唇を重ねる 理由



レッスン

Lesson5




「これで最後、っと」


三蔵と八戒に買い物を頼まれ――強引に押し付けられたと言う方が正しいが――、悟浄は市場に来ていた。

お金を支払って荷物を受け取ると、宿屋へと帰る。

両手いっぱいの荷物を抱えながら、一人くらい手伝いやがれと心の中で愚痴る。

八戒は今日は他の所へ出掛けると言って付き合ってくれず、かと言って悟空を連れて行こうとすれば、無駄なものを買ってくるからダメだと言われる。

三蔵は元よりあの性格だから、頭数には入れられない。

結局、いつも買い出しに出かけるのは自分一人なのだ。

半ば諦めながらため息を吐いたところで、今日の宿屋に到着した。

今日この街で、小さなお祭りがあるらしく、今回は4人部屋を1つ取っている。

と言うのも、この宿屋の前に5軒、他の宿屋を周ったが全て満室状態だった。とりあえず、宿が取れただけ喜ばなくてはならないだろう。


部屋へ近づいて、ギクッとして足を止めた。



開いたドアの隙間から、三蔵と悟空がキスをしているのが見えたから。



両手に抱えた荷物を机の上に降ろしたいという気持ちはあるが、部屋に入れるワケがない。

舌打ちをして踵を返し、玄関を出たところで脇に荷物を降ろした。

そのまま玄関の少し横にしゃがみ込み、壁に背を預けながら煙草を銜え、火をつける。


―― 不用心なんだよっ!!


苛立ちを、煙草の煙とともに吐き出す。

どうして使いっ走りをさせられた自分が、二人に気を使って外に出なければならないのか。

とても不本意でならない。

それよりも、悟空の行動が、気持ちが読めない事に、悟浄は苛立っていた。


野宿の時、悟空の機嫌をとるために一緒に眠った。

コドモだからか、悟空にくっついていると暖かくて、悟浄はすぐに眠ってしまっていた。

目を覚ました時には、悟空は悟浄の服を掴んだまま眠っていて。

素直に、可愛い奴と思ったものだ。


そんな態度からも、悟浄にフラれたからといって、悟空が諦めたわけではない事は解るのだが。

それならどうして、好きでもない三蔵とキスしているのだろうか。

それが、謎、なのだ。

三蔵に気持ちが移ったのならその行動も分かる気がするが、未だに悟空は悟浄を見て、頬を染める。

あからさまに、悟浄を意識する。

けれど、二股をかけれるほど器用な奴ではない事も、知っているから。


―― 動物の考える事は解んねぇな〜…


悟浄は悟空の事を好きでも何でもないけれど。

告白された時、驚愕が先に来ていたけれど。


嬉しい、と。


確かにそう感じる心があった事は気付いていた。


仲間なのだから、好かれて嬉しいのは当然だ。

だから今、三蔵とキスしている悟空をみて、自分の心に感じるこのモヤモヤしたものは、怒りなのだろう。

もちろん、特別な意味などないが。


ふいに、二人のキスシーンが頭の中に鮮やかに蘇ってきた。


「……………」


悟空が、あんな顔を、するなんて…。



金色の瞳を熱っぽく潤ませ、睫毛に雫を乗せたまま、眉を寄せて。



荒い息使いと、舌が絡み合う濡れた音と。



激しいキスに、押さえ切れない声。



あんな……下半身にクるような………。




あんな悟空は、知らない。




髪を掻き上げ、ため息を吐く。



男の表情に煽られたのは、初めてだった。






「何してるんです、悟浄?」

「どわあああ!?」


自分の考えが考えだっただけに、悟浄は飛び上がるほど驚いた。

そこまで驚くとは思っていなかったのか、悟浄のその反応に、声をかけた八戒の方が少し驚き――すぐにいつもの表情に戻って下に置いてある荷物を指差した。


「買ってきたのなら、荷物は部屋に置いてくださいね」


八戒はにっこりと笑ってそう言うが、つまりは悟浄に部屋まで運べと言っているのだった。


「わーってるよ」


八戒に逆らう事は上策ではない。

悟浄は素直に荷物を抱えて立ち上がった。

と、頭の中に疑問が浮かんだ。


―― ……アイツらの事……八戒は知ってんのか…?


