虚しいだけの 距離 ――




片恋 -3-




新一と平次が付き合いだして、半月が経過した。

付き合っているとは言っても形だけで、世間一般の恋人たちの様にドキドキしたり楽しかったりという高揚感などまるでない。

それは当然だ。

平次の方は望んでこんな関係になったワケではないのだから。


新一が想いを暴露して、平次に「YES」か「NO」か付きつけた。


一応、「NO」という選択肢を用意してはいたものの……本当は、服部が「YES」と言うしかないことを、知っていた。

平次が新一と離れることは考えられないだろうと、うぬぼれではなく、分かっていたのだ。

他でもなく、自分もそうだから。


例え恋愛感情がなくても離れられない事は、互いに感じている。

お互いがお互いにとってなくてはならない、そんな存在。

それは決して依存なんかではない。 理屈ではなく、離れられない、ただ、それだけ。


もちろん究極の選択だっただろうけど。


けれど、付き合うか離れるかを天秤にかければ、必ず付き合う方に振れる。

選択肢が、「付き合う」か「断る」かだけであれば、平次は迷うことなく「断る」を選んだだろう。

それを知っていて、あえて、「付き合う」か「離れる」かの答えを求めたのだ。

自分の醜い心が、そうさせたのだ。

でも。どうしても。恋人という位置が欲しかった。


恋人の座を手に入れたからといって、甘ったるい関係になれるはずもない。

なれるとも思っていない。



けれど、平次は断るだろう。 告白される、女の子の想いを。



―― …最低だな、俺…



誰から見ても、最低な事は目に見えている。

それだけのことを、自分は、した。

何よりも。誰よりも。一番新一を最低だと思っているのは、間違いなく自分自身だ。


告白をOKしてくれたからと言って、少しも嬉しくなんてない。

一番欲しいものが…… 平次の心が ……ないのだから……。


この手にあるのは、後悔ばかりだ。


一番、欲しいものが永遠に手に入らないよう…… 自分の手で仕向けてしまったのだから ……。




何よりも好きだった、心を預けている者にしか向けられない平次の笑顔も……。





もう、見れない――。





今自分に向けられるのは、距離感が解らない、それでも普通通りに接してくれようとする…そんなぎこちない笑顔だ。



そう考えるより早く、涙がポロリと零れた。



瞬間、ザワッとどよめきが聞こえる。


そこでようやく、今日の飲み会について、向日達悪友と話していた現実に戻った。


「え…はぁ!? ななな何、どどっどーした、工藤!?」

「くく工藤!? おおおい、向日! てめー何かやったんじゃねーだろな!?」

「ええ!? ちょ、俺ぇ!? く、工藤!? お、俺何かしたかぁ!?」


特に何もないこの状況でいきなり泣いてしまったのだ、皆が驚くのは無理もない。


「ち…がう…ごめっ……ちょっと…」


口元を掌で覆い、俯いて顔を伏せる。

最近、情緒不安定すぎだ。

この場に平次がいない事だけが、唯一の救いだった。


―― …っ…止まれっ! 止まれ止まれっ!!


