どんなに辛くても


苦しくても





二人で



乗り越えていきたいんだ――





絆

―前編





事の発端は、平次の言葉だった。


「なぁ、オヤジとオカンに工藤との事、話してもええ?」



「え?」


平次のセリフに驚いて、読んでいた推理小説をそっちのけで新一は顔を上げた。





二人が付き合い始めてから1年。


コナンから新一に戻って、すぐに平次が告白してきて付き合い始めた。


今に至るまでの間には、数え切れないほど多くの困難があった。もちろん、ケンカもしたし、すれ違いもあった。


1年という期間は短いかもしれないが、もうお互い解っている。お互いが、自分にとって、唯一の人だということを。


一緒に居られるだけで、本当に幸せでいられるのだから。


こんなに愛しいと想える人は、この世でたった一人だけだと……確信もしている。





しかし、世間は相変わらずで。

二人の関係を表に出すことは到底無理な話だった。

それならそれでいいと考えるけれど、やはりどうしても気になるのがお互いの両親のことだ。

認めてもらえるなんて、都合のいい考えは持ち合わせていない。

話したいと思う。でも、話せない。

両親達に負い目を感じずにはいられなかったが、離れるなんてことなんて、できるわけがなかった。


そうして両親には話さずに、1年が過ぎた。

そこに平次のあの言葉。


「今まで何も言わへんかったけど、隠しとくのも限界や思うねん」


平次は、あかん?と伺うような表情をしながらも、新一をしっかりと見据えている。


「で、でもっ…絶対反対されるしっ…」


新一はぎゅっと拳を握り締めて俯いた。

否定的な言葉を口にするものの、新一の気持ちは平次と同じだった。

決して隠したくは、ない。

それでも平次の父親は警視庁で、世間体も色々ある。否、世間体云々以前に、こんな関係認められないのが普通だ。

言ってしまえば後はどうにでもなると解っているのだが、どうしても、最初の一歩が踏み出せないでいた。


新一の考えていることが解ったのか、平次は苦笑してみせた。


「まぁ、反対されるやろなぁ。……せやけど、オヤジ達には俺のホンマの気持ち、知っといてもらいたい思うんや」


何よりも自分を大切に育ててきてくれた両親に知っておいてもらいたいと思う気持ちはすごくある。

一生、二人でいたいなら、いつかは必ず乗り越えなければならないのも確かだ。

しかし、だ。例え言ったとしても、返って来る答えは解りきっているのが正直辛い。


「それに…」





ふいに平次の言葉が切れたことを不思議に思い、新一は顔を上げて平次を見た。


「それに?」


目が合うと、平次がゆっくり近寄ってきて、新一の頬に触れた。


「こないに愛しい思うてる工藤のこと、隠したないねん」


心から愛しそうに笑う平次に、胸が暖かくなる。


いつでも新一は最悪の事態を想定して、結論を出してしまう。

自分に都合の良いことばかり起こるなんて考えは持ち合わせていない。

何より、最悪の事態を先に考えておかないと。期待すればするほど、そうでなかった時の自分のショックが大きいから。


だが、平次は違う。

いつでも前を向いて考え、行動する。

望む結果にならなかったとしても。反省はするが、後悔はしていない。

そんな平次が羨ましくもあり、誇らしくもあった。


自分も平次のように、強く。




強くありたいと……思う…。





新一の頬を撫でながら、平次は苦笑した。


「縁切られるかもしれへんけど…」


その言葉に、ドクン、と新一の心臓が大きく跳ねる。


それが。『最悪の事態』なのだ。

男同士の恋愛なんて、認められない。

縁を切られることは当然として有りうること。



だけど……。


「何言ってんだ!!んなことさせるわけねぇだろ!!」


頬に触れている平次の手首を掴むと、新一は苦笑する平次を怒鳴りつけた。

有りうる未来ではあるが。

新一と付き合っているが為に親子の縁を切るようなことは絶対あってはならない。

その未来だけは、実現させるわけにはいかない。

平次の為に戦うと、決めた。

いつでも新一を護ってくれている平次のように、自分も、平次を護れる人間になりたかった。

ぎゅっと掴んでいる手に力を入れると、嬉しそうに平次が笑って、新一を抱きしめた。


「工藤がそうやって怒ってくれるから、負けへんよ」


本気で言っているのにくすくすと笑っている平次に、新一は少しだけ眉を顰める。

抗議しようと平次を見ると、平次もまた新一を見つめていて。

目が合うと、どうしようもなくドキドキして言葉が見つからなかった。


「な、一緒に大阪行ってくれるか?」


優しく囁く平次の声は、とても心地よく新一の胸に伝わる。

ふ、と微笑むとゆっくりと腕を平次の背中に回して、額を平次の肩に預けた。


「バーロー。俺が行かなくて誰が行くんだっつーの」

「せやな」


平次はまたくすくすと笑いながら、愛しそうに新一の髪を撫でて。



そっとキスを落とした。










 











