ソレは 誰かを 壊す モノ




たばこ

-前編-





工藤新一は久しぶりに訪れた服部平次のマンションの前で、佇んでいた。


胸に手を当てて、深呼吸を繰り返す。


最後にここに来たのは何か月前だろうか。

そして、平次と話をしなくなって……何か月経っただろうか…。


本当はまだ3か月くらいしか経っていないのだろうが、もう1年も離れていた気がする。

平次が隣にいないというだけで、1日がとても長く長く感じてしまう。



こんなにも離れていたのに…いまだ心に在りつづける、人。


離れていれば気持が消えるだなんて、誰が言ったのだろうか。

そんな事、あるはずがないのだと実感させられた。

好きだと想う気持ちは、以前よりも強く……深くなっている。






―― …嫌われてんのに、な…





新一は思わず自嘲気味に心の中で呟いた。


そう、新一は知っている。



平次が自分から離れていった訳を…。










 












平次がどうして東京の…新一と同じ大学を受けようと思ったのか、正直分からない。

大阪にも、いい大学はたくさんあるはずなのに。

けれど、同じ大学に合格して、平次が引っ越してきて…4月から一緒に大学に通うようになって。


とても。



とても、嬉しかったのを、今でもまだ覚えている。


好きな相手と一緒にいられることを、嬉しいと思わないはずがない。


大学で友人もでき、飲んだり遊んだりもして、楽しい毎日を送っていた。



それが壊れたのは……8月も終わりに近づいた、夏休みのことだった。


その日、いつもは大勢でする飲みも、何故か平次のマンションで、平次と二人ですることになって。

別に二人で飲みをすることが珍しいわけではなかったけれど。


今考えれば、どこか少し、壊れかけていたのを肌で感じ取っていたのだと思う。


いつもはこれでもかという程喋る平次が、とても口数が少なくて。

それでも平次といられるこの空気を噛みしめていた。


その時、平次がポツリと呟いた。


「…工藤、好きなやつ、おるんか?」

「…え…?」


急に投げかけられた言葉に、思考回路がついていかない。

何故か平次は恋愛の話をしたがらなかったから。


こんな事を聞いてくるなんて夢にも思っていなかった。


好きな人なら、いるけれど。


この想いは絶対に。


誰にも。



微塵も、知られるわけにはいかない。



黙っている新一に、平次は少し躊躇った素振りを見せた後、言いにくそうに口を開いた。


「…工藤は俺のこと…」


そこで平次は言葉を切って。

部屋に、沈黙が流れた。


訳が分からない新一に、平次はすぐに先ほどの言葉に首を振った。


「…いや、何でもあらへん」


反らされた平次の気まずそうな横顔と、恋愛話と。

先ほど漏らした言葉の意味を推理して…新一はサッと血の気が引いた。


どうして今まで考え付かなかったのか、自分でも不思議だとは思うけれど。


恋愛に聡い…人の気持ちを読むのに長けた平次のことだ。

新一の気持ちなど、隠し通せるはずがないではないか。


「…お前…まさか…知ってんの、か…?」




祈るような気持ちで。





そう、聞いたのに。




「……」




平次は一度新一に戻した視線を、再び反らしてしまった。


その行動だけで、新一には十分だった。



自分の気持ちがばれていたことを……知った。



その後、動揺を隠しきれずに、逃げるように平次のマンションを飛び出して。









……平次とは……それきりになってしまった……。








理由は、簡単。


あれ以来、平次が新一を避けるようになってしまったから、だ。


あの後の夏休みの期間中は、平次からの連絡が全然来なくて…新一からも、連絡できなくて。

始業の日、大学に行って、教室にいる平次を見てホッとしたのだけれど。

