与えられるもの。


与えられない……もの……。




White lie

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平次は腕時計を見て辺りを見回し、目的の人がいないことを確かめると、椅子の背もたれに深く体重をかけた。


―― また向日と永瀬に捕まっとるんかいな、工藤は…


今日平次が新一と違う授業なのは1,2限だけなのだが、その間新一と一緒の講義を受けているのは悪友の向日と永瀬だった。

向日は元気の塊のようで、とても顔が広い。歩く情報屋と言われているほど情報通で、大学内でもその情報を買おうとする人も少なくはない。

対して永瀬はとても落ち着いている奴だ。しかし落ち着いているだけというワケではなく、頭の回転が速く、好奇心旺盛で、人をイジるのが好きらしい。

そんな感じだが、普段はとても気のいい奴らで新一も平次もよく一緒にいたりする。


が。どういったわけか二人は悪だくみをする時の考え方がとてもよく似ているのだ。

一度二人に目をつけられてしまったら最後、あらゆる限りの情報を駆使しながら向日はその人の全ての情報を引き出そうとしかけ、反撃する相手を頭の切れる永瀬が言葉巧みに言いくるめてしまう。

だから二人にタッグを組ませてはいけないのだ。


いつもは4人でいるので、新一が絡まれた時は平次が、平次が絡まれた時は新一が助け船を出していた。

しかし今新一の傍に平次はいない。

事実上、2対1なのだ。


―― 絶対課題か何か手伝わされとるんやろな…


断ろうものならば向日に喚かれ、嘆かれ、永瀬に責められ、最終的に言いくるめられてしまうのだろう。

それでも本当に嫌なことを二人がしてくることはなく、人の感情を読むのが上手いとでも言うのだろうか。

言葉とは裏腹に、一度仲良くなってしまえばとことん甘くなる新一は、ぶつぶつと文句を言いながらもちゃんと手伝ってやっているのだろう。

そう考えると自然にふっと笑みがこぼれた。



その時。



近くで、べちゃっ、と何かが潰れたような音がした。


「?」


何の音かと思いながら音のした方向をみると、小さな4、5歳くらいの男の子が見事に顔から転んでいた。


―― 何で大学に子どもが居んねん…


咄嗟の事にも特に動揺せずそんな事を考えながら椅子から立ち上がった平次はひょいっと男の子を抱き上げた。


「いけるか?」

「ぅ…うわあああん」


高い高いをしながら覗き込むように男の子の顔を見た途端、男の子は痛みを覚えたのか額を押さえて泣き出した。


「あ〜、痛かってんな〜。ええ子やから、泣くなや?」


抱きかかえて背中を優しくポンポンと叩いてやりながら、泣いている男の子をあやす。

そして辺りを見回して両親らしき人物を探してみるのだが、それらしい人影はないようだ。

大学に用事があったこの子の母親が一緒に連れてきたのは良かったが、はぐれてしまったとかそういう事なのだろうと推理してみる。


「ほれ、もう泣くなや?ボウズの親探したるから」

「お…かっ、さん…?」

「せやせや♪あっちも探してる思うし、大丈夫やで」