その日の内に大阪に行く支度を済ませると、次の日の朝に早速駅へ行って大阪行きの切符を二枚買った。

そのついでに、平次の家の近くのホテルの予約を取る事を忘れてはいけない。そう、これは長くかかるだろうことを見越しているのだ。


とりあえず、一週間。

一週間粘って、駄目だったら東京へ帰る。もちろん、諦めるのではなく、大学をそうそう休んでいられないので、だ。

そして次の月に再び一週間、大阪に行く。

そして認めてもらえるまで何度も何度も、何年かかろうとも二人を説得しようと約束した。


何年かかっても、いいのだ。最終的に認めてもらうことができさえすれば。



ずっと。ずっと一緒にいるのだから…。






平次は、大事な話があるから今から新一と二人で大阪に行くと電話で伝え、平蔵と静華二人に聞いて欲しいと話した。

正直、人生で一番緊張しているかもしれないと新一は思った。


でも。緊張はしているけど……。



平次が傍にいるから………怖くは、なかった。






















「俺と工藤は1年前から付き合うてるんや。」


平蔵と静華の向いの席に座ると、平次はおもむろに話を切り出した。


「俺結婚せんで、一生工藤と生きていきたい思うてる」


二人とも驚きは相当のものだったようで、反応もできずに固まっている。


「これはホンマに本気や」


しっかりとした自分の気持ちを伝える平次に、隣に座っている新一も背中を押された。


「…俺も、こいつと同じ気持ちです…ずっと一緒にいたいと、思ってます…」


新一もしっかりと言いきると、しばらく沈黙が流れた。


平蔵も静華もそんな話しだとは考えもしなかっただろうことを切り出したのだから、混乱するのは良くわかる。

平次と新一は二人の反応を待った。

二人とも考える時間はすごく必要だと思うし、自分達も焦って考えて欲しくはなかった。




こういう時に反応が早いのは女のようで、静華が恐る恐る口を開いた。


「…周りが何て言うか、解っとるん?」

「あぁ…批難も中傷もされるやろな。せやけど二人なら…怖ないねん」


静華の質問に、平次は苦笑した後、しっかりと言い切って笑った。


「俺も…服部と一緒なら……乗り越えていけるって思うんです…」


新一も、確信に満ちた目で静華を見て、微笑んだ。

二人の言葉に、静華は言葉を失った。


「言うか言わんか悩んだんやけど、オヤジらに認めて欲しいんや」


そう平次が言った瞬間、ドンッと荒々しく平蔵がテーブルを叩いた。


「そないなことわざわざ言いに戻って来た言うんか!!帰れ!!」


ガタン、とイスから立ちあがってその場を去ろうと背を向けた。

しかし、そんなことはさせまいと平次も立ちあがる。


「ちょお待て!逃げんなや!!」


平次が平蔵の肩を掴んだ途端、平蔵は平次を力任せに殴り飛ばした。

ガシャーン、と平次が周りのモノを巻きこんで倒れたと思うと、すぐに平蔵が平次の胸倉を掴みあげる。


「甘ったれたこと言うてんやないで!!自分の犯しとることが間違いやて気付かれへんのに認めて欲しいやて!?頭冷やさんかい!!」

「っこのっ!!」


平次も負けておらず、平蔵の胸倉を掴むと拳を振りかざす。

咄嗟に新一は二人の間に入り、体を張って二人を止めた。


「は、服部!!やめろっ!!」

「邪魔すんなや、工藤!!」

「服部っ!!」


これ以上は話し合いにならないと思った新一は、憤る平次を必死に平蔵から引き離して二人にぺこりと頭を下げた。


