その 温もりと



その 存在 ―――




片恋 -8-





平次は大阪行きの新幹線に揺られながら窓の外を眺め、一向に消えてくれない胸のもやもやに溜め息を吐いた。


新一と映画を観てブラブラしている時、珍しく父親から着信が入った。

それは母親の静華が事故に合って重体で…今、集中治療室へ入っているという内容で。

聞いた瞬間、頭の中が真っ白になって、電話を切った後で覚えているのは静華のいる病院の名前くらいだった。

電話の内容を伝えるより先に、悪い知らせだと気付いた新一の方が顔色を変えたくらいだ。自分の顔はそうとう酷いものだったに違いない。


「何か、あったのか!?」


心配そうなその声で、自分が固く拳を握りしめている事に気付き、ようやく力を抜く事が出来て。

簡単にだが電話の件を話す事も出来た。

キャンセルしてしまった事に詫びを入れると、怒鳴るように謝る必要はないと咎められ、新一から現金とカードを。これから大阪に帰る時に、必要になる物を渡された。


「時間がねぇだろうから、これ使え! カードの暗証番号はXXXXだから。 後、必要なものがあったら、いつでもいい、メールか電話しろよな?」


真剣な眼差しで、平次の服の裾を掴んで言ってくる新一を見て、少しだけ笑う事が出来る。


「おおきに。 使わせてもらうさかい」


素直に受け取って、タクシーを拾って乗り込み、早く駅まで行って欲しいと伝えた。

タクシーが発進する時、新一に視線をやると、握りしめられた掌が小さく震えていて。

心配してくれる人が、いる。その事が解って、酷く、心が軽くなった。



大阪に向かうこの新幹線の道中、最悪の結末が何度も頭を浮かんでしまう事は避けられなかったけれど。

その都度、新一の顔を思い出すと……笑みを浮かべる事が出来るのだ。


―― …何や、俺、笑えるんやん…


こんな、時でも。 新一が大きな支えになっている。

そんな事を繰り返しながら、平次はようやく静華のいる大阪青山大学病院へと辿り着いたのだった。










 











受付で確認すると、静華はまだ集中治療室にいるらしく、その場所へ急ぐ。

と。集中治療室の前の人だかりの中、良く見知った幼馴染が、平次の顔を見るなり声を上げた。


「平次!」

「! 和葉、来とったんか…」


駆け寄ってきたその顔が泣き腫らしている事に苦笑する。


「当たり前やん!! おばちゃんが事故に合うたって聞いてアタシ……このまま意識が戻らへんかったら、危ないて……」


その言葉に、ギクッとする。

けれど、それを胸の奥底に押し留め、ニッと笑って見せた。


「大丈夫やて。 あのオカンやで? そない簡単にくたばる女ちゃうっちゅーねん」

「…平次」

「せやろ?」

「うん……そうやね。…そうやったね…」


涙を拭って、やっと笑顔になった和葉に、それで良いとばかりに笑みを返す。


「平次の言う通りやで、和葉。 静華さんはこの平蔵が選んだ人なんやから」


声がした方を見ると、和葉の父親と自分の父親が居た。


「遠山のおやっさん! オヤジも…」


歩み寄り、一番気になっている事を問いただす。


「オカン、どないやねん?」


聞くと、平蔵は深い溜め息を吐いて、肩をすくめた。


「…何とも言えへん、らしいわ」


多分そうではないかと思っていたものの、実際言われてみるとやはり心に圧し掛かる重みが増す。


「…さよか…」


それだけ言うと、お互い、何も言えなくて。

後はただ、時間が過ぎるのを待っているだけだった。










 











