いつだって

途方もない闇の中から

自分を見つけ出して

掬いあげてくれる 人




アン コショマール




「工藤、スマンけど…別れてくれへんか?」



大学からの帰り道で言われた言葉に、一瞬にして身体が凍りついた。

工藤新一は、目の前にいる恋人、服部平次の真剣な顔を見た。


「聞いてるか? 別れよ言うてんのやけど…?」


再度紡がれた言葉を頭で理解する前に、心が痛みを訴える。


「っ――な、…に……言って……冗談……」


ようやく口から出た言葉は、喉の奥に張り付いたように掠れていた。


「悪いんやけど…冗談やあらへん。 …俺と別れてや」


絞り出した声など気にも留めない様に、キッパリと言われた。

真っ直ぐ向けられる視線と言葉を誤魔化すように目を背ける。


服部平次と付き合いだして……約1年。

好きだと自覚してから長い間ずっと片想いしてきて……想いに耐えきれず、1年前に平次に告白をした。

玉砕覚悟だったが、告げた瞬間、痛いほど抱きしめられて。

平次も同じ気持ちだと……ずっと好きで仕方なかったのだと、告白されて。

幸せな日々を、過ごしていたはずなのに…。



いきなり告げられた、別れの言葉。



今日まで、二人の間で何も問題など起きてはいないのに…突然、突き付けられた、決別。




納得、出来るはずがないではないか。





「いっ…嫌、だっ……俺っ…」


首を横に振って、震える自分の身体を抱き締める。


「勝手やて解ってるけど…それでも、別れて欲しいねん…」


言葉が、出てこない。


いつもなら瞬時に回るはずの思考も、今は空回りするだけで。



こんな自分は、知らない。



「っ…んで…り、ゆう……理由、が……?」

「……他に、好きな奴が出来たんや。 …ホンマにスマン。 その子の事、工藤よりも…誰よりも好きやねん」


告げられる一言一言に、真摯な想いが込められている。

平次が本気なんだと解った瞬間、堪え切れず涙が溢れ出た。

どこにそんな溜めこんでいたのかと思えるくらい、次々に零れ落ちる。


「…や、だっ…俺ッ……別れたく、ねぇっ…」


本当は、平次に他に好きな人が出来たのなら、笑って送り出してやるのが正しい事だと解っている。


両想いになってから、ずっと、毎日毎日平次には幸せを与えてもらっているから。

だから、もしも平次が他の人を好きになったその時は…もらった幸せを返そうと……すぐに別れてやろうと、心に決めていた。

それなのに、いざ告げられてみると、それを言えない自分がいた。


「スマン、工藤。 今の俺はオマエが泣いたかて、何もしてやれへん」


「っ――――!!」


いつだって。 どんな時だって。

新一が泣けば、暖かい手でソレを拭ってくれた。

優しい腕で抱きしめてくれた。


その手は、腕は…もう二度と手に入らないのだ。



平次の想いは、もう新一から完全に離れてしまったのだ。




平次の言葉でそれが否応なしに解ってしまい、張り裂けんばかりに胸が痛む。


「……あのマンションも、明日には出て行くさかい…」


その言葉に、別れが現実のものとして襲いかかってきた。


マンション。一緒に、暮らしている、二人の……。


きっと欠片も平次のものを残すことなく、去って行くのだろう。


「っ…俺っ…駄目なトコ、あんならっ! 言ってくれればっ! 直すからっ!」


引きとめようと必死で、伝えた。

ボロボロと零れる涙で視界が歪み、膝がガクガクと揺れる。

崩れ落ちそうな身体に鞭打って、声を荒げる。


「もう一度っ! 好きになってもらえるように、努力もするっ! 我がまま、言わねぇしっ! 何でもっする、からっ! 服部っ!!」





―― 離れて、行かないでくれ…!!





