手に入れたくて


堪らない




葛 藤

-1-






夜遅く。服部平次は自分のマンションの近くにある公園のベンチに座って深い溜息を吐いていた。


「はぁ…どないしよ…」


平次は特に何をするでもなく空を仰ぐと、もう一度小さく溜息をついた。

先ほどからもう15分くらいこのままでいるものだから、少し肌寒さを感じる。


家に帰ろうと思えば3分も経たずに帰れるのだが、それが出来ない理由もちゃんとあった。


原因は同居人の工藤新一、その人だ。


東京の同じ大学に合格し、どうせ東京に住むなら二人で住んだほうが出費も減るという理由から一緒に暮らし始めた。

ライバルで。親友で。ルームメイトで。



……平次の……好きな人で……。




平次は再び深く長い溜息を吐いた。

帰れない理由とは、まさにその事にあった。

このままだと自分は、確実に新一に手を出してしまう自信がある。

二人での同居生活がこんなにキツいものだとは思ってもみなかった。


正直、二人で同居しようという話になったときは、自分が新一を好きだということにさえ気づいてなかった。


だから、同居の話が新一から出てきたときは飛び上がるほど喜んで、即OKをしてしまった程だ。


けれど。


二人で生活していくうちに。


自分の気持ちに気づいてしまった。



今から考えてみると、最初の夜から初期症状があった。

風呂上りの新一を見たとき、心臓が激しく鼓動を刻んだ。

TVのリモコンを取ろうと手を伸ばしたとき偶然新一と手が一瞬触れ合ったときにも、ドキドキがとまらなかった。

その時は自分の心臓が壊れてしまったのだと本気で思った。

しかし、その症状は最初の日だけではなく、ずっと続いたのだ。





おかえりと言う声。




外では見たことがない程嬉しそうな笑顔。




無防備な姿。





とにかく、ありのままの新一を。


普段の生活では絶対に見られない新一を見てしまって。



少し時間がかかったけれど。



自分がどうしようもなく新一に心惹かれていることを。






頭ではなく、心で。





解って、しまった…。







そして一度解ってしまうと、自分はずっと前から新一のことが好きだった事実にも気づいた。

“同居”は自分の気持ちを自覚するただのキッカケにすぎなかったのだ。


時間がかかったといっても同居し始めて3ヶ月目にはもう自覚していた。

それからというものは、同居して嬉しいと思う反面、キツいと思う心が平次の中で戦っている。

好きな人と一緒に暮らせているという事実は嬉しい。


新一と過ごす毎日が大切で、心地よい。

が。

相手は何と言っても工藤新一。

とてもじゃないけれど、告白なんてできるわけがない。

好きだと一言言ってしまうと、今まで築いてきたライバル兼親友という位置を失うばかりか、黄金の右足で蹴りをくらって絶縁されてしまうだろう。

そんな未来、死んでもごめんだ。


だから平次は一生告白などできないのだろうと覚悟している。

けれどそうすると、ひどく辛い。

自分は一生友達として、隣にい続けなければならない。

手を出そうと思えばいつでも出せるけれど、出したらそこで何もかもが終わってしまう。

とにかく、そんなことがないように、何が何でも手を出したり告白などしないと心に決めた。




決めた…のだけれど…。






何気なく触れてくる新一の手のぬくもりや。







自分にしか見せない笑顔や、すねた顔。






無防備すぎる眠っている姿など。








家に帰ると惜しみなく平次に向けてくる新一に。







体が勝手に動いてしまいそうに、なる。









今日も今日とて風呂上りの新一がソファにいる平次のすぐ隣に座ってきて。

『何読んでんだよ?』などと手に持っている雑誌を覗き込んできて。

すぐそばにある新一の上気した顔と白い首筋を無意識に見せ付けられ、その上石鹸のいい香りなどされては、健全な男として、堪ったものではない。


慌ててコンビニに出かけてくると言い残し、家を飛び出したのだった。


―― 拷問の方がまだマシやっちゅーねん!!