安心させるように笑ってやると、男の子もつられるように笑い返してきた。

これだから子どもはとても可愛い。

泣いたり、怒ったり…素直に自分の感情を表現できることも、子どものいいところだと思う。


ハンカチなんてものを持ち歩く習性のない平次は自分の袖で涙をぬぐってやると、歩きだそうとした。



と、その時、平次を呼ぶ声が聞こえた。


「服部!…って、あっ!祐樹!こんなところにいたのか!」


その声に振り向くと、友人の宮城が走って来た。


「宮城。何や、知り合いの子か?」


どうやら結構走ったのだろう、宮城は息を切らして汗をかいている。


「おう!ちょっと待ってろ、今コイツの親に電話かけるから」


焦ったように携帯を取り出してどこかに電話をし始めた宮城を横目に、男の子の頭をなでてやった。


「ほれ、親見つかったらしいで?良かったな」

「ほんと?おかあさん?」

「せやで〜、もーちょい、待っときや?」

「うん!」


ぱっと明るくなった表情にクスクスと笑みをこぼしながら、抱いたまま自動販売機の前まで歩いた。


「何や飲みたいモンあるんなら、買うてやるで?」

「いいの!?」

「ああ。泣くん我慢したご褒美や」


男の子が指さすものを買って渡してやると、嬉しそうに笑う。

と、その時、遠くから走ってくる人影が視界に入った。

恐らく、この子どもの両親だろうと推理すると、美味しそうにジュースを飲む男の子に声をかける。


「来たみたいやで?」

「?あっ!おかあさん!おとうさん!」


ゆっくりと男の子を地面に下ろすと、男の子は一目散に両親のもとへと走って行った。…足は遅いけれど。

ちゃんと再会してから、平次に気づいた両親が頭を下げた。


お礼をしたいと言う二人に、気遣いは無用だと断ると、何度もお礼を言いながら帰って行った。





「はー、ホント、祐樹がいなくなったって聞いた時はどーしよーかと思ったぜ。サンキュな、服部!」


焦った宮城は、名探偵の服部ならすぐに見つけてくれるかもしれないと、平次を探していたらしい。


「ええて。大したことしてへんし…ちゅーか、何でここに子どもが居ったんや?」

「あぁ、あの子、俺のサークルの先輩の子どもでさ。今日はその先輩が忘れもんしたっつーから奥さんが子ども連れて届けに来たらしいぜ?んで、そのまま迷子になっちまった、と」

「さよか」


クスクスと笑いながら聞いていると、宮城がじーっと平次を眺めてきた。


「ん?何やねん?」

「つーか、服部って子供好きだったんだな〜?あやすの慣れてて、びびったぜ」


意外〜、と笑う宮城に、平次は大きく頷いた。


「ああ。やっぱ可愛えやん」

「そうだけど、お前の口からそんな言葉が聞けるとはな〜」

「俺を何やと思てんねん。せやけどホンマは俺、将来最低でも3人は子供欲しかったんやで」


冗談めかしてそう言うと、宮城は可笑しそうに噴き出した。


「何だよ、その諦めたような物言いは?お前なら3人くらい作れるだろ〜」

「ん〜、せやなぁ…ま、頑張ってみよか」


平次は軽い気持ちでそう言って笑った。

この発言を、後々すごく後悔することになるとも知らずに。










 