悲痛な叫びは…。







平次に、届かなかった…。







平次は静かに首を横に振った。


「そういう事とちゃうねん。 …解るやろ?」

「っ―――!!」


解る。

解りたくもない。


自分が何をしようが、平次の心に響かない。


平次の心には、別の人が有るのだから。


誰が悪いとか、そういうものでは、ないのだ。


「…ば、にっ…ずっと……傍、に…いる…て…っ言ったじゃねーかっ!! 一生、って…約束、したのにっ!! 何、でっ!!」

「堪忍、工藤…」


平次の辛そうな、すまなさそうな声が聞こえるが、その表情は涙で見れない。




「さよならや…」




最後の言葉を残して、平次は新一に背を向けて、歩きだす。




「っ嫌だっ!! 服部!! 服部っ!!」




咄嗟に弾けた様に叫ぶが、平次は振り向かず、どんどん遠くなっていく。


足が、身体が少しも動いてはくれないから、唯一の方法である声で呼びとめる。


「っ服部!! はっ、とりっ!! 服部、服部!!」


何度も何度も、平次の名を叫び続けたけれど。

遠ざかる足が止まる事は一度もなく。

平次は新一の前から、立ち去った。



「っっ――!! 行くなーっ!! 服部っ!!」



別れたいと言われた相手にこんなにも縋るなんて、何てみっともない。

恥も外聞も、自分の決意さえも、ない。


けれど、それで平次が戻ってくるのなら、それだけでいい。

もう一度好きになってもらえるのなら、何を引き換えにしても構わないのに。


平次がいてくれて初めて、自分は笑うことが出来る。


幸せを知ることが出来る。


それが全てだった自分から平次が失われて、何が残ると言うのだろうか。




「っ…はっ、とりっ!! 服部っ!! 服部ーーっっ!!!」




声が枯れてもいい。 喉が潰れても構わない。


ただこの想いが届けば、それで、いいのに。


それが叶う事は、二度とない。



心は、こんなにも、叫んでいるのに。


想いは、こんなにもまだ、溢れているのに。




この命 全てで、求めているのに――。




指先からどんどん体温が失われて。


身体が死んでいく。


もうそれでもいいと、思った。


このまま殺して欲しいと、願った。




















瞬間。




















『 工藤 』




















暖かい声が、聞こえた――。















 
















