何よりも 辛いのは



君がいないこと ――




White lie

-3-




…行か…な……で…。


……傍…に……て…。




―― …… ア イ シ テ ル ……




「っ―服部っ!!」


新一は肩で荒い呼吸をしながら、暗闇の中何かを掴もうと手を伸ばした。

はっはっ、と短く早い呼吸を繰り返す。

呆然としながら暗闇を見つめ、ほどなく我に返って大きなため息を吐いた。


また、いつもの夢。


『バイバイ、服部…』と新一が言うと。

平次は『さよか』と表情なく呟いて。そのまま踵を返して歩いて行ってしまう。



新一を見ない瞳。




去っていく後ろ姿。





―― カナシイ ――。






平次と決別して、まだ3日目。時間の流れが、果てしないものに感じる。


別れた次の日、涙で腫れてしまった瞼を無理やり何とかして治めて、無理して大学に行った。

大学を休んでしまいたかったが、もし平次が大学に来ていたら、新一が休んでいる理由を知られてしまいそうで。


平次と別れたことに落ち込んで大学に行けない、なんて、思わせてはいけない。

自分は平次と別れたところで何も変わらない。

むしろ、せいせいしている…と、思わせないといけない。



そうでなければ……離れられない。



結局、平次はその日、大学には来なかった。

そのことに、心底ホッとしていた自分に、正直呆れる。

目ざとい平次に自分の胸中を知られることがないと分かって、安心したのだ。



だけど、もう、大丈夫。



今日という日を乗り切ってしまえば、後は普通に、平次とも接することができる。

普通、と言っても、赤の他人としての普通、だけれど。

辛いことがあったって、悲しいことがあったって、完璧に隠してしまおうと決めた。


平次が自分を見なくたって…傍にいなくたって、平気でいる。


平次が自分を忘れてしまったって……笑っている。



そうやってずっと…ずっと平次には嘘をつき続ける。



『こんな奴だったのか、最低だ』と怒って…平次の方から離れて欲しい。

愛想をつかせて、嫌いになってくれれば、いい。


そうして、本当に愛する人と出会って結婚して子どもを作って…笑っていてほしい。

子どもが欲しいと願う平次の夢を、夢で終わらせて欲しくない。


きっと……平次は優しいお父さんになるだろう。


自分のような一方的に与えられている人ではなく、与え与えられる人と…幸せに…。



ズキン、と大きな音をたてて痛む胸をぎゅっと押える。


「……痛て…」


体は正直で、心の悲鳴を痛みとして新一に伝えてくる。

心の傷を…涙として…新一の頬を濡らしてくる。


涙は枯れることがないということを…初めて、知った。


こんな形でなんか…知りたくなかったけれど。


「…痛ぇんだよ…」


乱暴に頬をぬぐうも、後から後から流れてくる涙に、ぬぐうのを止めてボフッと枕に顔を埋めた。


平次と別れてしまったこと。もう二度とあの優しい笑顔が見られないこと。


もう二度と……傍にはいられないこと…。


その事実が痛くて痛くて堪らなくはあるけれど、それ以上に新一を苦しめてしまうのは…。



平次を苦しめてしまったこと。



それがとても胸を締め付けている。


愛している人にあんなことしか言えない自分を呪ってしまう。

平次が痛いのが…何よりも、新一には痛かった。



だけど。大丈夫。



今のうちだけ、だから。



平次が痛いと感じるのは、今のうちだけで…これからは、それ以上の幸せがあるのだから。

もしかしたら将来、あの時フッてくれてありがとう、と平次に言われるかもしれない。

『狭い世界にいたことに気づかせてくれて…本当に愛する人と巡り合わせてくれて、ありがとう』と。

そうだったらいいのにと思う。




そうしたら……また…平次の世界に…自分が入れるかもしれないから……。




「…バッカみてぇ…」


平次にとって新一は嫌な思い出そのものだろう。そんな自分が、どうして平次の世界に入ることが許されるだろうか。

例えば何年かして結婚して子どもが出来てから…平次が許してくれたとしても…。


自分は絶対、許せない。


平次にあんな顔をさせてしまった……あんなに傷つけてしまった、自分を…。


だからきっと、これからも夢を見るのだろうと思う。


毎晩夢に見るのは、愛しい人。

そしてその人を…失う…夢…。

先ほど見た夢の内容に、再び心が痛んだ。


自分は何度平次を失うのだろうか。


何度平次を失えばこの苦しみが終わるのだろうか。



否。本当は解っている。




この苦しみに、終わりはないことを…。




忘れてしまえば…楽だろうと思うのに…。

忘れたくないと、心が、叫ぶ。


だって、幸せだった。


とても。


本当に。


一緒にいられたことが、奇跡だと思うから。






ありがとうと、言えればよかったのに。




そして…。



とても…とても幸せだったと伝えられれば…よかったのに……。





「……―― はっと…っ!」


思わずポツリと呼ぼうとしてしまったことに気づいて、寸前のところで思いとどまる。


「女々しいな、俺も…」


もう呼ばないと、誓ったくせに。




『工藤ぉ!!』


ふいにあの時の平次の声が頭の中に響いて、胸が痛くなる。


本気じゃないなんて、嘘だよ。


本気じゃなきゃ、こんなに胸が痛むはずがない。



―― ごめんな? 最後まで…傷つけちまって……ごめん……



決して届くことのない謝罪を心の中で繰り返す。

そうしてまた、心が晴れないまま……夜が明けていく――。










 











