離れることが


運命なのだろうか ――― ?




White lie

-4-




あの日、約束の時間を40分過ぎても一向に新一が現れる気配がなかったから、心配で迎えに行った。

何故か。酷く、胸騒ぎがして…。


……新一が…泣いているような、気がして……。


しかし、いるはずの新一は向日や永瀬と一緒におらず、とっくの前に別れたと告げられた。

その瞬間、走り出していた。

ポケットに押し込んである携帯をとり、新一に電話をかけるも電源が入っていないとの機械的な音声が流れるだけで、より一層、焦った。

新一が連絡もなしに約束をすっぽかすなんて、何かあったに違いない。


―― どこに居んねん、工藤!!


心の中で強く新一を呼んで……ふと、何故だか自分のマンションにいる気がした。

第六感なんて当てにならない方が多いのだけれど、自分の考えに確信に近いものを感じてバイクを走らせた。



マンションに到着し、自分の部屋の前で膝を抱えて座り込む新一を見つけた。

どうしてここに平次がいるのだろうかと驚いた表情をしていたが、その顔色の酷さに、平次はすぐに新一を家に連れ込んでベッドに寝かせた。










栄養たっぷりのお粥を食べさせ、落ち着いたらしい新一を見て、平次は口を開いた。


「ほんで?どないしたんや、急に。何かあったんか?」

「………」


そう問うと、新一は目線を彷徨わせて。

何かを考えたそぶりを見せた後、ゆっくりと目を閉じて…言葉を、発した。


「服部、別れよう」

「…え?」


何を言っているのか、最初はよく分からなかった。



否。



解りたくなかっただけかも、しれない。






「前々から思ってたんだよな、俺。まぁ、服部って何でもしてくれるから今まで言い出せなかったけど」


淡々と、何でもないことのように告げていく新一の言葉が信じられなくて、焦って遮る。


「……な、に…言うて…」


自分の声が震えていることに驚く暇もなかった。


信じられないほど心臓がドクドクと嫌な音を立てている。


「最初は興味本位だったし、別に別れる理由なかったからズルズル続いてたけど…何かすっげぇ面倒になった。軽い気持ちだったし俺はいつ別れても良かったんだけど、服部が一人で熱くなっちまうなんて計算外だったぜ」



興味本位?



ズルズル続いていた?



軽い気持ち?



面倒…?



冷や水を浴びせられたかのように、体が冷たくなっていくのが分かる。



クスクスと笑う新一の横顔を眺めながら、平次はやっとのことで声を出した。


「…じょ、だん、やめぇや……冗、談やろ…」


必死に絞りだした言葉に、新一は、冗談?と呟いて再び笑いだした。


「つーか、男同士っていうのに元々無理があったし。正直、気持ち悪ぃって思ってた」


そのセリフが許せなくて、カッとなって平次は怒鳴った。



「冗談やろ、工藤ぉ!!」



そう叫ぶように声を荒げながら、平次は新一の肩を掴んだ。




が。




「触んな!!」


バシッと。平次の手は荒々しく振りほどかれてしまった。


「―っ!!」


言葉を失ってしまった平次に、新一は尚も続ける。


「悪ぃけど、冗談じゃねぇよ。俺、我慢してお前と付き合っていくのも、もう限界だし」



―― 嘘や!!そんなん、信じへん!!



心ではそう思うのに、言葉にならない。


だって、瞳が、違う。


いつものような…平次の全てを受け入れてくれている瞳ではなく……全てを…拒絶している瞳で。


さっき、自分の前で泣いてくれた新一は、幻だったのだろうか…?


あんなに愛し合った日々は…夢だったとでも言うのだろうか…?