心の中で叫んでみるものの、状況は変わるものではない。

手を出したい自分と。手を出すわけにはいかない自分が、日々頭の中で闘っている。


何とか手を出さないように頑張って、自分で危ないと思ったら何かと理由をつけて部屋に閉じこもったり外へ出たりしていた。

が、この方法もいつまでもつか、ハッキリ言って自信はない。

愛しいと思うのと同じくらい、苦しくて堪らない。


けれど、恐らく新一に一番近いであろうこの位置を誰にも譲りたくはない。

だから結局、また同じように外にでて頭を冷やすのだろうと思った。


―― いつまでもつんやろ、俺…


幾度目かの溜息をつくと、ようやく平次はベンチから腰を上げた。











 












ガチャリと玄関のドアを開けると、ただいまを言う前にパタパタと走ってくる音がした。


「服部!」


勢いよく出迎えてくれた新一は、平次の顔を見ると少しホッとしたように息を吐いて笑った。


「おかえり、遅かったな?何かあったのか?」



玄関の近くに掛けてある時計を見ると、平次が家を出てからもう40分以上経っていた。コンビニに行っただけにしては時間が掛かり過ぎだ。

心配を掛けてしまったことに平次の心がズキンと痛む。


「あ、いや、何も無かったで。遅なってスマンな」


ふと新一が気付いたように首を傾げた。


「あれ?何も買ってこなかったのか?」



その言葉に平次の動きが一瞬止まる。

そう言えばコンビニに行くと言ったのだから、何か買っていないと不審に思うのは当たり前だ。


「あ〜と…欲しいモンがなかったんや」


そう言っておけばその場は収まるはずだったのだが、相手が悪かった。

相手はあの東の名探偵、工藤新一なのだ。



「ふーん?何買いに行ったんだ?」

「えっ…」

「いきなり家を飛び出すくらい、必要なものなんだろ?すぐに要る物なんじゃねぇの?」


新一の何気ない質問に、平次は冷や汗をかいた。

慌てて飛び出した自分のあの姿を考えると、新一が『すぐに必要なものがある』と推理するだろうことは、当たり前と言っていいだろう。


そう思わせてしまうほど、平次はいきなり家を飛び出してしまったのだから。

けれど、本当の理由など新一に言えるはずがない。


平次はこれ以上ないというほど頭を回転させて、新一にも通じる言い訳を考えた。




どうしてもすぐに必要で。





コンビニに売っているもの。




必死で考えた末、出た答えが…。











「…ボールペンや…」










これだった。











「は?」



当然のことだが、新一はポカンとして平次を見ている。


ここから先、どう新一を言いくるめようかと考えている平次に、新一が不思議そうに首をかしげた。


「え、でも、ボールペンならどこのコンビニでも売ってるだろ?売り切れるようなものでもねぇし…」


平次が新一の立場だったとしても、やはりそう答えるだろう。

けれど、今の平次にはこの答えがいっぱいいっぱいだった。

食べ物系は、家にお菓子の買い置きがあるし、先ほど食事したばかりでお腹もすいていないので理由にはならない。


飲み物系も同じで、ジュースだけでなく、お酒も家にある。

だとしたら雑誌だけれど、急ぐ理由としては弱い。

そうなると、明日大学で必要となる文具系しかなかった。


そして、新一を納得させる理由は…。


「…書き易そうなんが無かったんや…」


「…え?」


平次が言うと、新一は予想外の答えに、目を見開いた。

虚を突かれたように固まっている新一を余所に、平次は自分で出した答えを、咄嗟のものとしてはいい出来だと思った。

と言うのも、文具なら、『使い勝手』という、個人差で好き嫌いがでてくるからだ。

この理由は個人的なものだから、例え新一がいいと思っていても平次が嫌だと思うものもあって当然だ。


だから買わなかったのだという理由としては、及第点だろう。



