心はずっと……


君だけに捧ぐ―――




White lie

-5-




新一が急ピッチでグラスを空けていくと、周りから歓声が上がる。

今日は友人の家で飲もうということになって、気心知れた奴らが9人集まった。


「工藤、今日もいくね〜♪」

「次これ飲めよ〜♪」


楽しそうな友人たちに勧められるままに、グラスを干していく。


けれど。少しも酔えない。


お酒を飲めば少しは気がまぎれると思っていた。

いくら忘れたくないと望んではいても、傍に平次がいない現実が辛すぎて…。

一時だけでも…一時だからこそ、忘れたいと思った。


飲んで………全てを忘れられるものなら……どんなに良かっただろう……。


だけど。飲めば飲むほど平次への想いは強くなる一方で。


一分一秒だって。



一瞬だって。



忘れられない。




深くなるだけの……想い……。





それが、とても辛くて。苦しくて。

まるで、自分は逃げているだけなのだと、教えられているようだと思った。


逃げても逃げても、何にもならない。


何も…変わらない…。



『工藤ぉ!!』


平次と別れてもう1か月が経つという今でも、あの時の平次の声が、何度も何度も新一の頭に響き渡る。



繰り返し、繰り返し。新一は平次を傷つけて…失っていく……。



早く新一を忘れて、いつもの明るい平次になってほしいと願う新一のエゴも、そう上手くはいかないみたいで。

皆の中で笑っている平次を見つけるものの、ふとした瞬間に、瞳に暗い影が宿る。

それを見るたびに、新一の胸は張り裂けんばかりに痛む。



そんな表情をさせたかったわけでは、ないのに…。



別れを告げれば…夢を諦めてしまった平次の心の傷も少しは癒えると思って…。



何一つ平次にはしてやれなかった。

望む未来を、あげることはできなかった。

いつも振り回して。

悩ませて。

困らせて。



だから……別れを、選んだのに…。



後悔しか、残らない。



―― 早く…早く、現われてくれ…



このところ毎日。叫ぶように、祈る。

平次の心の傷を埋められるような、女の人が現れることを。

すべて包み込んで癒してあげられるような、そんな人が一刻も早く現れて欲しい。


その人を探す手段があるのなら…自分は絶対、一生を賭けてでも探してみせるのに。


ただ待つことしかできないのが、辛い。



新一はたった今 友達が持ってきたジョッキ入りのカクテルを、迷うことなく一気に飲み干した。


「うわっ、工藤、それ、ヤバくね?」

「大丈夫かよ?」

「…へーき……こんぐらい…」


こんなことくらい。


平次を失った辛さに比べれば…全然…何てこと、ない。



頭はふらふらと酔っ払っていることを示すのに、心が少しも酔えなくて。


いっそのこと、壊れてしまった方が楽なのだろう。

けれど、楽になんて、なってはいけない。

楽になる資格なんて、ないのだから。




「そういえば服部、よく合コンに行くようになったよな〜」


ふと話題が変って平次の話になったことに、新一は心底耳をふさぎたくなった。

聞きたくないと、拒否してしまいたい。

だってその噂なら、とっくに新一の耳にも届いていて…酷く、心を掻き乱されているから。


新一と別れた次の週から、平次は飲みという名の合コンに度々行っていることを友人伝いに聞いた。

苦しくて苦しくてならなかったけれど…本当に、少しだけ。



少しだけ…嬉しく思ったのも、本当。



これは平次が新一を忘れ、前を…未来を見つめている証拠だから…。



だけどやっぱり大半が辛いという感情でしかなくて。

あまり好んで聞きたい話ではなかった。


そうとは知らない友人たちは、次々に平次の噂を口にしていく。


「なんか、寺本由真とイイ雰囲気らしいぜ〜?」


…知っている。何でも飲みに行くときはいつも隣にすわるんだとか言っていた。


「え?梨河恵美子と付き合ってるって聞いたぜ?」


…それも、知っている。最近お昼はいつもその子と一緒に食べているみたいだから。


「嘘だろ?付き合ってんのって、尼ケ崎彩菜だって!」


……それも、知っている。休日に二人が腕を組んで歩いていたって目撃者がいたらしい。


「は?それよりも…」


どんどん女の名前を挙げていく友人たちが今はちょっとだけ悪魔に見えたりする自分は重症だなと思う。

でも平次の隣に当たり前のようにいられる女の人に嫉妬してしまう。

普通に、平次と一緒に噂になれる女の人が羨ましいと思ってしまう。


ずっと平気なフリをしているのも、楽じゃなくて。

皆に気づかれないように俯いて、溜息を吐いた。



「だけど、あいつもようやく春がきたか〜」


一人が感慨深げにそう言うと、周りのみんなが笑いながら頷いた。


「あ〜、そうだよな〜」

「確かにな〜」


―― え?