視線が合った、瞬間。


サッと、反らされた。



まるで、最初から新一と視線など合っていないかのように…。


まるで……新一を視界にいれないように……しているかのように……。


そしてそれが…平次のことを好きな新一に対しての答えだと…分かった…。


当然と言えば、当然のことなのだ。

自分を好きな男と一緒にいたいと思うわけがない。





当然の、こと、なのに…。





…… 涙が 出るかと 思った ……。






こちらから平次に話しかけることなんて、とてもじゃないけど無理な話だった。

だから、もう、それっきり。



こうなったのは自分が平次を好きな所為だから。

誰が悪いとか、そんなのじゃない。




だから…仕方ないと思いこんで。



仕方ないと…思うしか、なくて…。



酷く…心は痛んだけれど……。








それでもやっぱり……平次を忘れることなんて……できなかった……。










 












平次のドアの前に立った新一は、心を落ち着かせるため、今一度深呼吸をした。


覚悟を決めて、ここまで来たはずだ。


引き返す理由は、なにもない。



意を決してチャイムを押そうと腕を伸ばした時、自分の手が震えているのに気づいた。


―― 何てザマだよ…


それでも勇気を振り絞って、新一はそのチャイムを押した。


少し待つと、中から足音がゆっくり近づいてくるのが解って、心拍が更に跳ね上がる。





程なくして、ガチャッという音とともに…ずっと見たかった平次が現れた。




平次は玄関の前にいる新一を見て、すごく驚いた表情をして。





すぐに眉をひそめた。






ズキンと、心が悲鳴を上げる。

解っていた、はずだった。

突然、自分が軽蔑する男が訪ねて来たのだから、嫌な顔をしないはずがない。



覚悟もしてきたのに。






やはり、胸が痛む。





新一を見た瞬間、平次が思わずドアを閉めようと少しだけ手を引いた事にも、気づいてしまった。


けれど、その痛み全てを心の中に仕舞い込んで、新一は平次を見た。



「あの、さ…話、あんだけど…いいか?」


なけなしの勇気を総動員して言ったのだけれど。


「…俺は別にあらへんけど?」


突き放すような、その言い方に。




酷く、心が痛んだ。



けれど、こんなところで負けるわけにはいかなかった。

負けるわけにはいかない、理由があった。


「お前になくても、俺にはあんだよ」



強気でそう言うと、平次は眉間に皺を寄せ、は〜、と大きくため息をついて、ドアを開けたまま新一に背を向けた。


「おい!話があるつってんだろ!」


少し慌ててそう呼びとめると、平次は更に大きなため息をつき、ボソッと呟いた。


「……入れや…」

「…え?」



その言葉に驚いたのは新一だった。

門前払いはしないだろうが、一刻も早く新一と離れたいはずの平次は、新一を部屋に入れてはくれないだろうと思っていたのに。

驚いている新一を余所に、平次は再び新一に背を向け、中へと歩いて行く。


「あ、いや、俺、いい!」

「……」



咄嗟に否定の言葉が出たことに自分でも驚きつつも、平次の足が止まったことに気づいた。

こちらを振り返らずに足を止めている平次の背中から、少しの苛立ちを感じ、新一はしまったと思った。

平次が嫌っている人間がいきなり押しかけて来て、帰れと言っても帰らなくて。仕方なしに部屋に上げようとしたのに、それをも断るなんて、厚かましいと思われたのかもしれない。

新一は慌てて弁解した。


「そ、そんな長く話す訳じゃねぇから、気ぃ使ってくれなくていい!す、すぐ終わるし、ここでも全然…」


「…入れや」


再び低い声でそう言われると、新一に断ることはできなくて。


ぐっと唇を噛みしめた後、覚悟をきめて一歩踏み出した。











 