「っ! 工藤!!」


「っっ――!!」


弾かれたように目を開けると、焦点が合わない視界に、こちらを覗きこむ人影が見えた。


「っ……ぁ……」


混乱しながらもその人を見ると、歪んだ視界の中に、褐色の肌の…愛しい人が、いた。

どんなに頑張ってもしっかりと見えないのは、自分の瞳に涙が溢れているからだと気付く。


「いけるか、工藤!?」


「…っ、と、り…? な……で…? …別、れ、た…んじゃ……?」


嗚咽交じりの言葉でも平次は意味を理解したのだろう、眉を跳ねあげた。


「はぁ!? ンなアホな事させるかい! 俺が工藤を離すワケないやろ!! 寝ぼけんなや!!」


怒られて。


やっと、思考が戻ってきた。



自分は、夢を、見ていたのだろうか。



「はっと、り…? 俺と、別れて、ねーよ、な?」

「アホ! 何があっても別れてやらへんっちゅーねん!!」


いまだ流れる涙をそのままに尋ねると、痛いくらいの力でギュッと抱きしめられた。

それでようやく、先程の事が夢なのだと、安心した。


「っ〜〜っ…は、っとりっ…はっと、りっ…〜〜っ!」


甘えるようにその首に腕を絡め、肩に顔を埋める。

吸い込むとふわりと平次の香りがして、より安堵し、更に涙が零れた。


「何やねん、心配させよって… 俺と別れる夢でも見てたんか…?」


問われて、小さく頷いた。


「おま、えがっ…別れたいって……他、にっ…好きな奴が出来た、からってっ…」

「出来るワケないやろ!? どこをどないしたらそうなんねん!?」


太陽が西から昇ったかのような素っ頓狂な声での全否定に、心が癒される。

辛かった涙が嬉しい涙に変わっていく。

冷えていた身体も心も、平次によって暖められていく。


絡めた腕にぎゅーっと力を込めた。




「…っ別れる、なんてっ……夢ン中、でもっ…二度と…言うんじゃねーよっ…バーロッ…」



「え゛、ちょお待て、ソレ俺の所為なんか!?」




理不尽すぎる物言いにツッコミを入れつつも、新一全てを包みこんでくれる平次が愛しい。

先程までの恐怖なんて、すぐに消し去ってくれる、優しい人。



工藤新一の、唯一の人。



「ちゅーか、俺の愛がまだ完全に伝わってへんかったて、ちょお凹むんやけど…」


溜め息混じりのその言葉に、新一は顔を上げた。


「…え? あ、ちがっ…んな事…」


自分の言葉が誤った形で平次に伝わったのかと否定しようとするが、抱きしめていた腕を緩められてチュッと軽いキスでそれを止められた。

見つめて来る平次の瞳は暖かくて、誤解したわけではないのだと解る。


「とりあえず、今日と明日、大学休むで」

「?」


突然のサボリ宣言に首を傾げると、涙を舐めとられた後、頬にキスが落とされる。


「そないな夢、二度と見せてやらへん。 ……二度と見れん位、愛したるわ……」


言うが早いか、平次が新一の上へ圧し掛かるように態勢を変えて、ギッとベッドが軋んだ音を立てる。


「え…? はっと…んぅっ!?」


質問する暇も与えられず、唇を塞がれた。


情熱的なキスに思考を持って行かれそうになるが、気になる言葉が頭を巡る。


これからするのであれば、今日一日学校を休めばいいだけだ。


けれど明日も休むと言う事は……。


「んっ…はっ…ちょっ…、待っ…」


キスの合間に止めようとするが、平次はすでにパジャマのボタンを外しにかかっている。

荒々しいキスが抵抗する力をどんどん奪っていく。


「…ん…工藤……っ好き、やで…」


「っ!!」


キスの合間に囁かれる愛の言葉が嬉しくて、それだけで抵抗出来なくなる。

力を抜いた事を悟った平次は一旦キスを止め、ニッコリと笑って耳元に唇を落とす。


「…俺の想いが解るまで……気ぃ狂うまで、愛し合おな…?」


ホンマは二日じゃ全っ然足りひんけど、休めへん授業もあるからしゃーない、と愚痴る平次に、新一の予想が的中した事を知る。


有言実行なこの男の事だ。

明日の、本当にギリギリまで、離してくれないのだろう。

気絶さえも許してくれそうにない事が容易に想像出来る。


身体が付いて行かないだろう事に、少しだけ逃げたくなるけれど。


今はただ、平次の温もりを感じていたくて。


「…ちょっとは手加減、しろよな…」


一言伝えて、平次の身体に腕を回した。




「スマンけど、無理やな」




即座に返ってきた答えに声を上げる前に、再び唇を塞がれる。


反論しようかとも思ったが、平次の甘い甘いキスに、覚悟を決めて。






愛しい平次に、身を任せた――。






















〜 fin 〜
      
タイトルの『アン コショマール』とは、『悪夢』という意味のフランス語ですvv
英語で言うと『ナイトメア』で、最初はこのタイトルにしようかとも思ったのですが、それじゃ読む前に夢オチが解っちゃうかなと思って、フランス語にしましたvv
まぁ、フランス語でも解る人は解るんですけどネ
フランス語をあえてカタカナにしたのは、花蘭が読めないから、ただそれだけですvv(笑)

新一に泣きながら「別れるなんて夢ン中でも二度と言うな!」というセリフを言わせようと思いたち、完成したのがこんなんですvv(所要時間⇒1時間。所有物<飲料>⇒雪●のコーヒー)
新一にとってはこれが一番の悪夢で、平次にとってもしかり、ですvv
うん、もう、同性婚が認められてる、オランダ、ベルギー、スペイン、スウェーデン、カナダ、アメリカ(マサチューセッツ州、カリフォルニア州、コネチカット州、アイオワ州、バーモント州、メイン州、ニューハンプシャー州、ワシントンD.C.)、南アフリカのいずれかに移住して、結婚しちゃえばいいんじゃないかなvv
そんで、ずーっとイチャイチャベタベタラブラブしとけばいいんじゃないかな、うんvv

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございましたvv


どうか ほんの少しでも 貴女様のお心に届きますように-----vv


花蘭 でした
  
      
(2011.04.03)
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