と、次の瞬間、固まっていた新一が思いっきり笑いだした。


「…工藤、笑いすぎやで」

「あはははっ…わ、悪ぃっ、っはははは!」


おかしそうにお腹を押さえて笑っている新一に、平次は自分の言い訳が通じたのだと少し胸をなでおろした。




が。



新一はいつまで経っても笑い終わる気配を見せない。


「く〜ど〜お〜!?」


少し乱暴に新一の髪をぐしゃぐしゃと乱すと、新一は笑いを堪えながら平次を見上げた。



「い、いや…そうだよなっ!書き易さは重要だよな、と思って!」


涙目になりながら笑っている新一に、平次はドキッとしながらもそっぽを向く。


「…ほっとけや」

「ははっ、悪かったって…あ、そうだ!ちょっと待ってろよ!?」



まだ少し笑いながら、新一は平次にその場で待つように言い残し、自分の部屋へと入っていった。


平次は言われるがままに、その場で玄関の壁に背中を預けつつ天井を仰いだ。





新一のあの、心から楽しそうな笑顔。


それさえも、平次の心を激しく揺さぶっているなんて…本人は微塵も気づいていないだろう。




…気付かれても、困るのだが。



あの笑顔を、他の誰でもない、自分が生み出せているのだと思うだけで、胸が熱くなる。

心臓が、自分のものではないかのように速い鼓動を刻み、呼吸さえも苦しい。





そして…。





それが…とても、心地いいだなんて……。





―― …あ〜、ほんまヤバいわ、俺…






と、新一の部屋のドアが開いて、新一が顔を覗かせた。

のだが、何故か先ほどより少しだけ厚着をしている。


寄りかかっていた壁から体を離すと、平次は新一に声をかけた。


「工藤?どっか出かけるんか?」


「ん?あぁ、駅前のコンビニ行こうぜ?品数もいいしな」


平次はぎょっとしたように目を見開いた。

新一は、ボールペンが必要な平次の為に、買い物に付き合ってくれると言っているのだ。


「え!?そんなんええて!」


靴を履こうとしている新一を止め、首を振る。


駅前のコンビニはこのマンションから遠くないが、徒歩20分くらいはかかる。

バイクで行くほどの距離でもないから、いつもは歩いて行っているけれど。

平次は壁にかかっている時計を見て、その遅い時間に眉をひそめた。


「もうこないな時間やし、また明日行けばええんやから」

「でも要るんだろ?」



そう問われて言葉に詰まる。

後からつけた理由なのだから本当は要らないのだけれど、それを言ってしまえば『じゃあ何であんなに急いで家出たわけ?』と言われるだろう。

まさか“欲情してしまったので頭を冷やしていました”なんて言う訳にはいかない平次は、頷くしかなかった。


「…そら、そうやけど…」


少し口篭もった平次をどう思ったのだろうか、新一はクスッと笑った。



「俺、ちょっと散歩したい気分なんだよ。付き合ってくんね?」

「っ――!」


その言葉に平次は驚いて言葉を失った。


新一は、平次が自分に気を使ったのだと思ったのだろう。だから気を使わせないために、自分の我が侭だと言う。





こんな風にさりげない優しさを惜しみなく与えてくれるから…。




だから……。





平次はぐっと拳を握り締めると、抱きしめたい衝動を必死に押さえる。





この想いは、止めなければ…いけないのに…。





絶対、口に出せない、想いなのに……。







どうして…。






愛しいと想う気持ちは…。








こうも際限が ないのだろうか……。








懲りもせずに、また、新連載ですvv
今回は、新一が好きで好きで堪らない平次のお話を 平次視点寄りでお送りいたしますvv
タイトルの通り、『平次の葛藤』を書いていきますvv
3、4話くらいで終わりそうな勢い(今のところ)なので、頑張りますvv


(2008.06.14)
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