平次に言われるままリビングに上がってソファに腰かけると、コーヒーを淹れると平次はキッチンへ行ってしまった。


もちろん、遠慮していらないと言ったのだけれど、平次はその言葉を聞き流した。


話を聞いてもらえる、とは思っていなかったけれど。

こうも聞く耳を持たないのなら、本題も聞き流されてしまうだろうと思った。


嫌いな人間の話なんて、聞く気にもなれないだろうけれど。


は、と短く息を吐き出した時、平次が両手にコップを持って戻ってきた。


平次はその一つを新一の前に置くと、自分は対面にあるソファに腰掛けてコーヒーを飲んだ。

お礼を言って、コップに手をかけ、熱いコーヒーを2,3回冷ましてコクリと飲み込んだ。


「……飲まんかと思てたわ…」

「…へ?」


平次の言葉を聞き逃してしまった新一は首をかしげるが、平次に繰り返す気はないようだった。



「…別に。そんで?話って何やねん?」


急かすようにそう聞かれ、新一は持っていたコップをテーブルに置いて平次を見、口を開く。







「お前、タバコやめろよ」








「………は?」


恐らく、新一のこの言葉は平次の想像を遥かに超えたものだったのだろう、平次は間抜けな声を出した。



そう、新一は今日、これを言うためだけに、平次の元を訪れたのだ。




驚いて固まっている平次に、新一は尚も話を続ける。


「最近、すげぇ吸ってるみたいだし…体に悪いだろ?って、んなの本人が一番解ってるだろうけどな」


実際、平次が一番解っていると思う。


明らかに吸いすぎだ、と。






新一と一緒にいた頃はタバコなんて全然吸っていなかった平次が、ここ数カ月の間、かなりのヘビースモーカーになっていた。

最初、新一は、こんなこと言うつもりなんて全然なかった。

タバコを吸う、吸わないは本人の自由だし、それを強要することなど誰にも出来はしない。

けれど、その量の多さに、傍にいる友人達も思わず声をかけるくらいで、盗み見ていた新一も、信じられない思いだった。


その位、平次は1日に吸う量が尋常ではなかったのだ。


このままではダメだと、心が叫んでいた。



誰かが止めてやらないと、いけない。



このままだと…平次の体が壊れていきそうで…。






平次の内側から……何かが、崩れて、いきそうで……。





ぎゅっと拳に力を入れている新一を余所に、平次はハッと息を吐き出した。


「…何や、それだけのために来たんか」



呆れたようなその物言いに、新一は唇を噛みしめる。


「…余計なお世話だって、解ってっけど…」

「ホンマ余計なお世話や」


ため息交じりにそう言われ、ついカッとなってしまう。



「じゃ、やめろよ!お前も吸いすぎだって、解ってんだろ?タバコやめたら俺は何も言わねぇし!大体、この部屋もすげぇタバコ臭いぞ!どんだけ吸ったらこんなになるんだよ!」

「工藤には関係ないやろ」

「関係ねぇ俺に、ここまで言わせてんのはオメーだろ!」


そう切り返してジトッと平次を睨むと、平次はこれ見よがしに大きなため息をついた。


「…何でそないにやめさせたいねん。別にええやんか」



―― こんな吸っといて、よく、んな事が言えるな!


