強い想い と 儚い決意




片恋 -4-




「元気がないわね、工藤君。何かあったのかしら?」


その言葉が自分に向けられているとは思えず、一瞬、言葉に詰まった。

声の主を見ると、白衣を着た宮野志保が腕組みをしながらこちらを見つめていた。

つい先程少し用事が出来たと言って出かけて行った事は頭に残っていたものの、思わず部屋の中を見渡し、博士がいない事を再確認してしまった。

手に持っていた、博士の新発明というメカを一旦机の上に置いて、志保に向き直る。


「何言ってんだよ? 別に何もねーよ?」

「嘘が下手ね。バレバレよ、顔に書いてあるもの」


キッパリ言われて、自分の持ち味はポーカーフェイスだったはずなのに、と複雑な気分になった。

けれど、何となく、否定する気になれなくて。

ポツリと、呟いた。


「なぁ宮野…例えば………例えばで、いいんだけどさ…」

「何?」

「…ある特定の感情だけを消す事って、出来ねぇかな…? 忘れられるんならそっちでもいいんだけど、そういう事って…」

「できるわよ」


返ってきた即答に、思わず声を上げる。


「えっ!? 本当かよ!?」

「論理的には、ね。感情の全ては脳が司っているから、特定の部分に刺激を与えてやると、感情を組みかえることが出来るはずよ。狙って消す事は難しいけれど……人の中で一番強い感情だけを消す、という事なら、可能よ」


その言葉を聞いて、胸の中に、ある希望が宿る。


「どうやるんだ!?」

「研究をもとに完成した新薬があるけど……何、工藤君、試させてくれるの?」


あまりにも興味を示す新一を不思議そうに見つめながら、志保はクスッと笑う。

自分でも早急すぎたと思い、咳払いをしてから、視線を戻した。


「…使うかまだ解んねぇけど…もしかしたら必要になるかもしれなくて……その薬、もらってもいいか?」


「……仕方ないわね。ちょっと待ってて。薬を取ってくるわ」


深くは追求せず、溜め息一つだけ残して、志保は薬があるのだろう研究室へと姿を消した。



新一はギュッと拳を握りしめ、安堵の息を吐いた。

『使うかどうか解らない』と志保に言ったものの、自分はその薬を使わざるを得ないのだろう未来が頭に浮かぶ。



そして、その薬を使った結果、消えてしまうものとは……。



想像して、すぐに無駄なことだと苦笑した。

自分の中で一番強い感情など、解りきっている。


平次への……この、想い……。


その前では、全ての感情が色あせる程、強い強い想いがある。

だから、想いは消せる。

平次が…新一の事を邪魔だと思ったら、すぐにでも。

そうすれば、以前の関係に、戻れるだろう。

平次は元よりそう望んでいるだろうし、自分も……このまま苦しめてしまうくらいなら、戻りたいと思う心はある。


新一は幾度となく、告げてしまった事を後悔していた。

想いが堪えられなかったのは事実だが、こんな関係はお互いの為にならない。どころか、続ければ続ける程マイナスになってしまう。

一応、いつまで続くかは解らないが、平次が新一の想いに押し潰される前に別れてやろうと決意もしている。


けれど、感情というのは本当に厄介なもので。

絶対に想いを告げないと決めていた固い誓いも、平次の何気ない一言で吐露してしまったくらいだ。

別れる決意というのも、今ではもう信じられない。

だから、平次が耐えがたくなってしまっても、自分は別れを受け入れてやれないかもしれないと、とても不安だった。


だからこそ、強い感情を消す薬がある事が、大きな救いになる。

平次が限界となってしまう前に、その原因となる想いを、消せるのだ。

ちゃんと解放してやれる、その確証がある。

そう思うだけで、ずいぶんと心が軽くなった。


もちろん、今でも十分邪魔だと…迷惑だと思っているだろうけれど。


どんなに辛くても悲しくても、この想いはやはり新一には大事なモノで……自分から消したいなんて、思えないから……。



―― …最後の足掻きくらい、させてくれよな…?



だからもう少し、この関係を続けさせて貰おうと思う。



それで駄目なら、すっぱりと。



辛く、苦しく、大切な大切なこの想いを、消してしまおう。





自分の為にも。






平次の為にも……。










 











