幸せの 意味 ……



レッスン

Lesson4




悟浄はイラつきを抑えられずに、空になった煙草の箱を握り潰した。


原因は明白だ。


悟空の、その、態度。


「ごーじょーおーー!! 何してんだよー! 置いてくぞー!」


ジープの上から大声で話しかけてくる悟空に、悟浄の苛立ちは更に募る。


態度を一言で表すならば、『普通』。


そう、キスシーンを見られたというのに、あれから悟空の態度は以前と何も変わることがなかった。


いつも通りに旅を続けられる事は、有難いと思いこそすれ、苛立つなんておかしなことだとは思う。

告白された後の、悟空のいつも通りの態度には有難いとさえ思っていたのに。

なのに何故か自分は苛立っている。

どうしてか分からないから、余計に苛立つ。


否、多分、こうではないかと思い当たることはある。

告白をしてきて、その舌の根も乾かぬうちに、三蔵とキスしていた事だ。


―― んだ、悟空の奴! あんだけ俺の事好きだって連呼してやがったくせに、フラれたらすぐに鞍替えかよ!


別に、悟空の気持ちが他に移った事に苛立っているわけではない。

ただ、悟浄をあれだけ悩ませておいて、元凶の悟空がケロッとしていることが、ムカつくのだ。

告白された時の衝撃を、悟空も味わってみればいいのだ。

そう思ってしまうくらい、心臓に負担がかかったのに。


それどころか、あれ以来、宿に泊まる時に、決まって悟空は三蔵と一緒がいいと言う。

三蔵も面倒くさそうな態度はとるが、結局は悟空の意見を尊重するのだ。



―― つか、1人部屋空いてんだから、部屋4つとればいいじゃねーか!!



心の中で鋭いツッコミを入れながら、悟浄は握りつぶした煙草の空き箱を投げ捨ててジープに向かった。



途中、ふと足を止めて錫月杖を手にする。

後の三人もジープから降り、それぞれ武器を手にした。瞬間。


「見つけたぞ、三蔵一行!!」


聞きなれた台詞と共に牛魔王の使い達の笑い声が響き渡った。

と思うと、その中の数人がバタバタと倒れた。


何が起こったのか分からない刺客達を余所に、悟浄は楽しそうに笑いながら飛ばした鎖鎌を引き寄せる。


「ちょーどいいとこに来てくれて、激ラッキーって感じ〜?」


刺客達は、その言葉でようやく、先程の一瞬で、あの鎖鎌にやられたのだと悟る。

すぐに殺気立った大群が悟浄達めがけて襲ってきた。


「満足させてくれよ?」


口の端をわずかに引き上げながら、向かってくる刺客達に武器を構えた。










 











―― …何か悟浄、怒ってんのかな?


悟空は全滅した敵の中に立ちながら、悟浄の方を窺った。


今日の戦い方を見て、ふと思う。


理由はない。ただのカンだ。



「ごじょ……」



呼びかけようとしたのだが、悟浄の隣に三蔵と八戒が並んだ事で、出かかった言葉を飲み込んだ。




3人の並ぶ姿が、とてもしっくりしていたから。




大人な悟浄の隣に並ぶのは、大人な人がとてもよく似合う。


瞬間、泣きたくなった。


どうして自分はこんなにも『大人』ではないのだろうか。

隣に立ったって、きっと不自然で似合わない。

せいぜい兄弟と間違われるのがオチだ。


ホントは、悟浄に告白して断られたときに諦めなくてはいけなかったのだろう。

だけどそれは出来ないと分かっていたから、しつこく粘って悟浄を困らせた。


困った顔をしたのを、知っていた。


本当に悟浄の言う通り、ガキで嫌になる。

でも、どうしたら『大人』になれるのか分からない。

『激しい運動』とやらをすれば、本当に大人になれるのだろうか?

大人になったら、悟浄は隣にいることを許してくれるのだろうか?

