何に代えても


護りたいものがある



片恋 -9-



平次の実家に泊まるというラッキーハプニングがあってから、1週間。

翌日東京に戻った新一に遅れて、今日平次が戻ってきた。

静華の容体はとても安定しており、後は平蔵に任せて問題なさそうとの事だった。

真っ先に迎えに行き、平次の声が聞けた事が嬉しくて、けれどそれを表面に出さないようにするのに苦労をした。






「あ〜…一週間分の授業の遅れはめっちゃ痛いなぁ〜…」


遅れた授業を取り返そうと、大学の図書室で教科書を広げている今の状況を、平次は声を大にして嘆いている。


「服部なら大丈夫だろ。 解んねぇとこあったら、俺が教えてやるし」

「ん、せやな♪ おおきに」


平次が授業のノートと教科書を見比べて問題を解き、解らない所を新一に聞く、という勉強方法を取って、1時間。

少し休憩を入れる事にした。


「俺、飲み物買ってきてやるから、オメーは頭休ませておけよ?」

「頼むわ」


力なく返事した平次に苦笑し、図書室より少し離れた所に設置されている自動販売機へと向かった。

自販機の前で、少し考える。


―― 服部はブラック…だけど、今、疲れてそうだし、ちょっと甘いの買って行くか…


駄目だったら、自分のブラックと交換しようと思い立ち、お金を入れようとした時、笑みを含んだ声がかけられた。


「よお、工藤♪ 久しぶり」

「…昨日会った人間に言う挨拶じゃないですよね、それ?」


皮肉を交えてそう返すと、声の主、晃は面白そうにクックッと笑った。


「せっかく服部がいなくてちょっかい出しやすかったのに、もう帰ってきたんだよな〜」

「用があるのでしたらメールか電話で、とも言いましたよね?」


晃に構わずお金を入れようとしたその手を取られてしまう。


「俺も言い飽きたぜ? 早く俺に抱かれろって。 用件はこれだけなんだけど?」

「俺の方も、ありえません、と何度も断っているはずです。 その他で出来ることならやりますし」


いい加減、本当に飽きてしまった、昨日も繰り返したこのやり取りを、今日も繰り返す。


「そろそろOKしろよ。 俺は上手いし、ちゃ〜んとキモチ良くしてやるからさ」


晃はニヤニヤと笑いながら、新一の頬に手を添えて、その親指でツ、と唇をなぞった。

首を背けてその手から逃れると、お金を入れてコーヒーのボタンを押した。


「何度言われても、無理なものは無理ですから。 他の事を検討した方が早いと思いますよ?」

「解ってねぇな〜。 そのクールなお前を組み伏せるのが快感なんだろ?」

「理解できません」

「1回俺に抱かれてみれば、誰だってもう俺のモノになりたいって言うぜ? もちろん工藤、お前もな?」

「ですから、ありえません」

「ま、いいさ。 長期戦も嫌いじゃねぇんだ、俺は。 じゃ、またな、工藤?」


クスクスと笑みを残して、晃は去って行った。

新一は疲れを溜め息に変えて盛大に吐きだすと、自販機の中に置き去りにされていたコーヒーを掬いあげる。

と、その時。


「工藤!」


声とともに腕が勢いよく引かれ、後ろに倒れ込みそうになった所を、誰かの身体にぶつかって支えられた。

首だけ振り返ると、背中に当たったのは声の持ち主、平次で。


「わ、びっくりし…」

「お前、さっきの、1コ上の池垣さんやんか!? 何で一緒におんねん!?」


新一が言いきる前にそう捲し立てられ、見られていたことに心の中で舌打ちをする。

けれど、それを態度に出したら否応なく気付いてしまう平次だから、ごく普通に返した。


「何でって…知り合いだからだけど…」

「知り合いて……もう二人きりになるの止めろや!?」

「え? 何で?」

「アホか! あの人の噂、工藤かて知らんわけちゃうやろ!?」


その言葉で、本気で怒っているらしい原因が解った。


「あぁ、それでか。 大丈夫だって、あの人彼女いるし。 それに、俺から話しかけることもねぇし、あんまり会わないから話す時間も少ないし…」


そんなに親しいわけではないと教えているつもりだったが、それでも平次は納得がいかないように首を振った。


「そういう問題ちゃうわ!!」

「え? じゃあ……えーっと……どういう問題だよ?」


本気で解らなくて聞いた新一に、呆れたように溜め息が返ってきた。


「何でお前はそうやねん……ホンマ鈍いにも程があるやろ…」

「鈍くねぇよ!」


納得できない言葉に言いかえすと、それ以上の勢いで怒鳴られた。


「鈍いっちゅーねん! 俺はお前の心配してんのやで!? そん位解れや、ドアホ!」


一瞬、目を瞬いて。


「え、あ…? そうなのか?」


平次の怒りの思わぬ理由が解って、気が抜けた。


「ちゅーか心配してへんかったらこない言わんやろ、普通。 …ホンマ気付いたってや」


平次が自分を心配しないとは思っていないけれど。

普通、自分に告白してきた男にそこまで親身にならないだろう。

けれど……平次はこういうやつだったと、思い出した。


「…悪い…」


平次に酷い事をしている、その自覚があるから後ろめたいけれど。

それと同時に嬉しくて、ドキドキした。

と、クスッと平次が笑った気配がして見上げると、いつも通りの平次の笑顔がそこにあった。


「解ったか?」


「…うん…聞いとく…」


笑顔を返して頷くと、素直なんはええこっちゃ、といつもの暖かい手が頭を撫でて行った。










 