「すみません、今は帰ります。でも、認めてもらえるまで諦めませんから」


まだ平蔵に掴みかかろうとする平次を、ありったけの力で外に引っ張って行った。


外で待たせてあったタクシーに平次を押しこむようにして乗り込むと、予約したホテルへと向った。


タクシーの中でも怒りが収まらないのか、平次の機嫌は限りなく悪い。


ホテルに到着すると、朝大阪に着いてすぐにホテルにチェックインしていたのでそのままフロントで鍵を受け取り、部屋へと入った。



そしてようやく新一は一息つく。

ふう、とため息をつくが、平次がまだ怒っていることに、少し苦笑いを浮かべた。


「あんの親父殴らな気ぃすまん!!」

「服部、俺はもういいから!最初から認めてもらおうなんて、思ってねーし!長期戦で行くって、約束しただろ?」


な、と平次の顔を見つめながら、新一は笑って見せる。


「そらそうやけどっ…」

「俺は、反対されようが…お前が傍に居てくれんなら……幸せだし…」


自分のセリフが恥ずかしくて少し赤くなりながらも言い、自分からぎゅっと平次に抱きついた。

すると、さっきまでの怒りが嘘のように、平次は上機嫌になって新一を抱きしめている。


「俺かてそうやで?工藤さえ居ればええ……せやけどな…」


密着していた体を少しだけ離して、平次は真剣な表情で新一を見据えた。





「工藤を愛したことが間違いやて言われんのは、我慢ならんのや」





「服部…」


その、本当に真剣な顔に、新一は瞳を奪われた。

そんな新一の頭を愛しそうに撫でて、そっと髪にキスを落とす。


「間違いやあらへん…この気持ちも、想いも……」


胸を満たす想い。底の見えない泉のように、今もなお、想いだけが溢れ出す。






この想いが間違いなら。





この世界に真実なんてものは……ないと、思う……。










「っ…んっ」


ちゅっと軽いキスをした後、すぐに深いものに変えて新一を味わう。


どうしたらこの気持ちを両親に理解してもらえるのか、平次なりに一生懸命考えた。

しかし、どうしても上手く言葉にできない。

いや、こんなに深い想いを言葉で表現なんて、できるわけがないと思う。

言葉で表しても、何だか薄いような、浅いような気がするだけだった。


だから、他人に伝えることは、言葉で表現するより何百倍も、何千倍も難しいと解っている。

それでも、生まれて来れたからこんなにも愛しい気持ちを味わえる。

こんなにも愛しい人間に出会えて。触れられるのだ。

新一の両親にも、自分の両親にも。感謝してもしきれない。

感謝しているからこそ、解って欲しいのだとも思う。


「愛しとるで…」


新一に囁いてみるが、まだ全然足りない。自分の想いは…こんなものでは、ない。


「ん……俺も……」


嬉しそうに微笑んで平次のキスに答えてくれる新一を、本当に好きだと……愛していると想う。





両親を説得出来る日は遠いかもしれない。

それでも。解ってもらえる日は来ると、平次は確信していた。

平蔵と静華は、愛し合って一緒になったのだろうと思うから。


少なくとも、『愛』を知っているのならば。





自分たちの中にある『愛』も、理解できるはずなのだから――。





平次はキスをしたまま新一をベッドに押し倒すと、欲望のままに、けれども本当に優しく。新一を抱いた。










 