気持ちばかりが焦って、空回りする。


「どうかしましたか、悟空?」

「っ――!」


弾けたように顔を上げると、皆の視線が自分に集まっていた。

無意識に、悟浄の顔を見てしまい、ドキッと胸が高鳴る。


いつからか、悟浄を見ると胸がドキドキして顔が熱くなってしまって。

でもそれは不快なものではなくて、むしろ暖かくて……悟空はそんな自分の鼓動が好きだった。


そんな鼓動を与えてくれる悟浄が、とてもとても好きだと思った。


そして、これは――自分が悟浄を恋愛感情でスキだからだ、と気付いたのだ。



「おい?」


怪訝そうな三蔵の声にハッと我に返り、あははと笑う。


「何か、腹減った〜」


言葉にするとそれが加速し、自分のお腹がきゅるるる〜と鳴った。

途端、皆の空気が緩和する。


「もうすぐお昼ですし、近い街に行ってご飯を食べましょうね」

「おう!メシメシ〜♪」


笑いながら頭をなでてくれる八戒を嬉しく思いながら、ジープへ乗り込む皆へ続いた。

鳴り響くお腹を押さえながら、心臓のあたりにチクリと痛みが走ったのは気付かないフリをした。










 











昼食を済ませた三蔵一行は、ジープで西へと進んでいた。

途中の森に入ったのだが、街に着く前に夜が更けてしまったので、今日は野宿ということになった。


悟浄はジープから降りて、固まった体を動かす。

昨日から感じていた苛立たしさは、今やすっかり影を潜めていた。

悟空の態度にイラつけばつく程、自分がバカを見るという事に気づき、考えるのをやめたのが良かったのだと思う。


「では悟浄、あなたは水を汲んできてくださいね。はい、コレ」

「お〜」


手渡された水筒を持ち、近くに流れている川へと向かう。

吸い終わった煙草を揉み消し、すぐに新たな煙草に火をつけたところで、ふと強い視線を感じて振り返った。

すると、こちらを見ていた悟空と目が合った。

瞬間、悟空はビクッと身体を跳ねさせて、慌ててそっぽを向いた。その頬は少し赤みが差している。


―― ……バレバレだっての…


そう言えば、結構前からこういった事があったのを思い出す。

視線に気づいて顔を上げると悟空と目が合う。しかし、途端に悟空が顔を動かして目を反らすのだ。

以前はその行動の意味が分からなかったが、悟空から告白されて初めて、理解した。

笑みを溢しながら、悟空を手招く。


「おーい悟空!ちょっと来いよ!」

「っ! な、何だよ?」


平静を装いながら小走りで近づいてくる。

すぐ近くに着いた途端、悟浄は悟空の首に腕を回して引き寄せた。


「っ――なっ…!?」

「……そ〜んなに見とれるほど、俺ってイイ男?」


クスクスと笑い混じりに囁くと、一瞬のうちに悟空の顔が真っ赤に染まった。

口を開けたまま声にならない声を出す悟空に、本気で楽しくなる。

自分はあんなに衝撃を受けたり、イライラしたのだ。これくらいの意地悪は許されるだろう。


「っは、離せよ///!」


暴れて離れようともがく悟空を難なく押さえこんで、その頬に触れる。


「んだよ? 照れてんのか?」


「っっ―――!!////」



と、その瞬間。



悟浄の鳩尾に、容赦ない悟空の拳がめり込んだ。



「〜〜〜〜〜っってぇ〜!!」



今のはまともに入った。

痛みに呻いていると、隙をついて悟空が悟浄の腕から勢いよく離れた。


「〜〜〜っの、バカ猿! ちったぁ手加減しろってんだ!」


好きな人に対する行動ではないだろうと心底思ってしまう。


「うううっうるさい!エロ河童!」


真っ赤な顔をして、捨て台詞を残して悟空は三蔵達のもとへ走っていく。

途中、慌てすぎて木の根に躓いたのを見て、プッと笑みがもれた。


悟浄の周りにいるのは遊びなれているような女達しかいなかったから、悟空のあの初々しい反応がとても新鮮だ。

普通に可愛いとも思う。


―― …けど、な〜?