けれど、止めなくてはと思えば思うほど、涙が止まらず――。







「工藤!」







少し強い口調で呼びかけられ、思わず顔を上げた。

と、声を上げた向日が真剣な顔で新一を見て…。





「もしや…… “今日の飲み”って言葉が駄目だったのか!? それとも“日本酒”って単語か!?」





そう、告げた。




言われた内容を理解するのに、10秒はかかった。

思わずきょとんとして向日を見返す。

と、一気に爆発するように、次々と他の男達が口を開いた。


「バッカ! 集合場所がマズかったんじゃねーのかよ!?」

「そもそも、“もずく”がない店を候補に入れてんのが駄目だっつの!」

「あのさ! 19時半が嫌なら、19時からでもいーんだぜ!?」

「だから止めようって言ったのによー! あの居酒屋、料理マズイんだぞ!?」

「誰だぁ、安上がりに済ませようっつったのは!?」


大分見当違いの方向に猛進しながら論争を繰り広げていく友人達に、思わず噴き出した。


「…ふっ…悪い…ホント、何でも、ねーから」


さっきまであんなに溢れていた涙が、ピタリと止まった。 止めてくれた友人達の存在が有難い。


微笑むと、瞳に溜まっていた涙がハラリと落ちた。


瞬間。


「「「っ――!///」」」


「「「…っ…///」」」


誰もが息を飲み、一瞬にして、シン、と静まりかえった。


それを不思議に思うより早く、急にバサッと頭から何かを被せられて、視界が暗くなった。


「わっ!? 何!?」


咄嗟に目の前の物を払おうとすると、そのまま誰かに頭をぎゅっと押さえられて。


「…んな顔、あんまり見せんなよ…」


誰だと問う前に聞きなれた低い声がすぐ近くで聞こえ、とりあえず冷静になる。


「え? 永瀬? あ、これ、永瀬の…パーカー?」


暗闇に目が少し慣れてきて、その見た目と手触りとでパーカーだと推理する。

泣き顔を隠してくれたのかなと思った時、先程よりずっと近いところ、耳元で小さく囁かれた。


「……無防備なんだよ、オメーは…」

「……え…?」

「つーことで、ちょーっと工藤は俺らと退散するなー! 三宅達で場所とか決めといてくれな〜!」


意味を聞き返す前に向日の声が聞こえた。

すぐに両腕に手を引っ張り上げられ、椅子から立ち上がると、そのままどこかに誘導される。

永瀬のパーカーを頭から被ったまま。


―― ……これじゃ俺、連行されてるみてーじゃねーか…


そんな事をぼんやりと考えながら為すがままに歩いていると、二人が立ち止り、両腕を離してくれた。


「ここならまぁ人もいねーし、大丈夫だぜ、工藤!」


向日の声に恐る恐るパーカーをめくると、そこは男子トイレだった。


「安心しろって、今清掃中の立て札掛けたからさ♪」


やり遂げたという風に親指を立ててみせる向日にふっと笑う。


「悪い。 何か気を使わせちまったみたいで」

「…何があったんだよ?」


そう言ってそっと涙の痕を拭ってくれる永瀬の瞳は、心配の色が浮かんでいる。


「何もねーよ。 もう、大丈夫だから」


心は、落ち着いていた。

そういう新一に納得がいかないような視線を投げて来る永瀬を余所に、向日が声を上げた。


「ほら工藤、口開けろ!」


振り向くと同時に唇に何か押し付けられ、反射的に口を開けると、そのまま何かが放り込まれた。

その何かを問う前に、口の中に独特の甘い味が広がる。


「疲れたときは甘いモンがいいんだぜ? 美味いだろ、そのチョコ」

「…ん。 美味い」


答えると、向日は自分の親指に付いたチョコをペロッと舐めて、満足そうに笑った。


「だろ♪」

「工藤」


と同時に永瀬に呼びかけられて。


「?」


顔を向けると、つい、と顎を持ち上げて上を向かされて。永瀬の顔が近づいてきた。

と思った瞬間、ペロッと頬が舐められた。


「…へ?」

「チョコ、付いてたぜ?」


何が起こっているかいまいち把握できていない新一は目を瞬かせた。


「あー! 永瀬何やってんだよテメー!」

「お前だって、人の事言えねーだろ?」

「……へ?」


二人のやりとりに完全に置いて行かれて首を傾げる新一に、永瀬は笑った。


「ま、気にすんな。 とにかく、話したくなったらいつでも言って来いよ?」

「おう! 24時間年中無休でOKだぜ!」


言いにくい事があるのだと汲んでくれたのだろう、有難い言葉に胸がジワリと温かくなって。


「サンキュ」


久しぶりに。普通に、笑う事が出来た。










 