そのまま図書室の前に置かれている椅子に座ってコーヒーブレイクを取り、再度平次の勉強の手伝いを開始した。

進んだ授業をある程度頭に修めた平次は、次に課題に取りかかっていた。

1週間分のまとめ的なそれは、授業を欠席する代わりに提出しろといわれていたもので。

提出期限にはまだ時間があったが、平次が一気に終わらせると意気込んでいた為、それに付き合った。


「よっしゃ!! や〜っと終わりよったで、コイツ! めっちゃ手こずらせよって」

「お疲れ。 んじゃ、ソレ提出しに行こうぜ? まだ教授はいる時間だし」

「あぁ、せやな……――いや、工藤はここに居ってええよ。 俺に付き合うて疲れたやろ、休憩しとき」


平次は新一の言葉に頷きかけ、――すぐに気付いたように首を横に振り、そう言った。


「え? 大丈夫だぜ、俺。 つか、あんまり手伝う事もなかったし、疲れてねぇよ?」


全然平気と立ち上がりかけた新一を制し、平次は課題を持った手をひらひらと泳がせる。


「ええから。 せや、今日はどっか食べに行こうや。 何食べるか考えといてくれへん?」

「え…いいのか…? お前、今日帰ってきたばっかりだし、マジ疲れてんじゃねぇの…?」

「ん〜、ちょお疲れてるけど…せやから、美味いもん食いたいねん。 付き合うてや」



てっきり、今日は疲れたから帰って寝ると言うと思っていたので、予想外の平次の提案に驚いて。





もう少し一緒にいられるんだと、嬉しくなった。






「…そっか…… うん …… ―― 解った ――」






嬉しい気持ちを隠すことなく笑って頷く。


と。



「っ――…!!」



平次が息を飲む気配がした。

何故か微動だにしない平次と目が合ったまま、首を傾げる。


「? 何? 行かねぇの?」


問いかけると、まるで今息を吹き返したかのようにぎこちなく平次が動いた。


「…あ、あぁ…せやな… 行って来るわ」

「ああ」


平次が図書室から出ていくのを見送ってから、何を食べようか色々考えを巡らせる。

和食、中華、洋食…。

和食の気分でもあるけれど、以前平次と行った中華の店も美味しくて、もう一度行きたいと思っていたところだ。

それに、最近オープンした洋食店が美味しいと情報通の向日から教えてもらっていて、そっちも捨てがたいと考える。

あんまり堅苦しい所にすると平次が疲れてしまうから、何だったらその辺の屋台でラーメン、という質素な食事も、またいい。


そう、何でもいいのだ。


平次と一緒にいられるのだから、何でも通常以上に美味しく感じられる。


自覚はあったが、ウキウキするのを止められない。

この1週間、メールや電話はしてたものの、やはり傍にいられなかったから、時間が経つのが酷く遅く感じていて。

だからこそ、少しでも一緒にいられる事が、余計嬉しい。

そんな風に、本当に、浮かれていたから。

声を掛けられるまで、図書室に誰か入ってきた事にさえ気付かなかった。




「……なーんかさー、ムカつくよなー?」




「っ!?」




いきなり掛けられた声にビクッと身体が跳ね、勢い良く後ろを振り返った。

と。

新一の視界に映ったのは、つい先ほど図書室を出ていった待ち人……などではなく、その前に1度会っている人物だった。


「…池垣さん……帰ったんじゃなかったんですか…?」


溜め息混じりに言うと、ピリッとしたキレのある空気が伝わってきた。


「どうでもいいだろ、んなの」


それだけでこの人は今機嫌が悪いのだとすぐに解る。

機嫌が悪い時にわざわざ来ないで欲しいと心の中で溜め息を吐きつつ、これ以上怒らせるのは得策ではないと思い、立ち上がって晃の元へ近づく。


「まだ何か…?」

「つーか、服部の前ではオマエ、すげぇ可愛いんじゃん?」


新一の言葉に被さるように、怒りを隠そうとしない口調で言う晃に、新一は眉を顰めた。

『オマエ、すげぇ可愛いんじゃん』という言葉が自分を指しているものだと思いたくはないけれど、ここには二人しかいないから、必然的に新一の事を言っているのだろう。

けれど、何を言っているのか、意味が解らなくて。


「…それは、馬鹿にしてるんですか…?」


思った事を口にすると、晃の眉が跳ねた。


「は? お前、馬鹿か? 怒ってんだっての!」


今のが怒っている時に使うセリフだっただろうかと思うが、それは心に秘めておく。


「…どうしてです?」

「そ、んなん! ……俺が知るかよ!」


いよいよ、言っている意味が解らない。

晃自身にも解らない怒っている理由とやらが、新一に解るはずもない。