新一は凍ったように動けなくなってしまった。


『将来最低でも3人は子供欲しかったんやで』


平次の言葉が重く頭にのしかかる。










新一は同じ講義を受けていた向日と永瀬に捕まって課題を手伝わされ、30分ほど経ってようやく抜け出して約束の場所に向かった。

そこで目にしたのは、平次と子ども―+α宮城―という妙な組み合わせだった。

思わず少し離れたところで隠れてしまう。


何かあったのかと考えると、迷子を平次が保護したというのが妥当だろうと思う。

推理は的中したらしく、すぐに親らしき男女が来て男の子を連れて帰ってしまった。


が、なんだか新一はそこから出るに出れなくて、そのままでいた。


―― 何してんだ、俺…


盗み聞きのようなことをしなくても、平次の傍に行って堂々と聞けばいいのだが、このときはなぜかそれをする気にならなくて。


「つーか、服部って子供好きだったんだな〜?あやすの慣れてて、びびったぜ」


平次が子供好きなことを聞いて本当に意外そうな顔をしながらそう言う宮城に少し笑ってしまう。


―― ま、そりゃそうだよな…


もう少ししたら出て行こうと思いながら、微笑ましい気持ちで二人の会話を聞いていた。

そして平次の口から紡がれた言葉。


『将来最低でも3人は子供欲しかったんやで』


その言葉に、新一の心がヒヤリとした。


文字通り、体が固まったまま動けなかった。



『欲しかった』という過去形の言葉の意味を、新一は痛いほど理解していた。

どれほど愛し合おうが、新一と一緒にいては子供は望めない。

本当に子供が欲しかったのだろうことは、さっきの言葉でよく解った。

だが、『かった』という過去形を使うことで、これからの未来全部新一と一緒に生きていくということを強く表していたのだ。


これからもずっと。



永遠に…一緒に…。




そう、平次は想ってくれているのだろう。

素直に嬉しいと感じる。


だけどソレは、新一と一緒にいる所為で平次に諦めさせてしまったモノ…。


子供だけじゃない。


諦めさせてしまったモノは多くありすぎて…。



本当は、諦めさせてしまったモノしか、なくて…。




好きだと言われて。泣きそうなくらい、嬉しくて。自分の気持ちも、伝えた。

想いが通い合った奇跡に本当に感謝した。

けれど、幸せすぎて、忘れていた。



この幸せには、大きすぎる代償があるのだということを。



それを考えると、サッと自分の血の気が引いていくのが解った。

自分が平次に与えられるものなんか、何もないのだ。

新一には、平次の当たり前な未来を奪うことしかできないのだ。

どうすれば、いいのだろう。

どうすれば、平次のためになることができるのだろうか。

一緒にいても新一は平次に何も与えてやれていないのだ。


自分は男だから。だから結婚はできない。だから絶対、子供は生まれない。

子供が欲しければ女と結婚しなければならない。それには新一がいては邪魔にしかならなくて…。


―― …俺と別れればアイツは……


そう考えて、自分の心の声に、愕然とした。

今まで考え付きもしなかったが。

重荷になっている新一を捨ててしまえば……平次は誰よりも高く飛ぶことができるのだ。

新一が平次から離れさえすれば……平次にはすぐにでも彼女が出来て…結婚して…子供も望める。

平次の夢を叶えてやれるのは、自分ではない。女しかいないのだ。



新一に出せる答えは……一つしか、なかった…。




『 別れ 』




平次のためを思うと、どうしてもこうする他ない。

自分が平次を縛ることなんて…できない。

いくら自分が平次と一緒に居たくても。

一番大切なのは、平次の気持ちなのだから。


平次の幸せが何より大切で。


平次の幸せを、何より、願う。





新一は痛いほど拳を握り締めるとぐっと唇をかみ締めた。





幸せを願うのは…本当の事なのに…。


本当の…心からの……想いなのに……。



けれど……。








……出来ない……。








自分が卑怯な人間だと痛感する。

だけど、それでも……言えない。


平次に生半可な別れの言葉など効果がないと解っている。

もし平次に“別れたくない”などとでも言われたら……抱きしめられでもしたら……。


絶対に、耐えられない。


そして…もう二度と…別れなど口に出来ないだろうから……。



だから、別れのときは、平次の言葉…ともすれば平次の全てを無視して、冷たい態度と言葉で一刀両断するしかない。

別れの言葉を口にすれば、そこで服部平次との関係全てが壊れてしまう。



友達にも、戻れない。



知り合いの位置にも、いられない。



赤の他人の様に、視線を合わすこともなく、すれ違うこともなくなる。







逢おうと想えば逢える距離にいるけれど。



逢おうと想わなければ…決して逢うことはないだろう。




逢う事よりも、逢わないでいる事の方が簡単なのだから。









あの顔が見れなくなるなんて。





あの瞳に映ることさえなくなるなんて。






自分の中から平次が失われてしまうなんて。








「…無理、だ……痛ぇよ…」


心が…引き裂かれる…。


―― …ごめん、服部…ごめん。…ごめん。


心の中で何度も何度も謝る。



答えが解っているのに言い出せない、新一を…。







弱い自分を……許して欲しい…。













お悩み新ちゃんですvv
次から物語が大きく変わっていきますvv
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