける。

あんな訳の解らない感情、早々に忘れてしまった方が賢明だ。

けれど、悟空を見ていると、何故か昨日の事を思い出す。



昨日抱きしめた悟空の身体は、思っていたより小さくて。



思っていたより、柔らかくて。



思っていたより…ずっとずっと… 心地良い、体温だった …。




「悟浄! 聞いていますか!?」

「あ? 何だよ?」


振り返ると、八戒が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。


「何度呼んだと思ってるんですか? 悟空ばっかり見てないで話を聞きなさい」


まったく、とため息を吐く八戒に、眉間に皺が寄った。


「は? 悟空なんざ見てねっつーの! 誰があんな子猿を見るかよ」


「嘘をおっしゃい。最近ずっと悟空ばかり見てるじゃないですか。 何かあったんですか?」




「……………え…?」




思わず聞き返してしまう。


「何ですか?」

「何って…さっき…」


―― …変な言葉が聞こえたよーな…?


悟浄の表情から察したのだろう、八戒は先程の言葉を反復した。


「あぁ、“何かあったんですか?” 」

「いや…じゃなくてよ…」


聞き返したい部分はそこではない。

けれど、自分から言うのも認めてしまうようで出来なくて。


「では、“悟空ばかり見てる”、ですか?」


再度言われた言葉に、空耳ではなかったとガックリする。




「…いや〜…なんつーか……………………………………………………マジで…?」




乾いた笑みを浮かべながら顔を上げると、何を今更とでも言うようにコクリと頷かれた。


「気付いてなかったんですか? マジですよ。 それより、早く荷物を拾って下さい。 宿に戻りますよ」

「あ、あぁ…」


買い物帰りに刺客達が襲ってきて、持っていた荷物を放り出してしまっていたのだ。

散らばった荷物を拾い上げながら、深くため息を吐く。


八戒がそう言うのなら、恐らくあの言葉は間違いないのだと思う。

自分は、無意識のうちに悟空を見つめていたという事なのだろう。

だが、認められるかと言われれば、答えはNOだ。

何が楽しくて無意識で悟空を見つめなければならないのか。

無意識とは言え、自分の行動に寒気が走る。

本当に、悟空に告白された日から、調子が狂いっぱなしだ。


「あ〜! 俺のりんごが割れてる〜! くそ〜! もっと殴ってやればよかった〜!」


食べ物の恨みは怖いんだと怒りの声を上げる子猿に、深い深いため息が出た。


―― …どうせ洗って食うくせに…


心の中で小さくツッコミを入れると同時に、スパーンとハリセンで殴った音が響き渡った。

見ると、三蔵が怒鳴りつけて、八戒が仲裁に入っている。いつものパターンだ。

拾い上げた荷物を抱え直すと、悟空に近寄る。


「ったく、うるせェなーオメーはよー。 ちったぁ我慢しろっての」

「んだよー! 他人事だと思いやがって!」

「まぁまぁ。宿に戻ったらすぐ夕食にしましょうね、悟空」

「う〜…腹減ったぁ…」


八戒に宥められ、悟空は鳴る腹を押さえながらしぶしぶと頷く。

と。


「悟空!」


声と同時に紙袋が悟空に向かって投げられた。


「え? わわっ!」


いきなりでも何とかキャッチする事に成功した悟空は、投げられた袋を不思議そうに見る。


「三蔵、これ何です?」


八戒が問うと同時に、すぐに袋を開けていた悟空が歓声を上げた。


「あー! 肉まん! さんぞー、食っていいの!?」

「テメーの腹の音が煩くて仕方ねーからな。 行くぞ」


事もなさげに先に進んでいく三蔵に、言いようもない苛立ちが湧きあがる。


三蔵はいつもこうだ。

叱るだけ叱って、でも、悟空の事は誰よりも見ている。

先程も怒鳴った後、悟空の為にと肉まんを買ったのだろう。


結局、一番悟空を喜ばせられるのは三蔵だ。


それが、酷く、ムカつく。

嬉しそうに肉まんを頬張る悟空を殴りつけてやりたい衝動に駆られる。




『 最近ずっと悟空ばかり見てるじゃないですか 』




ふいに八戒の言葉が蘇ってハッとし、急いで悟空から視線を反らせた。


「あんなムッカツク奴、誰が見るかよ…」


小さく呟くと、八戒と悟空を残して、宿へと足早に進んだ。










 











「…う……じょ………… 悟浄!!」


「え?」


ハッとして顔を上げると、険しい表情をした八戒がいた。


「何度も呼ばせないで下さいよ。 本当に今日はどうしたんですか?」

「どーもしねぇよ。 フツーだろ、フツー」

「往生際が悪いですねぇ。 潔く認めたらどうですか?」

「フツーだっつの! で? 何か用かよ?」


八戒は呆れたようにため息を吐いた。


「もうここの手伝いはいいですから、三蔵と悟空を呼んできて下さい。 夕食にしましょう」


そう言えば、宿に戻ってから八戒が夕食を作るという事で手伝っていたのを思い出した。

本当は、手伝わされた、という方が正しいのだろうが。


「は? 晩メシって、まだ全然…」

「誰かさんがボーっとしている間にほとんど完成してますよ」


言われて八戒が指差す方に視線を向けると、少し離れたテーブルの上に、いつの間にか、沢山の料理が出来上がっていた。


―― …わ〜お…マジか?