次の日、再び二人は服部家を訪れた。

また平蔵に怒鳴られたり殴られたりしても、決して殴り返すことなどせず、『話し合い』という当初の目的を忘れないようにと約束した。

そんな意気込みも虚しく、出迎えてくれたのは静華だけで、家に平蔵は居ないようだった。


「オヤジはどこ行ったんや?」


当たり前のように居場所を質問する平次に、静華は軽くあしらうように返した。


「あの人なら仕事やで」

「あんのクソ親父…逃げよったな…」

「アホ言いな。毎日仕事やて平次かて知ってるやろ」

「冗談やん」


何て事のない受け答えをした後、平次は少しだけ考えると、バイクのカギをポケットから取り出した。


「何処行くんだよ?」


不思議に思って聞くと、平次は息を巻いて新一の肩を軽く叩いた。


「オヤジに会うて来んねん!すまんけど、工藤は待っとってくれへんか?」


平次の意外な言葉に、新一は少し動揺する。


「え?で、でも…」


平次が頑張っているときに自分だけ待っているだなんて出来そうもなかった。

やっぱり付いて行きたいと言おうとした時、新一より早く静華が口を開いた。


「それやったら、工藤君に買い物付き合うてほしいんやけど、あかん?」

「え、いえっ!」


咄嗟のことだったので断りきれず、つい頷いてしまった。


「よかった。ほんなら、よろしゅうね」


静華は微笑むと、支度をするから少しだけ待っていて欲しいと新一に言って部屋の奥へと入っていった。

静華が居なくなるとすぐに平次が新一に近づいてきて、耳元で囁いた。


「工藤、オカンを頼むな」


その一言で平次の考えていることが解った。

平次が平蔵を説得するのを、ただ待っていろということではない。

平次は平蔵を、新一は静華を説得しようというのだろう。

二人で平蔵と静華を説得できればいいのだが、いかんせん、平蔵は仕事なのでそうも言ってられないのだ。

ただ待っているだけではなく、二人のために何かできることが、新一には嬉しかった。


「ああ。解った」


くすっと笑って平次を見る。


「オヤジは頑固やけど、俺も負けられへんから……」



負けられない、ことがあるから……。



新一はこくりと頷いて微笑んだ。


「よっしゃ!今日中にええ返事をさせたるから、期待して待っとれよ?」


不敵な笑みを浮かべて新一にキスをすると、平次は出かけていった。


平次の後姿を見送りながら、新一は平次の傍にいられることの幸せを噛み締めていた。

その幸せを護るためなら、どんなことでもできる。

平次が自分を望んでくれる限り、決して諦めなどしないと誓った。





数分待っただろうか、静華が身なりを整えて姿をあらわした。


「待たしてすまんねぇ。ほな、行こうか?」


静華は優しく微笑むと、タクシーを呼んであると玄関まで歩いた。

タクシーに乗って静華が行き先を継げると、すぐに目的地へ向けて車は走り出した。

車内では、話しかけてくれる静華に相槌を打つだけといった、会話らしい会話はできないでいた。

新一も話しをするきっかけをつかもうとするのだが、中々上手くはいかない。

そして結局、新一が言いたいことは言えず終いのまま、10分くらいで目的地のデパートへ到着した。



最初に服が見たいという静華の意見で、2階の着物の店に来ていた。

その間も、新一はどうやって説得すれば解ってもらえるか考えていた。

と、くすっと静華が笑った。


「どないしたの、工藤君。」

「えっ?」


自分の考えに溺れていた新一は、静華が言ったことを上手く聞き取れずに聞き返した。