時間も遅いという事で、他の人はみんな帰宅してもらった。心配だから一緒にいると申し出てくれた人もいたけれど、平蔵が丁重にお断りし、今病院にいるのは平次だけだった。

平蔵がこの場にいないのは『静華は大丈夫やから。一旦着替え取りに戻るわ』と家に帰った為だ。



でも、もしかしたら。




今、泣いているのかもしれないと、ふと、思った。




あんなオヤジでも、静華の事を誰よりも愛しているから。 一番、静華を失う事を恐れているのは、平蔵だろうから。

その息子の自分も、母親が危篤な時こそ、涙を流すべきなのだろうけれど。


何故か、一滴も、零れてこなくて。


心配で堪らないのに、泣けなくて。


代わりに、静華との思い出が、頭の中をずっと巡っている。


『 平次 』


自分を呼ぶあの優しい声が、頭の中にずっと響き渡っている。

小さい頃、剣道で怪我した時も、和葉と喧嘩して帰った時も、静華のあの笑顔が迎えてくれた。

工藤新一という存在を知り、東京に押し掛けた時も。 東京の大学に行くと勝手に決めてしまった時も。

静華は心配はすれど反対せず、笑って背中を押してくれたのだ。


いつでも変わらない優しい笑顔がそこにあると。



変わらないものなどないと知っていても尚、そう、思ってしまっていて…。



―― …っ……何でやねん……何で、こないな……



怒られた時の方が、断然多いはずだった。


自分はこんな性格だし。静華も優しいけれど、厳しくないわけではないから。




けれど何故か。




こんな時にだけ、笑っている静華ばかりが思い浮かぶ。





優しい想い出だけが、蘇る。





それなのに……やっぱり涙は、出なくて。


どこか壊れてしまったのかと思った。







その、時。







「…服部…」







聞こえるはずのない声が聞こえ、驚いて顔を上げて。


その姿を見た、瞬間。


暗いはずのそこに、光が、見えた。


光かと、思った。




「っ!? え、工藤!? 何でココにおんねん!?」


我に返って問いかけると、新一は眉尻を下げて視線を彷徨わせる。



「あ、や、考えナシに飛び出して来ちまって……俺……」


心配で居ても立ってもいられなくて思わず飛び出してきました、と、言葉はなくとも態度で語っている姿に、フッと笑みが零れた。


「…心配、させてしもたみたいやな…」

「いや、つか、俺が勝手に…… まだ、意識戻らないのか…?」


チラリと集中治療室のランプが未だに灯ったままなのを見てから、言いにくそうに聞いてきた新一に、小さく頷いて見せる。


それで会話が途切れてしまったけれど、平次の心は驚くほど軽くなっていて。それが不思議でならない。

時間で言えば、和葉の方がずっと一緒にいて、気心が知れていて、心を許せる存在なのに。

どうしてこうも違うのだろうか。


隣にいるというだけで、どうしてこんなに…。






心を預けて、しまえるのだろうか。







ふと気付くと、すぐ隣に新一が座っていて。

そっとその肩が寄せられ……頭が、コツン、と。 平次の肩に、置かれた。







「っ…!」








ただ、それだけの、こと、なのに。



何でもない、こと、なのに。



新一の温もりに、触れただけ、それだけで。








涙が、零れた。








咄嗟に顔を手で覆って俯く。


「っ…服部…」

「…スマン、けど…… ひとりに、してや …」


見られたくなくて、そう言う。

どんなに静華との思い出を反芻していても、泣けなかったのに。

どうしてこうも簡単に、平次の虚勢を打ち砕いてしまうのか。



そう、自分はずっと、辛かったのだ。




苦しかったのだ。





……泣きたかったのだ……。






「っ…――!?」


ふと、頭を抱き締められた感覚に、ビクッと身体が跳ねる。


「…見ねぇから………見えねぇから……… 大丈夫だから … ――… 一人で我慢、すんなよ ……」


新一の優しい声が、平次の中に満たされていく。


『 傍にいる 』


そう、聞こえて。

より一層、目頭が熱くなり、思わず、新一を抱きしめていた。

新一の肩に顔を埋め、唇を噛みしめる。

けれど、耐えようと我慢していた平次の背中を新一が撫でて来るから。

全てを、曝け出してしまえるような、そんな安心感に包まれて。


涙が、止まらなかった。


「……っ…――工藤……」


思わず呼ぶと、一瞬、背中をさする手が止まって。

次いでギュッと、強く抱きしめてくれた…。










 











あれから、静華が意識を取り戻して。

終バスどころか終電終新幹線終飛行機も終わっているというこの時間に東京に帰るとほざく新一を強引に服部邸へ連れ帰った。

平次を心配して来てくれた新一を追い返す気も、他のホテルに泊まらせるつもりも微塵もないというのに、新一は5分置きに「ホントにいいのか?」「今からホテル取るから」「やっぱ、東京帰る」なんて言い出してくれた。