そんなわけが、ない。



新一はいつでも本気で…平次のことを想ってくれていた。



「…好きやて、言うたやんか…アレはどないなんねん!!」



嘘だと、言って欲しかった。



今なら、まだ、許してやれる。



悪い冗談だと、怒ってやれる。



だから…早く……嘘だと…。







「あぁ、服部のことは好きだよ?便利だったからな?」




「っ―――!!」





痛い。





辛い。





今自分が現実の世界にいるのかさえも、解らない。

新一の口から紡がれる言葉が、刃物のように自分に突き刺さってくる。

たかが、人の口から出た言葉なのに。

新一が言うという理由だけで、こんなにも重みが増してくる。



「でももう、服部のこと、そういう風に見れねぇ。好きじゃねぇ…否、違うな…」



新一がふっと口元に笑みを浮かべたかと思うと、すぐに冷たい視線が向けられた。







「俺は服部が…嫌いだ」







ドクンッ――――!!





心臓がこれでもかというほど大きな音を立てて痛みを訴える。





頭がぐらぐらする。





気持ち悪い。





つーっと嫌な汗が背中を流れるのだけが、時間の流れを平次に教えていた。





…息が…出来ない。





「コレが俺の本音だって、お前なら解るだろ?西の名探偵?」





解らない。解りたくもない。





そう思うのに新一の瞳からは真実しか見えなくて。


引き留めたいと願うけれど、声がでない。

同じセリフを繰り返されたらと思うと…怖くて動けない。



「じゃ、そういうことだから。バイバイ、服部」



―― 行くな!!工藤!!



狂ったように心がそう叫ぶのに。

体が…死んでしまったかのように……力が入らない。


扉が閉った音がして。



新一の気配が…消えた…。








正直、世界が壊れてしまったのかと、思った。








それくらい、衝撃的だった。










どのくらい時間が経ったのだろうか…平次はどさっとその場に座り込んだ。


時間が経つにつれ、皮肉なことに現実感が押し寄せてくる。

ふと気付くと、自分の体が震えている。

自分の中の大切な大切なものが抉り取られたみたいに。心には、深い深い穴が開いてしまった。




それほどに…新一は平次の心の一部だった。




「…う、そ…やろ、工藤……」




呟いて。




ようやく、瞳から溢れ出る冷たいものが涙ということに、気づいた。




愛している。




愛している。





愛している。





まだ、こんなにも。






苦しいほどに。






新一に別れを告げられる日が来るなんて、夢にも思わなかった。


好きだと言ってくれたのに。


愛していると言ってくれたのに。



それでも今ここに新一がいないことが……現実で…。


今の平次に残るのは、フられたという悲しい事実だけだった。










 