「朝からずっと、何や言いたいことあります、みたいな顔しとるよ。気ぃついてへんとでも思うた?」


くすくすと笑う静華を見て、新一は絶句した。

本当なら怒っているはずの静華に買い物に誘われ、あまつさえ自分の考えを読まれたのだから。

静華が何を考えているのか解らないが、静華の方が一枚上手だということは解った。


「…静華さんはあまり怒らないんですね。」

「ん?」


そんな静華に、これ以上隠し事が通ると思わなかった新一は、自分の思っていることを正直に言った。


「俺、もっと反対されると思ってました。…離れろって言われるのかと…」


最も、そんなことを言われても引き下がれはしない。


どうにかして。

どうにでもして、二人を説得しようと思っていた。


そう簡単に認めてもらえるなんて思わなかったし、怒られるのも当然だとも思った。

しかし、今の静華はとても怒っているようには見えない。怒っているのなら、その原因の新一を買い物になど誘わないだろう。

それが、新一には不思議だった。

どうして、怒らないのか。どうして、声を挙げて反対しないのか。


「……そうやね…そら、私も最初聞いたときは驚いたで。そないなこと、認めるわけにはいかんって思うたよ」


新一を見る静華は、厳しく、それでいて我が子を想う、母親の顔だった。

ドキリと心臓が跳ねる。そう、解っている。息子を心配しない親など、どこにもいないのだから。

批難されることも。殴られることも。覚悟はしていた。


しかし。そんな新一の考えとは裏腹に、静華は穏やかに笑った。


「…せやけど…」

二人を見ていたら。男同士とかそんなもの関係なく思えてきて。

二人の真剣な瞳に、お互いがお互いに大切な人だということが伝わってきた。

新一と一生一緒に生きていきたいと言った平次も。二人のことを認めてもらえるまで諦めないと言った新一も。

互いに愛し合っているのだと、理解できた。





そう静華が口を開こうとした瞬間、ドカーンという爆発音が鳴り響くとともに、ビルがグラグラと揺れた。


「っ!?」

「きゃっ!」

咄嗟に倒れそうになった静華を支えて、新一は揺れている店内の様子を確かめた。

爆弾か、と思ったが、爆弾独特の火薬の匂いはせず、わずかだがガスの匂いがした。

もしかしたら火事になったのかもしれないと考えていると、店内放送が流れた。


『ただ今火災が発生しました。ご来店のお客様は速やかに階段で非難してください。なお、エレベーター等は途中止まってしまう危険性があるため使用しないように…』


そのアナウンスを聞いて、自分の推理にほとんど誤りがなかったことを確信した。先ほどの爆発は、出火して燃え広がった炎が、ガスか何かに引火したのだろう。ガス爆発となると二度目もあるだろうことが予測される。

一刻も早くここから逃げなければならなかった。





静華を階段まで誘導し、そのまま降りるように指示すると、新一は一人上へ上り始めた。


「先に逃げてくださいっ!!」

「工藤くんっ?」

「俺は他の人達を助けに行きます。上にはもっと人がいるでしょうから」


そのまま走ろうとした新一を静華は止めた。


「自分から進んで危ないことしたらあかん!!消防車もすぐに来るやろうし…」


混雑する階段で、新一は冷静に静華に伝えた。


「今、買い物客はパニックに陥っています。火災の危険性は、火の脅威だけではありません。パニックを起こすことで引き起こされる二次災害もあるんです。それを止めるためには、冷静に対処できる人間が必要です。」