志保から強い感情を消す薬を貰ってから、自分でも驚くくらい考え方が変わった。

平次を辛い目に合わせた自分を責めるのではなく、どうやったら平次を幸せにすることができるか考えるようになった。

自分と一緒にいる時間の内、少しでも多く、平次に笑ってもらえるように。

少しでも長く、この関係を続けてもらえるように。

別れる時でも、楽しかったと平次に言ってもらえるように。

それが平次の為に出来る事、だ。

まるで目からうろこが落ちたような、目の前の霧が一気に晴れたような、そんな気分だ。


嘆いてばかりでは何も変わらない。


強く。 強くあろうと、思った。


そのおかげで、昨日はお酒を飲まなくても眠れた。

不眠がクセのようになってしまっていたので、ぐっすり、とまではいかなかったけれど、以前の事を考えると大きな進歩だ。

平次に迷惑を掛けている原因の一つが解消されて、その進歩がとても嬉しい。

そうやって少しずつ、ぎくしゃくしている二人の隙間を埋めていこうと思う。


とは言え、嫌われないように、一定の距離をとることも必要だろう。

平次が新一と離れたくないというだけのために、付き合うことをOKした事を知っているから、尚更。

平次と付き合えたのは、本当にありえないくらいの奇跡だから。

この関係を続けて行きたければ、自分が頑張るしかないのだ。

無理矢理付き合うことを提案したのは自分だから、平次に気負わすわけにはいかない。


自分は、平次と付き合っていけるのならば、何だってしてみせる。


頑張れる。


頑張ろうと、素直に、思える。



と、次の授業に向かう新一の視界の端に、平次の姿が映った。

一瞬だったけれど、平次を見間違えることはない。

今日は平次は午前からの、新一は午後からの授業開始だった為、朝は一緒に登校していなくて…つまり、今日になって初めて平次を見れたことになる。

それだけで嬉しくて、追いかけると、すぐにその後ろ姿を見つける事が出来た。

走り寄って声を掛ける。


「服部!」

「ん? おう、工藤! ちゃんと遅刻せんで来れたみたいやな?」

「あぁ。 メールサンキューな。 あれで起きた」


朝に弱い新一の為に、授業時間が違う時は必ずメールをくれる所がマメだと思う。

笑ってお礼を言うと、平次は複雑そうな顔をして一瞬沈黙し…苦笑した。


「あのメールで起きたて…結構遅うに送った記憶があるんやけど……まぁ間に合うたんならよかったわ。 ちゅーか工藤、何か用事あったんちゃうんか?」


平次から切り出されてようやく当初の目的を思い出す。


「あ、そだ! な、服部、これ、観に行かねぇ?」


新一はポケットから折りたたんでいた映画のチラシを取り出し、開いて見せた。


昨日の夜、平次を楽しませる為にはと考えて、映画を思いついて。

ネットで調べて、平次も好きそうなストーリーのものを選んで持ってきたのだった。


「あぁ、何やCMしとるヤツやなぁ。 おもろそうやし、ええで、行こうや」

「おう♪ ちょっと調べたら、すげぇ面白そうだったから、観たくてさ♪ 今週末の土曜か日曜のどっちかで……」


都合の確認をしようと視線を上げると、平次はクスクスと楽しそうに笑っている。


「?何笑ってんだよ?」


首を傾げる新一を見て更に笑い、スマンスマン、と告げた。


「や、よーやっと笑うたな、て思うて」


「え?」


首を傾げると、ポンポンと頭を軽く叩かれた後、そっと頬を撫でられる。



「工藤、ずっと辛そうな顔しとったやろ? せやから、前から言いたかったんや。 …無理して笑うな、てな?」


「…っ!」



昨日の平次の台詞が頭の中にフラッシュバックした。



『…――工藤…。 俺、お前に、前からずっと言お思うてた事があるんやけど…』



そう話を切り出されたあの時は、終わりを突き付けられるのだと思い込んでいて、逃げてしまったけれど。


今、解った。


この事を伝えようとしてくれていたのだ、と。


それでようやく、服部平次という人間は、いきなり終わりを突き付けるような男ではないという事にも、思い至った。

少し前の自分は、そんな考えも持てないほど、周りが見えていなかったのだと改めて痛感する。




「辛いんやったら、笑わんでええんやから……俺に気ぃ遣わんでも、ええんやからな?」




一等声を和らげて告げられた言葉に、新一は一瞬、反応できなかった。



無理をして笑っているつもりなんか、全然なくて。



けれど、それを言われた途端、図星をさされたとでも言うように心臓が跳ねた。



そこで初めて。自分は平次に対して無理をしていたのだと、解った。



多少の無理があるのは当然だけれど、明らかに新一には許容オーバーだったみたいで。

距離を埋めようと必死だった事が、新一を盲目にいたらしめた原因で……結果、酷く無理をしていたのだ。



どうしてこの男は、自分でさえも気付いていない変化に気付いてくれるのだろうか。

もちろん、探偵としての観察眼や直観力などはあると思うけれど、それだけではないと声を大にして言える。



他には、いない。



こんな人間、どこにもいない。




コナンの中の新一を見つけ出してくれた時のように、事もなさげに、新一の心を掬いあげてくれる。





―― …好き、だ……





心が勝手に叫び出す。


好きだと。愛しいと。



何かを言わなければと思うのだが、胸が詰まって、何だか少し、泣きそうで。

新一を見つめて来る平次の瞳がどこまでも優しくて、余計、言葉が出てこなくて。


「……バーロ…」


そう言う事だけが、精一杯だった。

顔を反らせてしまった新一には平次の表情は解らなかったが、雰囲気が優しくて。

思わず、口端を綻ばせた。


「ん〜…せやったら土曜がええな。 朝メシは作りに行ったるから、それ食ってから映画以行こおや?」

「そうだな。 あ、映画の後買い物もしてぇんだけど…」

「おう、俺もそのつもりやったで。 以心伝心やな♪」

「っっ――なっ!?///」


いきなり告げられた台詞に絶句している新一を余所に、平次は楽しそうに笑う。

その笑顔に反抗する気持ちも湧いてこず、でも何も言わないでいられなくて、小さく「…うっせー//」とだけ返した。



そんな風に。二人の間には、以前のような暖かい時間が、流れていたから。









このまま……普通に、話せるようになるかもしれないと、バカな期待をしていた。





























一度壊してしまった関係が元に戻ることなどないと、解っていたのに――。





































薬品名はCRVZ(シーヴィズ)とかそんな感じですvv
名づけのセンスはないので、ただ単にAPTXのアルファベットを2文字ずつずらしただけですvv
大人が子供になる薬を作ったんだから、こういう薬も作っていただきますvv
フィクションなんで、何でもアリですvv
ええ、フィクションですからvv

次の話からオリキャラが登場しますvv
切なくさせまくりまっすvv

映画の話が多いのは気のせいではございませんともvv
ちなみに映画を観に行きたいのは私ですvv(笑)


(2010.09.24)
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