大学からの帰りは、以前の様に平次と一緒に帰る事が多い。

会話もないわけではないが、以前とは全く違っている事は解っている。



ふとした瞬間に感じる違和感。



恐らく平次も感じているだろうそれは、この先もきっと、消える事はないのだろう。

盛り上がるでもなく、盛り下がるでもない、取りとめのない会話をしている内に、工藤邸へ到着してしまった。

今日こそは雰囲気を良くするためにもっと上手い話をしようと考えていたはずなのに、結局いつものパターンになってしまっていた。


―― 明日また、頑張らなきゃ、な…


心の中で小さく反省をしながら、いつもの口調で切り出した。


「じゃあ、明日な」

「あぁ。 あ、せや! 明日締め切りの課題、忘れたらアカンで?」

「わーってるよ。 大丈夫だって」


平次もこんな風に気遣って話題を提供してくれている。

自分も見習わなければと思い、頷いて笑って見せた。




それなのに。




笑った新一に対して、平次の反応はまったく対照的で。

訝しげに眉が顰められた。


「ぇ…?」


今の新一の態度でその表情をされる意味が解らない。

笑って頷いただけなのに、どうしてそんなに怒りを孕んだ視線を送ってくるのだろうか。


―― …お、俺…何かしたか…? …してねー、よな…?


声も出せない程混乱している新一に、平次は視線をキツクして口を開いた。



「…――工藤…。 俺、お前に、前からずっと言お思うてた事があるんやけど…」


「っ――!」



ギクッと心臓が縮む。

その言葉と表情で、言おうとしていることなんて、容易に想像が出来る。

多分、平次の口から紡がれるのは、この関係の終焉。

どうして新一が「付き合う」か「離れる」かの二択を迫ったのか、改めて考え直せば、平次はすぐに解ってしまうだろう。

それを非難して、この関係に、決着をつけようとしているのだろう。


もう、終わりが来てしまうのだろうか。


瞬間、とてつもない恐怖が身体中を駆け巡った。

今切りだされたら、自分がどうなってしまうか解らない。

みっともなく叫んで罵って、当たり散らしてしまうかもしれない。


まだ、駄目だ。


まだ、たった半月しか経っていないのだ。


まだ……もう、少しだけ………。




そんな心の叫びも虚しく、平次が再び口を開いて――。





『 ピリリリリリリリリ! 』





平次の言葉を遮るように鳴り響いた機械的な音で、新一は我に返った。

聞こえてきたのは新一の携帯の着信で、それが解った途端、速攻でそちらに意識を傾けた。


「あ、悪い、電話だから。 じゃあな、服部」


謝る素振りを見せて、携帯を素早く取り出し、通話ボタンを押す。

電話を取ってしまってから平次をちらりと見ると、やれやれという風に肩をすくめ、軽く手を振って去って行った。




平次の背中が見えなくなってようやく、新一はその場にへたり込んだ。

本当に、ナイスタイミングだったと思う。


『もしもし? 聞いてるのかね、新一?』


先程から返事をしない新一を不審に思ったのか、電話の向こうからそんな声が聞こえて来る。


「あ、あぁ、聞いてるよ、阿笠博士。 で、何だって?」


電話の相手、阿笠博士と話をしながらも平次の事を考え、溜め息を吐きたくなった。


―― …服部はやっぱり…気付いた、よな…?


自分は、平次の言葉をそれ以上聞きたくなくて、ナイスタイミングな着信を理由に背を向けてしまった……逃げたのだ――。


『――それで今回はそこを重点的に改良した作品なんじゃ。 どうじゃね、今から見に来んかね?』

「…わーった、すぐ行くよ。 それじゃ、後で」


会話を終えて電話を切り、小さく息を吐く。

博士からの電話の内容は、新しい発明品を見にこいと言うものだった。

いつもならまた今度行くからと断っていたのだが、あのタイミングで電話してくれたことに心から感謝して、行く事を決めた。


ふと、先程まで平次がいた場所に視線が向かい――そこにもう平次がいない事に、ズキンとした痛みを感じる。

あの気まずい空気にならずに済むと胸を撫で下ろす気持ちがなかったわけではないのに。




いない事の方が、悲しくて。




自分で会話を断ち切ってしまったことを後悔する。

けれど、同じ事があっても自分はまた、同じように逃げて……後悔するのだろうと、思う。

ギュッと拳を握り締め、大きく溜め息を吐いた後、顔を上げて阿笠邸へと向かった。


















今回は、ぐるぐるしてる新ちゃんの巻、でした〜vv
いつもは強い新一平次の事となるとてんで弱くなるとか、萌えますvv
そしてイジられる新ちゃん、大好きですマジでvv

てか、あ、あんまり平次が出てこないιι
こんなはずじゃ…もうちょっとしたら出てきますのでιι
平次のターンもありますのでιι


(2010.09.06)
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