二人が日に何度もキスをしている事を、はたして八戒は知っているのだろうか?

そう考えて、絶対知らないだろうと思いなおす。

知っていたら、三蔵と悟空を二人きりに何てさせないだろう。そう、どんな手を使ってでも。

だとしたら、部屋に戻るのを止めるべきだろうか。

入った瞬間、二人がキスをしていたら……。


―― ………………こ、怖ぇ……


想像すると、背筋が凍りそうになった。

部屋に入るのを止めるべきか否か。悩んでいる内に部屋に着いてしまい、八戒がノブに手を掛けて扉を開けた。


「おわ、八戒! ちょっと待…」


慌てて止めたのもむなしく、ドアは開いてしまった。

部屋に視線を送ると、二人は少し離れた位置に座ったまま、こちらを見ている。

キスはしていない事に、悟浄はとりあえずホッと胸をなでおろした。


「何です、悟浄?」


怪訝そうな八戒に、悟浄は笑ってごまかす。


「いや、やっぱ何でもねーわ! 悪ぃ悪ぃ!」


スタスタと部屋の中に入り、重い荷物をテーブルの上にドサッと置いた。

土産は〜?と聞いてくる悟空に、あるかバカ、と返しながらも、悟空の唇から目が反らせない。



自分を、好きだと告げた、あの唇を……。



何故、三蔵なんかに……。



ハッと自分の思考から現実に返り、悟浄は振り払うように頭を振った。


―― だぁぁあ!ラチあかねぇ!! こーなりゃ、直接聞くっきゃねーだろ!


決意も新たに、悟浄は買い物袋の中から食料を探している悟空を見つめた。










 











次の日も西に向かって進み、宿に泊まることになった。

1人部屋が2つしか空いておらず、今日は1人部屋2つと2人部屋1つを取ることにした。

となると、決まって真っ先に悟空が声を上げる。


「あ、じゃあ、俺…」

「今日は俺と相部屋な、お前」


三蔵と、という言葉を皆まで言わさず、悟浄は悟空の頭に腕を置いた。

当然のごとく、悟空は驚いた顔をして、腕の隙間から悟浄を見上げてくる。


「え!?何でだよ!?」

「いーから! ホレ、行くぞ、悟空!」

「え、あ? うん」


納得がいかない様子だが、断る理由もない為、深く考えずに悟空が頷いた。


「ホイ、決定〜。 つーわけだから?」


チラリと視線だけで二人の様子を窺うと、ハナから1人部屋がいいと考えていたのだろう、三蔵から銃をぶっ放されることも、八戒から痛いほどの冷気を帯びた殺意を感じる事もなかった。