ふと時計を見て、もうそろそろ平次がここに戻ってきてしまう事に気付く。

平次と晃を会わせるのはマズイ。 非常に。


「そろそろ服部が帰ってくるので、すみませんが、その前に先輩も帰ってくれますか? 話ならアイツのいない所で…」


言いながらチラリと晃の表情を窺った時。

何か閃いたようにその目を見開き――…一拍置いて、瞳が眇められて、口元がニッと笑みを作った。

その表情からは嫌な予感しかせず、身体を引こうとした所で腕を掴まれる。


「そんなに俺に帰って欲しいんならさ………それ相応のモンが必要だろ?」

「何言って…」

「……お前から俺に、キス、しろよ…」


自慢の右足で蹴り飛ばしそうになって、咄嗟に堪えた。


「…どうしてそうなるんですか…」


納得できないと意味を込めて言いかえす。が。


「どうもこうもねぇよ。 今俺、すげぇムカついてっから、帰って来た服部に何言うか解んねぇぜ?」

「っ――!」


そう言われてしまえば、新一に逃げ場はない。

人の利用の少ない小さな図書室ではなく、もう1つある大きな図書室に行けば良かったと心底後悔した。


「どうするんだよ?」

「…卑怯です…」


ぐっと唇を噛みしめて、睨みつける。


「言われ慣れてるから、別に何とも思わねぇよ。 …で、返事は?」


返事、も何も。


応えるしかないではないか。




そう、考えて。









息が止まるくらい、驚愕した。











自分が平次にした事と同じだと……気付いてしまった……。













―― …そ、だよ、な…… 俺 …こんな、酷ぇ事を…アイツに……













「…工藤?」


新一の顔色が変わったのが解ったのか、訝しげな表情で覗きこんでくる。


覚悟を決めて、その、唇に。


一瞬だけ、唇を触れさせて。


すぐ離れた。



本当にすると思っていなかったのか、はたまた違う理由でなのかは解らないが、晃は数秒、とても呆気に取られた顔をして。


「……これだけ?」


そう言った。

新一はそっぽを向いて、ぐいっと口元を拭う。


「キスはキス、です」


ディープで、なんて指定されていない事を逆手にとって言い切ると、晃は考えている様に空に視線を彷徨わせた。


「ふ〜ん? 全然足りねぇけど…こういうキス久しぶりだし、ま、悪くねぇかな」


クスッと笑って、見せつけるようにその舌で唇を舐めている晃から視線を外し、冷たく言い放つ。

思わぬ面白いものが見れて、どうやら機嫌も直ったらしい。

だとしたら何も遠慮しない。


「納得してもらえたなら、約束通り帰って下さいね」

「まぁ、約束だから、な? …仕方ねぇ、素直に帰っかぁ」


独り言のように呟いている晃を、目を瞑って自分の意識の外に強引に押し出した、その時。


「またな?」


驚くほど近くで聞こえた声に目を見開く。

チュッという音とともに…髪にキスを残して。 晃は、やっと、去って行った。

いらない置き土産もあったものだと、キスの感触が残る髪を乱暴にグシャグシャとかき乱す。


平次と一緒にいられるからって浮かれている場合じゃない。

一緒にいられるのは……新一が、平次を縛っているからに他ならないのだから…。

もう一度唇を手で拭う。


―― …最っ悪だ……


晃の事ではない、自分の事だ。

襲いかかってくるその災難の全てが、自分の罪なのだ。



それを忘れてはならない。



と、こちらに向かってくる足音が聞こえてきたことにより、ハッと我に返り、ポーカーフェイスを常備した。

すぐにガラっと開かれた扉の向こうには、予想通り、平次がいた。


「あぁ、服部、お帰り。 早かったな」


いつも通りを装い、いつも通りの口調で、そう言う。


「悪い、どこに行くか考えててまだ片付け終わってねぇんだよ。 ちなみに服部は何食いたい?」


机の上に色々置かれている教材などを纏めながら語りかけるが、平次からは何も返答がなくて。

不思議に思った時、ガチャリという音がした。

顔を上げると、平次がドアの前に立ったまま、後ろ手を回している。


「? 服部? 今鍵掛けたら出れねぇんだけど…」


先程の音から、図書室の鍵を掛けたのだろう事を推理し、そう言ってみるが平次は何も言わない。

不審に思って、近寄る。


「おい、どうしたんだよ? 何かあったの……っっっ――!!??」


最後まで、言葉に出来なかった。



いきなり乱暴に腕を引かれて、腰を浚われ。