それを睨みと怒声で一蹴し、ようやく服部邸へ辿り着いたのだった。

遠慮していると解ってはいたが、それでも面白くない。


「…服部……まだ怒ってんのかよ?」

「……別に…」


恐る恐る訪ねて来る新一に冷たく返す。


「…やっぱ怒ってるじゃねぇか…」

「ちゅーか! それが解ってんなら工藤も変な遠慮すんなや! 俺は迷惑やったら言わへんわ! 何で解らんねん、ドアホ!」


怒鳴ると、新一は一瞬目を見開いて。


「……うん、ごめん…」


そう謝って、笑った。

その笑顔がどこか少し嬉しそうだったから、まだ言いたい事は山ほどあったが、これ以上引っ張るのは止める。


「………工藤……」

「…ん?」


呼んですぐ帰ってきた返事と向けられた視線に、言おうか言うまいか少し悩んで。

口を開いた。


「おおきに、な…?」

「?」


首を傾げる新一の顔に、『何が?』と大きく書かれているのは気のせいではないはずだ。

思わずクスクスと笑ってしまう。


「……工藤が居ってくれて、よかったわ…」


色んな事がありすぎてまだ心に余裕はあまりなかったにも拘わらず、驚くほど凪いだ気分でそれを言った。



……のだが。



「…え?」


新一は小さく呟いて固まってしまった。

その表現がピッタリな位、動きを止めてしまった新一に、平次は眉を顰める。


「………何やねん、その反応は?」


―― 何でそない、ありえへん言葉聞いてしもた、みたいな顔してんねん!


「…え、いや……だって、お前、今……」

「工藤が解ってへんなら何回だって言うたるで。 …俺は、お前が居ってくれてよかったて、そう思うてる」


出逢ってから、そう思わない日なんてなくて。当然新一もそれを知ってくれているとばかり思っていたのだが。

呆気にとられた表情の新一を見て、それは間違いだったと思い知った。

だから、教えてやる。

自分が新一の存在に感謝している、そんな当たり前な事を。

新一は少し視線を彷徨わせた後、笑おうとして失敗した、そんな顔をして。


「…オメーはいちいち恥ずかしいんだよ…バーロォ…」


小さな声で、ポツリと言い、平次の言葉が返ってくる前にスックと立ちあがって声を上げた。


「フロ、貸せ! 入ってくる!」

「え、あ、あぁ」


畳みかけるように言うと、新一は平次の返答も待たず早足で部屋から出ていった。


少しだけ呆気にとられた後、小さく噴き出す。


「はは! カワエエ奴っちゃなぁ」


直球に慣れてなくて、照れ隠しにお風呂に入ると言い出すような、こんなにも解りやすい人間を可愛いと思わない人はいないだろう。

笑いながらも、これからお風呂から上がって来くる新一の為に布団を敷こうと立ち上がって、ふと。


―― …そういえば俺らて、付き合うてんのやったよなぁ…


そんな事が、頭に浮かんだ。



だったら親の居ない家で二人きり、なんてシチュエーション、美味しいにも程がある。

自分はそういう関係を望んではいないものの、一応付き合っているのだからキスくらいした方がいいのだろうか?

新一とキスをするなんて想像はつかないけれど、…抵抗はないから、やろうと思えば出来るだろう。

けれど。

当の新一が……それを望んでいないという雰囲気を、常に纏っているから。

だから平次は、解らなくなる。


新一の、心が。


好きな相手と、そういう事をしたい・されたい年頃なのに、新一は平次に触れられそうになると、身を、竦ませるのだ。

とりあえず、新一が望んでいない事は解るから。自分の利害とも一致しているし、それを進んでする事はないと考え、動きを再開させた。

布団を敷き終わって、推理小説を数ページ読み進めた所で、新一がお風呂から上がってきた。


「…フロ、サンキュ」

「おう、ちゃんと温まったやろ…う…な……」


新一の姿を見た途端。

平次の言葉は、語尾が不自然なほど途切れ途切れになってしまった。


着替えがないという事で、平次の服を貸してやって。風呂上がりの新一は、それを、着ている。

平次の服は少し大きいのだろう、指先は隠れていて。けれど首元は大きく開いている様に見える上、鎖骨がバッチリ見え、少し湯あたりをしたのか白い肌が薄く色づいている。



一言で言うと、色っぽい。



それにしても、こんなに、違っただろうか、自分達の体型は。



そう言えば、抱き締めた時、とても細いと思って。









もし…その肌に触れられたら……どんなに……。









「服部? どうしたんだよ?」

「…え!? 何がや!?」

「何がって、ボーっとしてただろ、お前?」


新一は自分が見つめられていたとは思ってもいないのか、自分の後ろに何かあるのではと背後を気にしている。




―― っっ何考えてんねん、自分!!




我に返って心の中で己に思いっきりツッコミを入れながら、うろたえている事を隠すように立ち上がって捲し立てた。


「い、いや、別に、どうもしてへん。 せ、せや、俺もフロ入ってくるよって!」

「? ああ、解った」


不思議な顔をしている新一を余所に、平次は部屋を出て、早足で風呂場へと向かった。



自分の脳裏によぎった考えを、お湯とともに流してしまう為に…。


















平次視点終了ですvv
少しずつながら動いている気がします
次はオリキャラも動き出しますvv


(2013.1.10)
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