そう説明すると、静華は言葉に詰まった。しかし、だからと言って新一を行かせるわけにもいかないと口を開きかけたその時、新一が怒鳴るようにいった。


「人の命がかかってるんです!!」

「…」


そう、こんなことに時間を使っている暇もなかった。

荒げてしまった声を押さえて、新一は静華の目をしっかり見据えた。


「早く、逃げてください!」


少しだけ躊躇するような素振りを見せたが、静華はこくりと頷いた。


「…気ぃつけるんよ?」

「…はい。静華さんも」


にこっと笑うと、新一はすぐさま上へと駆け上った。





1階、2階の人は避難できるだろうと考え、3階から上の階を回って人々を誘導することにした。

3階、4階とパニックを起こしている人が多く居たが、新一の冷静かつ的確な誘導により、スムーズに避難が進んだ。

残るは最上階の5階のみになった。

5階には幸い人は少なく、落ちつかせて階段のある方へと誘導する。

皆が階段へと避難しているのを見て、最後に自分も下りようと階段に向った。




と、家具のコーナーにうずくまっている小学生4、5年生くらいの一人の男の子を見つけた。

新一は駆け寄ってそっと背中に手を置き、震えている男の子に声を掛けた。


「ほら、立てるか?」


ビクッとしたものの、人の体温に安心したのか、ほっとした表情になった。


「安心しろ、すぐに助けが来るから。」


不安を取り除くために笑ってその男の子に説明する。


「あそこに階段があるの、解るだろ?そこからずっと下へ下りていけばいい。煙はあまり吸わないように…出来るよな?」


大分落ちついたのだろう、しっかりと頷いた男の子はゆっくりと立ちあがった。

その瞬間、男の子の後ろから大きなタンスが倒れてきた。

新一は咄嗟に、庇うように男の子を引き寄せてそのまま安全な方へドンっと押した。

その後、自分の上に倒れてくるタンスを避けようと身をよじる。が、しかし、タンスが倒れる方が少し早かった。


「っ!!」


ドスーンという音とともに、新一の左足首に痛みがした。


「兄ちゃんっ!!」


泣きそうになっている男の子が新一に駆け寄ってきた。

少しだけ足を打ちつけたようだが、捻っているとか骨が折れているということはない。家具の下敷きになっている足を抜こうと動かすが、どうやら挟まってしまっているようだった。


「大丈夫。それより、早く逃げろ。」


階段の方を指差し、逃げるよう促す。


「兄ちゃんは…?」


不安でたまらないといった表情の男の子に、笑みを浮かべて頭を撫でた。


「すぐに追いかけるから、大丈夫だ」


痛みを悟られないようにと、力強く言い放つ。


「ほら、一人で行けるな?」


諭すように微笑みかけると、男の子はこくりと頷いて走っていった。

幸いこの辺りはまだ火や煙は少ないようだった。あの子供も無事に逃げ切れるだろう。



辺りを見まわして、他に人がいないことを確認すると、倒れてきた家具に挟まっている足を引っ張った。

が、しかし、足は抜けるどころかびくともしない。

何度となく渾身の力を込めて足を引こうとするが、痛みが走るばかりで少しも抜ける気配がない。



その間に新一のいる階も煙が充満してきた。思った以上に火の周りが早い。

この様子だと、すぐに火もこの階を覆い尽くしてしまうだろう。

急がなければ、と、新一は足を引っ張るのではなく、家具をどかせる方法をとろうと考えた。

家具を両手で持ち、上へ押し上げるように力を入れる。

しかし、これもまたびくともしない。

腕の力だけでは思ったように力が入らなかった。

何か道具を利用してどかせようと辺りを見まわすが、使えるような道具はなかった。


再び家具に手をかけた瞬間、二度目の爆発音が鳴り響いた。

一度目とは比べ物にならないほど大きな爆発により、新一の足を拘束している家具の上に更に物が倒れてきた。

更にびくともしなくなった家具を動かすことは諦めて、痛みが走る足に構わず力を入れて抜こうとする。

その時、階段の反対の扉の間から燃え盛る炎が勢い良く広がってくるのが目に映った。


―― やべぇ…


事態は、一刻の猶予も残されていなかった。











うおおっ!新一危ないっ!!
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