すぐ近く。 0cmの距離に、平次の顔がある。




キスを、されている、のだ。




解った途端、渾身の力を込めて平次を押し返した。


「っ! …なっ…何やってんだよ、服部っ!?」

「……何て、キスやん…… …俺ら付き合うてるし、そろそろええやろ…?」


落ち着いた口調が、平次らしくない。


「バカなこと言ってんじゃねぇよ!! 俺はっ…!」


そこまで言って、ようやく気付く。

平次の瞳に焼けつくような怒りが宿っている事に。


その一瞬の隙を逃さず、平次が再び新一の腰を引き寄せ、唇を合わせてきた。

腰を掴んだ手が、今まで扱われた事ないように乱暴で。

再度押し返そうとした瞬間、新一の唇を割って、平次の舌が侵入してきた。


「なっ…ん、はっとっ……ふっ…んむっ…!」


混乱、する。

舌が絡まる感触に、ゾクゾクと背中に快感が駆け抜ける。


さっきはどうとも思っていない晃だったから何も感じなかったけれど。



平次は……平次だけは、別だ。






ずっと。ずっとずっと、欲しかった。






求めていないなんて、綺麗事なんて、言えないくらい、ずっと…。








……………………… でも ………………………。








「…んっ…が…ぅ、ふっ…… …んぅっ……」



キスの合間に、何とか言葉にしようとする。

先程、付き合っているからいいではないかと、言っていたけれど。


それは違う。


違う、のだ。


付き合ってなんか、いない。


こんな関係は、ただのまやかしで。それだけで。


こんなに苦しく辛いだけの関係を『付き合っている』と言うなんて、おこがましい。



突っ張る腕に力を込めながら、それでも離してくれない平次を目を開けて見る。


そして、泣きそうになった。






そんな顔を、させたかったわけでは、ないのに……。






「んふっ…がっ…、っん、ち、がっ……ぅ…」

「…………く、どう…?」


ふ、と唇が離されて、平次と目が合う。

瞬間、堪らず、涙が溢れ出した。



「っ――…!!」


「…俺……ち…がっ…… …んな、ことっ……させたい、わけじゃ、なかっ……っ〜〜」



嫌いでなかったら、心はなくとも、キスはできる。


けれど、平次には。


心からの、キスを。本当に、好きな人と。


本当に大好きだという気持ちだけを胸に満たしてするキスが、一番似合っている。


それが解っていて、こんな日も当たらないような暗闇に引きずり込んで、繋ぎとめているのは新一なのだ。


「…っ……、ん……めん………服、部…… っ……ご、…めっ…っ…」


巻き込んでしまって。 そんな事をさせてしまって。






それを……嬉しいと…想ってしまって……。






「…め……っ…〜…め、んっ…ごめ……っとり…」


何度も何度も馬鹿みたいに繰り返していると、フワッと暖かい何かに包まれた。


「アホ…謝るなや、工藤……謝らなあかんのは俺やろ……―― スマン …」


先程の乱暴さが嘘の様な優しいそれは平次の腕で。まるで壊れ物を扱うかのように、そっと抱き締められている。


違うのだと。 平次が謝る必要などどこにもないのだと、首を横に振る。


全ての元凶は、自分で。 自分が起こした事で。


だからそれを終わらせるのは、自分の役目で。


そう言おうと思うのに口からは謝罪の言葉がただただ繰り返されるだけだった。




欲しかった。 どうしても。 何に代えてもいいと思うくらい、求めていた。





けれど。







それは、平次にこんな顔をさせてまで欲しいものでは、ない…。







それを今、強く、強く痛感した。








―― っ…バカだっ…俺っ……







今になって、ようやく、解るなんて…。


何が東の名探偵。


以前の様な明るい性格が、暖かさが、熱さが、何よりも好きだったのだ。











太陽にも似たその笑顔を、心から愛したのだ――。











口を開いては謝罪を繰り返すだけの新一を抱き締めてくれているその腕は。




どこまでも、優しくて。





どこまでも、暖かくて。










だから、涙が、止まらなかった―――。


















To be continued...

やっとチューしましたーvvって先にオリキャラと新一にチューさせてごめんなさいιι
タイトル通り片恋になってるといいなぁvv
…うん、頑張りますιι


(2013.1.13)
Index > Top > ノベRoom > 片恋9