暗黙の了解を得た悟浄は、鍵を片手に部屋へ向かう。

メシの時は呼んでくれな〜、などと三蔵と八戒に投げかけている悟空の声が後ろから聞こえた後、すぐに軽い足音が自分を追いかけて来た。

割り当てられた部屋に入ると、すぐに悟空が後に続き、ドアを閉める。


「で、どしたんだよ?」


2人になった途端、悟空が口を開いた。


「…べっつにィ〜? アイツらはどーせ1人部屋がいーだろーから? 優しい俺様の気遣いってヤツ?」


言うと、悟空が一瞬にして真顔になり、怪訝そうに眉を顰める。


「悟浄、変! 本気で言ってんならヤバイって! 病院行けよ! 俺も付いてってやるから!な?」

「…………………ジョーダンだっての…」


もちろん冗談で言ったものの、そう本気で心配されると複雑な気分だ。

悟空が自分の事をどういう奴だと考えているのか、痛いほど良く分かった。

やけに優しい態度なのが、余計に。


「なーんだ、びびったぁ! 本気でヤバいのかと思ったじゃん! よかったぁ〜!」


本当に安堵したように笑う悟空の顔を、今日ばかりは殴ってやりたい衝動に駆られる。


「何でもないなら、俺腹減ったし、何か食いに行ってくるな!」

「はぁ!? まだ夕食まで時間あんだろーがよ!?」

「厨房行ったらなんか食わしてくれるかもだろ!?」


何か話があると気付いたと言っても、所詮はこの程度か。

コイツはもう少し言葉の裏を読む事を覚えた方がいいと思う。

そんな事を考えてる間にウキウキとしながら部屋を出て行こうとしている悟空に慌ててしまい、思わず口が滑った。


「………三蔵のこと好きなのかよ?」


「……は?」


ぽろりと出ていた自分の本音。後悔しても時既に遅し。

もっと遠回しに聞くつもりだったのに、この子猿は本当に計画を台無しにする天才だ。


フォローの言葉を紡ごうとするより前に、悟空は言葉の意味を理解したのだろう、眉を跳ねあげた。


「何言ってんだよ! 言っただろ! 俺が好きなのは悟浄だって!」


もう忘れたのかよ!と怒っているその態度に、逆にイラつく。


三蔵とあんな顔してキスしていた悟空が告げる、自分を好きだというセリフをどう信じろと?


「そんなん信じられねぇな〜…… 三蔵サマにキスされてポーッとしてた奴の言うことなんてよ?」


チラリと非難の目を向けてやれば、悟空はグッと押し黙った。


「だ、だってそれは……三蔵が、“俺は上手いから仕方ねぇ”って言ってたし…」


惚気としか取れない言葉に、ムカッとする。


「へーへー。それは良かったですねー」

「んだよ、その言い方! 何で俺の言うこと信じねーんだよ!」

「じゃあ何で三蔵なんかとキスしてんだよ!」


思わず荒々しくなった言葉にハッとして口元を手で覆う。

すると、悟空はきょとんと悟浄を見上げた。


「え? ……だって悟浄、何も知らないガキは嫌いなんだろ? 大人な奴がいいって言ったじゃんか!」

「…あ?」


―― んなこと言ったっけか?


言われて首を傾げ、ふと、悟空の告白を断った時の事を思い出した。

そう言えば、面倒だったので『大人な奴』がタイプだと悟空には教えている。


「あ〜……アレ、か…」

「だろ? だから俺、三蔵に『大人の運動』を教えてもらうんだ! そしたらもうガキじゃねぇだろ!?」


悟浄は思わず絶句した。


「……へ? ……そういう理由、だったのか?」

「当たり前だろ? 他に何があるんだよ!?」


さも当然とばかりに言い切った悟空に、拍子抜けする。

てっきり、悟浄にフラれて三蔵に気持ちが動き、キスしてからは三蔵のことが好きになってしまったのかと思っていた。

方向性はかなり間違ってはいるが、それが全部、悟浄に好かれる為のものだったなんて。



訳が分からず心臓の辺りがキュウッと締め付けられる。



「大人になったら俺の事、恋愛対象で見てくれるんだろ? 俺、早く『大人』になるからな!」



その日を夢見るように嬉しそうに笑う悟空を、思わず抱きしめていた。


「っ――////!?ごじょーっ///!?」

「……ホンットにてめーはバカだよな」


どうして悟浄の為にここまでできるのか。

そもそも、『大人な奴がタイプ』というのも、口からの出まかせなのに。

それすらも気づかず、悟浄のタイプに少しでも近づきたいが為に、こんなにも一生懸命になって……。


「…んと、バカ猿…」

「…バ、バカバカ言うなよな」


悟浄の口調に棘はなく、すごく優しく抱きしめられているから……悟空はいつものように強く言い返せなかった。

ドキドキしながら悟浄の背中に腕を回そうとするが、すぐに頭で抑制がかかり、手の動きを止める。

しがみついて、もし悟浄に嫌な顔をされたらと思うと、怖くなる。

伸ばしかけた手を下ろそうとすると、悟空の心が分かったかのように、抱きしめる腕が少しだけ強くなった。


―― …いいのかな…?