ザワザワとした大学構内で、一緒に話していた友人たちの一人に新一は声をかけた。


「なー、今日飲みしねぇの?」


飲みをしたいと言った新一の周りに人が集まってきた。


「んだよ、また?最近よく飲みたがるな、工藤?」

「そうそう、何か機嫌もいいみたいだし…何かあったのか〜?」


機嫌がいい?


誰が?


死にそうに辛い毎日を、酷く永く感じているのに…。



でも、そう思われても仕方がないと思う。

一生懸命外面を取り繕って、いつもニコニコ笑顔でいたのだから。


「ん、そうかも。最近いいことがあったからな!」

「いいこと?何だよ?」

「秘密」


べーっと舌を出して見せると、周りから不満げな声が上がる。


「で?どうなんだよ?今日は無理か?」


無理なら仕方ないけど、と言おうとした新一を遮るように、ブーイングをしていた友人たちが、わっと沸いた。


「んなワケねーじゃん♪」

「そーそー♪」

「お前に飲みたいって言われて飲みしねぇ奴なんかいねぇって♪」


言われて、新一は首をかしげた。


「?何でだよ?」


本気で聞いたのに、友人たちは互いに顔を見合せたかと思うと、やれやれと言った風にため息をつく。


「…んだよ?」


―― ちょっと、感じ悪ぃぞ?


ジロッと近くの奴を睨むと、みんな苦笑して口を開いた。


「だってお前、ずっと付き合い悪かったじゃねぇか」

「お前、有名だし、お近づきになりたいって奴たくさんいるのに、工藤は全然と言っていいほど参加しなかったからな」


そう、自分は話を持ちかけられても即座に断っていた。飲みに参加するより平次と一緒にいたかったから…。

でも…今はそうも言ってられなくて。


「んじゃ、これからは断らねぇことにする」


笑って言うと、驚いたように視線が注がれた。


「え!?」

「マジ!?」

「うっそ、ホントかよ!?」

「ホント。だから飲みあるんだったら俺も誘ってくれな」


おお〜!という歓声が上がると同時に、遠くの方で聞いていたらしいグループが名乗りを上げてきた。


「明後日俺ら飲みすんだけど、工藤も来いよ!」

「あ、てめぇら!んじゃ、その次の日!どうだ、工藤!」

「俺らは今週の土曜日にオールするんだけど、来るか?」


一気に騒がしくなった教室内に動揺することもなく、新一はにっこりと笑って頷いた。


「うん、行く!全部♪」


更に煩くなった教室に、何事かと通行人も足を止めている。

と、ふと友人の一人がポツリと新一に尋ねた。


「んでも、何で急にそんな気になったんだ?」


ドキッと、した。


理由。それは……。


―― バーロ。ここが、正念場だろ!


自分に喝を入れると、みんなに聞こえるようにいつもより少しだけ大きな声で楽しそうに言った。


「俺、今まで煩い監視役みたいなのがいてさ。本当は飲むのすげぇ好きなんだけど、止められちまってて」

「え?そなの?」

「あぁ。でも、もうどっか行っちまったから、大丈夫になったんだ」

「あ、それってもしかして世界中を飛び回ってるっつー両親のことか?」

「ん、当たり♪」


本当は、ハズレ。

この本当の意味は、平次にしか解らないだろう。

多分平次は、自分のことだと、思うのだろう。


そうなるように、仕向けた。


これを平次が聞いたら、どんな想いをするだろうか。

ズキズキと心が痛むけれど、笑顔であくまで嬉しそうに言葉を紡ぐ。

ただ平次に新一がこう思っていると聞かせるために、わざとそう言った。

こう言っておけば、何らかの形で平次には伝わるだろう。


早く嫌いになってくれれば、いい。

そうすれば、平次はもう傷つくことがなくなるのだから。

平次が苦むのは、短い方がいいと、思ったから。


それで噂好きな友人たちを利用するのは気が引けたけれど。




―― …俺は、こういう、奴だから…最低の、奴だから……だから、早く…忘れろよ…




どんなに強く願っても、心の声が届くはずもないことを知りながら……新一は 強く強く、祈った…。












…書いてる私がすごいひどい奴に思えてきましたιι(笑)
次は平次視点になりますvv
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