いつどんな料理が完成して、自分がどのように手伝ったのか、全く記憶にない。

それ程ボーっとしてはいなかったと思うのだが。


「分かったら、最後位はちゃんと役に立って下さいね」

「へいへい」


八戒の皮肉を受け流し、調理場を出た。


本当に、今日の自分はらしくなさすぎる。

でも、原因があの五月蝿い子猿だとはどうしても認めたくなくて。

チッと舌打ちをして煙草に火を付けて吸い込む。

苛立ち交じりに三蔵の部屋のドアを荒々しく開けた。


「おい三蔵、飯だ!」




と、部屋の中でまたしても三蔵と悟空がキスをしていた。




一瞬固まって、すぐにギリッと奥歯を噛みしめる。

正直、油断していた。

今日は一人部屋を四つ取ったから、二人は一緒にいないだろうと、そう決めつけていた。


「やった、飯〜! 八戒の飯だ〜!」

「うるせぇ、騒ぐな悟空」


いつも通りの二人の態度にも、苛立ちが募ってしまう。

いつものごとく駆け足で部屋を出て行った悟空に対し、やはりいつものごとく三蔵は煙草に火を付けて一服している。


「…生臭坊主様よぉ、そろそろ猿離れしたほうがいいんじゃねーのかよ…?」

「テメーの知ったことじゃねーな」


あくまで冷静な物言いに、怒りが湧き上がるのが抑えられない。


「野郎同士のキスシーンなんざ見たくねーんだよ、俺ぁ! 迷惑なのが解んねーのか!」

「見なきゃいいだろう。 そもそも邪魔してんのはテメーの方だ」

「っ!テメー!!」


大股で三蔵に詰め寄り、ガッと胸倉を掴む。


「その態度がムカツクんだよ!!」

「うるせぇってんだよ。 吠えんな」


チッという三蔵の舌打ちに、自分の中で何かが切れる音がした。






「っ――アイツに手ぇ出してんじゃねぇよ!!」






怒鳴りつけた後で、気付いた。

三蔵の態度の悪さなんていつもの事だ。こんなに激昂する事ではない。



ただ、ムカつくのは……。



悟空に、手を出しているから、だ……。








「…テメーに責められるのか?」


静かに紡がれた台詞に、グッと息を飲む。

確かに、悟空の気持ちが重くて、そうなる様にけしかけた。

自分でなくてもいいだろうと、突き放した。

が、実際、悟空が三蔵とキスしているのを見るとどうも心が落ち着かない。


―― っ…何でこんなにイライラしてんだよ!? あの猿が誰とどこで何をしようと勝手だろ!


そう望んだのは他でもない自分だ。


「テメーの態度にムカついてんのはこっちも同じなんだよ、クソ河童!」


言葉と同時に、掴んでいた胸倉をガッと外された。


「これ以上テメーと話す事ぁねーよ」


たわんでしまった襟元を素早く直すと、それだけ言い残して三蔵は部屋から出て行ってしまった。


「っ――クソッ!!」


ガンッ!と近くにあった壁を殴りつける。

それでもこの感情の渦は一向に収まってくれる気配を見せない。


本当は、解っている。

自分が口出しする事ではないと。

口出しできる立場ではないと。


三蔵の言う通り、自分だけは、二人を責める事は出来ないのだ。

そう思うのに、心が納得をしてくれない。


それは多分、悟空の所為だ。


ただ、アイツが馬鹿だから。



断る為の咄嗟の空言を信じて、必死に悟浄好みになろうと努力したりして。



仮に恋愛対象になろうとも、悟浄が悟空の事を好きになることなど絶対にないという事も、多分悟空は知っていて。



それでも、少しだけでも好かれようと、必死になったりする。




そんな、救いようのない、バカだから。










だから……放ってなど、おけないのだ……。


















悟空がもっと、賢ければ。





自分がこんなに悩む事も。





苛立つ事も。





















……心を切なくする事も………なかったのに………。





























引き続き悟浄がモヤモヤしまくってるよ、の回ですvv(笑)
ちょっと切なさを味わってもらいましたvv

それと、ようやく終わりが見えてきましたvv
全9話くらいになるかな、とvv

そして次は微々エロですvv
ホントに微々ですがvv


(2010.10.18)
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