ただ、不思議なのだ。

何故“悟浄”なのかが、分からない。

大体にして、人を好きになるという感情があまり分からないのだ。

甘い言葉をかけるとベッドまで付いてくる女は山ほどいるし、好きじゃなくても女は抱ける。

キモチよくなればそれでいいし、感情が付いてくれば面倒なだけだ。

何故一人の人間にそれほどまで執着する必要があるのか。

断られたらすぐに他の人に切り替えればいい。そうすれば、無駄な時間も費やさないし、悟空の為にもなると思う。

悟浄がこういう性格だということは、他でもない悟空がよく知っているはずだった。

それなのにどうして、自分を好きになったのだろうか。

恋と呼ばれる感情を味わったことのない悟浄には、悟空の気持ちを理解するのは難しかった。


殴られた拍子に落としてしまった水筒を拾い上げると、任務を遂行すべく再び川へと足を進めた。










 











缶詰などで質素な夕食を終えて、日も沈みきったところで皆眠りについた。

いつでも狙われている三蔵一行は固まっている方が賢いと知っている。

が、自分の気持ちに正直すぎるほど正直な男達は、それぞれお互いの顔の見えないところへ散って行った。

もちろん、ある程度近い距離ではあるけれど。



いつもはお腹いっぱいになると眠くなる悟空だったのだが、今日は悟浄とのやりとりがあって、睡魔が襲ってこない。

毛布を身体に巻きつけて強引に眠ろうと目をつむる。


と、サク、と草を踏み分けて自分に近づく足音が聞こえた。

すぐに目を開けると、眠れない元凶がそこにいた。


「まーだ怒ってんのかよ?」


他の奴らを気遣ってか、その男、悟浄は小声で話しかけてくる。

食事の最中も、頑として無視してやったから、多少なりとも気になったのだろう。


「…知らね」


プイっとそっぽを向くと、悟空のすぐ隣に悟浄が腰を下ろす気配がした。


「オーイ、いい加減、機嫌直せよ?」

「知るかっ」

「さっきから悪かったって言ってるべ?」

「言ってねぇよ! 今初めて聞いたぞ!?」


思わずそうツッコミを入れ、悟浄を睨みつける。


「んあ?そーだっけか?」


悟浄はいけしゃあしゃあとそんな事を言ってのけた。

その態度に更に文句を言おうとするが、急に吹いた冷たい風に、クシュッとくしゃみをしてしまう。

それだけで何だか怒る気が逸れてしまう自分に呆れ果てる。


「……いいよ、もう…」


そう冷たく呟いてみるものの、悟浄と仲直りが出来た事が思っていたよりも嬉しくて。

それがついつい顔に出てしまうから、悟らせまいと寝返りを打って悟浄に背を向けた。


と、悟浄も隣に寝転がった気配を感じて。


瞬間、強引に悟空の頭がグイっと引き寄せられ、悟浄の胸に埋もれる形へ態勢を変えられた。




「っ///ごじょっ////!?」




「いーから、寝ろ」




俺ぁ寝る、と呟いた悟浄に毛布を半分奪い取られる。


悟浄とくっついた事で、毛布を奪われても、一人で包まっていた時より全然暖かかったけれど。


だからと言って寝られるものではないだろう、この状況は。


心臓がドクドクドクドク、うるさい。

自分のものなのに、ちっとも言う事を聞かない。


心臓が……苦しい……。


けれど、腕枕をされて悟浄にひっついていられる事が、とても嬉しくて。





―― ……コレが多分… 幸せって ゆーんだろーな……





一時のことだけれど。




涙が出そうなくらいの幸福感に、悟空はそっと瞳を閉じた。



















愛しさと切なさと、ちょっぴり幸せと、って感じですかねvv
悟空があまりにも可哀想になったので、ちょっと幸せにしてやりたくて…vv
そして悟浄にモヤモヤしてもらいましたvv
今後もモヤモヤしてもらう予定ですvv(笑)
ふははははははvv


(2010.03.25)
Index > Top > ノベRoom > Lesson4