楽しそうにワイワイ騒ぐ皆の姿に、新一はちょっとの間呆けてしまった。


「服部って、どんなに可愛い子が告白してきても、全部断っちまってたからな」

「もったいねぇと思ってたんだよ」

「ま、何にせよ、めでてーことだ!」

「アイツばっかりモテるってのがちょーっと気にいらねぇけど…」

「ヒガんでんじゃねぇよ!」


冗談交じりに笑いながら気に入らないと言った一人に対して誰かが漫才のような突っ込みをしたことで、皆の笑う声が一層大きくなった。


そう、仲のいい友人が幸せになるのを、みんな、喜んでいる。


どんなに気に入らないと言ってもそれは本心なんかじゃなくて。本当はみんな、平次の幸せを願っている。


新一は、何だか目から鱗が落ちたような、そんな感覚にみまわれた。




―― …そう、だよな…そうなんだよ…




きっと誰もが平次に幸せになってもらいたいと思っているのだろう。


…そう思えるのが、服部平次という人間だ。




誰よりも平次には、自由が似合う。





だから……。





―― アイツには、似合わねぇよ…





工藤新一という狭い世界なんか、全然似合わない。






うぬぼれと言われても。

平次に笑顔が似合うのは、多分きっと、新一が一番知っているから。

そして、平次がとても暖かいということも、一番知っているから。



そんな暖かい平次には…暖かい場所が、とてもよく似合うのだということを…誰よりも知っている。



そう考えると、心がすごく落ち着いてきて。何だか久しぶりに、凪いだ気分になって。

先ほど浴びるように飲んだお酒が今更ながら回ってきた。




―― …だから…だからな、はっとり…?




どっと押し寄せた睡魔に逆らうことなく体を横にすると、そのまま瞳を閉じた。

「わ、工藤がツブれちまったぜ?」「何か掛けるモン持ってきてやるよ」など、そんな友人たちの声を遠くに聞きながら。

自分の中にいる背中を向けたままの平次に、初めて語りかけた。











―― ……オマエ、は …… わらって ろ、よ…










胸の内で呟いた言葉は、深い眠りに身をゆだねてしまった新一の… 心からの 願いだった …。










 











自分はいつでも、探している。


大切な……大切な 愛しい人を…。



どこだ…?



服部…どこに、いるんだよ…?




周りを見回すけれど、風も音も、なくて。

あたり一面、暗闇、で。


…暗闇、なのに…。


解ってしまう。


気づいてしまう。


アイツが、少し離れたところに立っていることだけは…。




これが夢だと、知っていた。

追いかけてはならない人だということも、知っていた。

解って……いるのに……。

体が、勝手に 動いていた ――。

平次に向って…走り出していた…。


どうして自分は、走っているのだろう。夢の中なのに。こんなにも、必死になって。



決して届かない、人を…。



必死に走る新一をあざ笑うかのように、歩いているハズの平次との距離は1mmも縮まってはくれない。


絶対に振り返ってくれない背中。


絶対に話しかけてくれない相手。


解っている。


けれど、新一は走り続けた。





嫌、だ…!



もう―― もう、嫌なんだ!!



例え夢の中でだって…お前を 失ってしまうのは…。



軽蔑の眼差しでも、侮蔑の視線でも、何でもくれればいい。

何でもいいから…こっちを向いていてほしい…。



こっちを少しでも向いてくれたら、ちゃんと笑顔で言ってやれるから…。



幸せになってくれと…言えるから…。




だから…。





頼むから…。






こっちを―――――。








「っ―― 服部っ!!」








自分の声で、目が、覚めた。


体が震えているのが分かる。



と、自分の左手が何かをつかんでいることに気づき、ゆっくりと視線を動かした。


「…び、っくり、した…工藤?」


その先には、宮城が、いた。


「っ!!わ、悪ぃ!」


そう言えば、家飲みをしたまま、みんなで雑魚寝をしたことを思い出した。とは言っても一番に潰れてしまったのは他でもない自分なのだが。

慌てて手を離すと、体を起して謝った。

が、何故か宮城は心底驚いたように目を見開いて新一の顔を見つめている。


「…?みやぎ…?」


不思議に思ってもう一度名前を呼ぶと同時に、宮城の顔が切なそうに歪められ、その手がそっと新一の頬に触れた。


「…泣くなよ…」

「…え?」


驚いている新一に、宮城は触れていた手を離して指に絡んだ雫をぺろりと舐めた。


「…そんなに辛い夢を見たのか?」

「っ――!!」


そう言われて初めて。自分が泣いていることに、気づいた。

カァッと顔に血が集まる。

急いで宮城から顔を背けて、自分の袖で乱暴に顔をぬぐった。


「っ…お、俺っ…何か…?」


祈るような気持ちで恐る恐る宮城に視線を送ると、宮城は苦笑して頷いた。


「『服部』って、言ってたぜ?」

「―――っ!!!!」


失態だ。とんだ、恥さらしだ。

他のみんなが眠っていて、見られたのが宮城一人だったというだけが、救いだが。


「っ言うなよっ!!このこと!誰にも!!服部には、絶対、言うな!!」


相手をジッと睨んでそういう新一の姿は、とてもじゃないけれど頼みごとをしているようには見えないだろう。

が、宮城は何も言わずクスクスと笑うと、しっかりと頷いた。


「いいよ。工藤が知られたくねぇってんなら、言わねぇ」

「え…あ、うん…」


思いのほかアッサリとそう言ってくれた宮城に、毒気を抜かれてしまった。

が、そんな新一を見て、宮城が何か閃いたように笑った。


「でも、一つだけ条件があるんだな〜」

「えっ!?」


そう来ると思っていなかった新一は思わず身構える。宮城はくっくっと笑って。



「…無理、しすぎんなよ?」



そう、言った。



その言葉に新一は心底驚いて。



そしてすぐに、嬉しくなって、微笑んだ。


「…サンキュ…」


無理は、これからもするだろう。



平次を傷つけた自分が幸せになりたいだなんて、思っていない。




平次を想い続けて…苦しんで苦しんで…時を重ねていく。









それが自分に与えられた…罰なのだから…。




















次でラストですvv
二人とも頑張ってもらいますvv
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