不安に思いながら、恐る恐る悟浄の背中に腕を回してしがみ付く。

その手は拒まれることなく、むしろ正解だと言わんばかりに、少しだけ頭を撫でられて、悟空は心からホッとした。

息を吸い込むと、悟浄の匂いがする。

すごくドキドキしているのは、悟浄はとっくに気づいているのだろう。


「……まだ、『大人の運動』は教わってねーんだな…?」


ポツリと呟かれた言葉に、思わず素直にコクリと頷いた。

が、これではまだ全然コドモだと言っているのと同じだという事に気づく。

まだコドモだが、悟浄に恋愛対象外だと思って欲しくなくて……悟浄のタイプに近づいている事を伝えたくて、言い訳のように捲し立てる。


「あ、だけど、すぐに大人になるから! 早く教えてもらおーと思ってんだけど、さんぞーが、何か順番があるとか言ってて……。 でも!もう少ししたら良いって言ってくれたし! だから、もーちょっと待ってろよ!?」


「はぁ!?」


もう少ししたら、悟空が三蔵に抱かれる!?



―― っっっ冗談じゃねぇ!!!!



「え、あ…そ、そりゃ、悟浄が嫌なら待たなくても…いんだけど……でも……すぐに俺、大人になるしっ!」


悟浄の驚いた声に何を勘違いしたのか、悟空はシュンと小さくなった。

ぎゅっと手を握り締め、唇を噛むその仕草に、悟浄は優しくその背中を叩いた。


「あ〜…わーったわーった。 待っててやっから…」


大概自分は悟空に甘いと思う。

でも、あんな叱られた子犬のような顔をされたんじゃ、何に代えても笑わせたいと願ってしまう。


「え、マジで!?」


瞬時に嬉しそうに顔を輝かせた悟空に、悟浄は小さく噴き出す。

けれど、心の中がもやもやは少しも消えてくれない。

待っててやるとは言ったものの、三蔵とエッチする事で大人になるんなら、一生子どものままでいやがれ、と思ってしまう。


―― 大体、俺が好きってんなら、俺のトコに来ればいいじゃねーかバカ猿…


自分のところに来たら、ちゃんと1から全部教えてやるのに。



三蔵なんかより、万倍、キモチ良くさせてやるのに。



と、ここまで考えて、自分の思考に寒気がした。


―― っ何っっで!!こんな事思うんだ!! 俺のタイプは後腐れない、色っぽいねーちゃんだろうがよ!!


悟空は後腐れも問題もありまくりなのに。





……否、違う。

問題や後腐れがどうとかではなく、男は専門外だ。

男とどうこうなんて、死んでもごめんだ。

いくら悟空がずーっと悟浄の事を想っていたとしても、悟浄はそれに見合うものを返せないどころか、一生悟空の事は好きになれないのだ。



なのに何故、一瞬でも、自分が大人にしてやりたいと思ってしまったのか。




気の迷いだと強引に割り切ったけれど。




それは悟浄にとって、初めて抱く感情だった。


















日本語ムズカシイヨ…ιι
台詞書いてて、どこまでが方言なのかサッパリですιι

とゆことで、前回のあとがきにも記載しましたが、今回も悟浄にモヤモヤしてもらいました〜vv
が、まだまだですvv
もっと色々考えてもらいますよvv
そして、悟空は突っ走ってますね〜vv
間違った方向へvv(笑)
モチロン止める気なんてありませんvv
恋愛初心者はこんなんでいいんですvv


(2010.04.16)
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