次の日は、とてもじゃないけれど大学には行けなかった。

行く気に、なれなかった。

新一と会うのがとても怖い。


新一に別れを告げられてから…眠れなくて…ずっとあのままボーッとしていた。


けれど。


ふとした瞬間に、新一を想う。


すると涙が止まらなくなって。どうしようもなく、心が痛んだ。



それだけ、本気だった。



…完膚なきまでにフられてしまった、今でも…。



忘れることなどできはしない。



自分がこんなに涙を流すなんて、ありえないと思っていたのに。

新一がいないだけで、こんなにも酷く哀しい。


手で顔を覆いながら空を仰ぎ、止まらない涙をぬぐおうともせずにただひたすら新一を想った。








その次の日に、重い体を動かして何とか大学に行って目にしたのは…。


眩しいくらいの、新一の笑顔。


こちらを少しも気にすることなく、楽しそうに友人たちに囲まれて笑っている。

いつも通りの新一の姿に、もう何もかもが手遅れなのだということを、思い知った。

きれいに笑っている新一はきっと…平次と別れたから、スッキリしたのだろう。



平次と別れても笑っている、いつもと同じ新一に。

あの言葉が本心だったのだと言われているようで。


心が…死んでしまうかと思った。



けれど姿を見るだけで……愛しい気持ちが溢れ出してきて、止まらない。


苦しくて堪らないのに……愛しい…。


―― …こんなん…どないせぇっちゅーねん…












「最近、工藤すげぇ笑ってるよな〜!」


それは友人たちに囲まれて、ポーカーフェイスを駆使して笑いながら雑談しているときに出た友人の何気ない一言。

新一に別れを告げられて1週間以上になるというのに、『工藤』の一言だけで、心臓が脈打つ。


「だな!つか、アイツキレイに笑うよな」

「あぁ、何か、最近すげぇいいことがあったらしいぜ」


いいこと…とは…。


たぶん、恐らく……絶対……。


自分と別れられたことだろう。



痛くて、苦しい。



呼吸の仕方を忘れてしまったかのように何も言えないでいる平次に、尚も友人たちは続ける。



「そう言えば、工藤って付き合い悪いので有名だったじゃん?」

「それがどうしたよ?」

「何か最近、人が変ったみてぇに付き合いよくなったんだってよ!」


そう言う友人に、「え、マジで!?」「何で?」という驚いたような声と、「知ってる!」「そうなんだよな!」という楽しそうな声が入り乱れた。


「いや、それがさ、何でも監視役みたいな奴が居なくなったからだ〜って言ってたみてぇだぜ?」

「本当は飲みすんの好きだったのに、我慢させられてたって」

「え〜?マジかよ〜?」

「まぁ、両親のことらしいけど?」

「でもこれからは無理して我慢しなくていいから、いつでも誘ってくれって言われたぜ♪」

「え、じゃ、誘おうぜ♪俺、前から工藤と飲みてぇと思ってたんだ♪」

「俺も♪」


そんなことを言い合いながらワイワイと盛り上がる友人たちとは裏腹に、平次は一人ぐっと拳を握り締めた。


監視役…。平次は心の中でハッと自嘲気味に笑った。


―― …俺のこと…やんな……俺が工藤の自由を奪ってたんか…


自分が重荷になっていたなんて……辛すぎる…。

新一のことを何も分かっていなかったのだと言われているようで、泣きたくなる。

あんなに泣いた後なのに。

心に居続ける愛しい人の後ろ姿が…平次を苦しめる。





そのやりとりが終わって。話が別の方向に反れても、平次は会話に加われなかった。

胸の痛みをひたすら隠し続けながらぼんやりと外を眺めていると、声が聞こえた。


「服部、どうしたよ?何か暗ぇぞ?」


平次の異変を察したのか、友人の一人がこちらを覗き込んでいた。宮城だ。


一瞬……。


新一かもしれない、と思ってしまった自分に笑いが出る。

苦笑した平次に、宮城は怪訝そうに眉をひそめた。


「何か、最近服部落ち込んでるみたいだけど…何かあったのか?」

「…ちょお…めっちゃ好きな奴に…フられてしもて、な…」

「ええ!?」


驚いた宮城の大きさに周りが何事かと視線を集めてくるが、何でもないと愛想笑いをして誤魔化した。


「だだだ、大丈夫なのかよ!?」


思いのほか焦ったように平次に尋ねる宮城にふっと笑みを浮かべながらも、頭から消えてはくれない新一の姿に泣きそうになる。


「…全然…大丈夫やあらへん……」


新一がいないと、大丈夫でいられるはずがない。


自分でいられる…わけがない…。


多分ずっと…大丈夫ではないのだろうけど。


いっそのこと、心を粉々に壊してくれれば、良かったのにとさえ、思ってしまう。



けれど。



自分がいなくなることで…新一が笑ってくれるなら…。





幸せだと、感じているのなら…。






「…大丈夫やない…けど………… 忘れるわ ―― 」







「服部?」


それくらいしか、自分にはしてやれないのだと、解ったから。




「…忘れたるよ…」




遠くにいる新一に一瞬だけ視線を向けて。ゆっくりと、瞳を閉じた。





「忘れられるように…… 努力 する…」





そうしてようやく、自覚した。




一生をかけて愛せる人を……やっと見つけた たった一人を…。









…永遠に、失ってしまったのだと…。


















すれ違う二人
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