心の中でそう毒づきながら、負けじと睨みつける目をきつくした。


「バーロ!よくねぇから言ってんだよ!」


無言でコーヒーを飲んでいる平次に、話を聞いてもらえるように思考を巡らせる。



「俺が言いに来るなんて、相当の事だぞ!いきなりやめるのがダメなら、少しずつ本数減らすとか、軽いものに変えるとか…」


何とか平次にタバコをやめてもらいたくて、新一なりに妥協策を打ち出したのだが、話の途中に平次が口を挟んだ。


「そないな話ならもう帰れや。今日は約束あんねん」


その言葉が嘘だと、新一でも分かった。

約束があるのなら、新一が訪ねてきた時点で部屋に上げることはしないだろう。


けれどそれを逆手にとり、平次を睨みつけた。


「タバコ、やめるって約束しろ。そしたら俺、すぐにでも帰ってやるよ」


平次はどんなに嫌いな相手にでも、一度約束したら守るやつだから。

この場の勢いだけで約束をしたとしても、平次はその言葉を守ってくれる。

だからどうしても、この約束だけは取り付けたかった。






例え……どんなに平次に嫌われることになったとしても……。





平次は睨みつける新一をしばらくじっと見ていたが、逃げるように視線を外して小さく呟いた。


「…無理や」


「服部!」


思わず声を荒げた新一に、平次は視線を合わせることなく淡々と言う。


「無理や」

「何でだよ!」

「無理やから無理やて言うとるんやろ」


「お前、前は全然吸ってなかっただろ!?口が寂しいだけなら別のモンにしろよ!」


新一はタバコをやめてもらおうと必死にそう言うのだが、平次は意志を変えるつもりはないらしく、再びコーヒーに手を伸ばした。



久しぶりの平次なのに、こんな会話しかできないことが悲しい。




話したいことはもっと……たくさん、あるのに……。





―― …でも…それでも、俺は、馬鹿だから……




「オメー、本当は解ってんだろ!どうにかしてタバコやめろよ!タバコやめれる方法を考えろ!」




こんな事を言いながらも、ホントは…。





すごく……すごく、嬉しかった。




どんな些細なきっかけでも、再び平次と話すことができたのだから。






―― …俺って、すっげー卑怯…





心の中で嘲笑して。





それでもタバコをやめてもらいたいと思う心は本物だから。






自分ができる限りのことで、壊れていきそうな平次を、止めてやりたい。





新一が何を言っても、コップを持つ手を離さずにコーヒーを飲んでいる平次に、必死に訴えた。


「お前がタバコやめる為なら、俺、何でも手伝ってやる!やめれる方法も考えてやる!だから、タバコなんてやめろよ!」



そう言うと、一瞬だけ平次の動きが止まった…かのように見えた。



そして。









「…口先だけやったら何とでも言えるで」









ポツリと平次が呟いた。


新一は、しめた、と思った。


返事を返してくれるということは、先ほどの新一の言葉のどれかに平次が心引かれたのだろう。

もしかしたら、何かを引き換えとすれば、平次はタバコをやめてくれるかもしれないという、光が見えた。

けれど、その引き換えにする何かは…聞かなくても、解っていた。





「口先だけじゃねぇよ!何でもしてやるって言ってんだろ!!」






俺が。






俺の存在自体が嫌ならば。

















消えてやるよ。

















お前の前から。


































そう、代償は、俺…。

















例え…平次の前に二度と姿を現せないことになったとしても…。

















壊れゆく平次を止めることができるのなら…。

















自分が離れるなんて、容易い事。

















こんな…心が引き裂かれるような痛みすらも…耐えてみせる。

















言い切った新一に、平次はようやく視線を向けた。



けれどもその瞳には怒りのカケラが見えて、新一は少したじろぐ。


ようやくコップを置いた平次は、以前の平次からは考えられないほど冷え切った眼で新一を見て…。


























「せやったら……キス、せぇや…」



























そう、言った。



















また連載ですvvと言いましても、前後編ですけどvv
中編になりますねvv
後編はちょっとしたエロが混じる予定ですvv
むふふvv力が入りますvv(笑)
あ、ちなみに私は、1話⇒『短編』、2〜4話⇒『中編』、5話以上⇒『長編』と思ってますvv

タバコについて↓
ちなみに私はかなりのタバコ嫌いです!!
それこそ、タバコを所持している人の半径20m以内は近づきたくないと思ってる位の、アンチタバコ星人です!!
タバコなんてこの世から滅んで欲しいと本気で願っております!!
だって、歩きタバコをなさりやがる方が多いんだもん☆☆
ハッキリ言って、臭いです!!とても迷惑です!!
人類皆タバコの煙を気にしないと思うなよってカンジです!!
人様に迷惑かけないで欲しいものです!!
一秒でも早く、タバコを吸っても煙を一切外に漏らさない装置とか開発されるといいですね☆☆


(2008.07.05)
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