何よりも 淋しい関係 ――




片恋 -2-




講義の途中、持っていたシャーペンを置いて、新一は瞳を閉じる。

今日の講義は少し複雑な、それこそ聞き入っていないと…教科書の文字を読むだけでは理解できないという内容だ。

けれど、どんなに頑張っても、講義に集中できない。

その理由は、平次からもらった二日酔いに効くドリンク剤の所為だ。


あのドリンク剤は、効きすぎるのだ。


本当は頭痛が収まった事に感謝するべきなのだろうが、頭痛が収まってしまうと、どうしても平次の事を考えてしまうから困る。

隣に座って真面目に講義を受けている平次をチラリと見た。

と、すぐそれに気付いた平次と視線が合う。


『何やねん?』


そう書き殴ったノートを指す平次を殴ってやりたい衝動に駆られる。


服部平次という人間は、鋭い。

それこそ、チラリと盗み見た自分の視線にすぐ気付くくらいには。

自分のポーカーフェイスが通じないくらいには、鋭い。

けれど、一番大事な部分には気付かなくて…むしろ、とても鈍いと思う。

鋭いなら鋭い、鈍いなら鈍いとハッキリしてくれれば、こちらとしてもやり様があるのにと何度思った事だろう。


『何でもねーよ』


新一も自分のノートにそう書き殴り、講義を聞くふりをして平次から視線を外した。

この絶妙とも言える距離感が、新一の悩みを加速させる原因なのだ。

好きだと想う度に、嬉しくて。

けれどそれと同じくらい、一緒にいる事が、辛くて。


離れようとも考えた。

自分から離れたり出来ない事は解っていたから。一時、平次に自分の事を嫌わせて、平次の方から距離を取ってもらおうと思ったこともある。

けれど、実行に移そうとして、出来なかった。


怖かったのだ。


平次に嫌われる事が……何よりも……怖かったのだ……。


―― っ…どうしたいんだよ、俺はっ…!


現状維持も、それを壊す事も出来ない、臆病な自分に嫌気がさす。

平次に見えない位置で拳を強く。 強く握りしめた。










 











「工藤、大丈夫なんか?」


大学からの帰り、工藤邸へ到着してすぐに問いかけられた。


「え? 何が?」


唐突だったのも相まって質問の意味が分からず、首を傾げる。


「何がて…ホンマにソレ言うてんのか? …何かあるんやろ?」


溜め息混じりにそう言われ、その言葉が新一を心配してのものだったのだと解った。

言わずもがな、平次は気付いている。新一の最近の不審さに。

自分でも上手く隠し通せているとは思わない。


けれど。


「何もねーよ。 服部、心配しすぎだって」


笑って、本音は、隠した。


「せやかて……」

「今日は多分呑まないからさ。 心配しなくて大丈夫だぜ?」

「…まぁ、それもあるんやけど…て、そーゆー事とちゃうんやて! 」


鋭いツッコミを入れてきた平次を見て笑うと、平次は「あ〜! も〜!」と焦れたように新一の両腕を捉えた。


「工藤! ちゃんと聞けや!」

「聞いてるって。 何?」


平次に強引に向かい合わせにされたことにより、心臓が跳ねるけれど、それを必死に押し隠して軽い笑みを浮かべる。


「工藤が最近…ちゅーか、ずっと前からおかしいのは気ぃ付いてんねん! それを俺に話せとは言わへんけど、無理すんなや!」

「無理って…そんなの、してねぇよ? 大丈…」


「せやかて!!」


今日一番、荒々しい平次の声が、新一の言葉を遮った。


驚いている新一の瞳に、真剣な平次が映る。











「……せやかて…… オマエ、ずっと泣きそうな顔してるやんか ……?」











「―――っ!!??」











こんな。




何でもない、一言で。




ワケもなく、泣きたくなってきて。




今までずっと重ねてきたポーカーフェイスが、呆気なく。







崩れた。







絶対告げることなどしないと、あれだけ決意していたのに。


溢れ出たかのように、ポロリと、想いが飛び出した。







「…俺…服部が、好きだ……」







言ってしまって、ヤバイと素に戻ったけれど。

どうにでもなれ、と。

どこか投げやりな風に考えている自分もいて。

こんな、苦しいだけなら、いっそ全部ぶちまけてしまおうと、思った。

自分に限界があるのなら、多分、今この瞬間なのだろうと、そんな事を冷静に考えた。


当然のことながら、告げられた男は不思議そうに首を傾げている。


「へ? 何言うて…」


当然の反応だ。

ずっと好きで、平次の事だけを見てきたから……。

平次が新一に対して抱く感情は、友情以外の何物でもない事が解っていた。

それでも自分は、ズルイから。

平次に届くまで、伝え続ける。


「…好き、なんだよ……お前のこと…… 言ってる意味、解るだろ?」


そこでようやく、平次は真剣な顔で固まった。


「っ………」


平次が息を飲むのが聞こえる。


「お前に彼女ができんの、すげぇ嫌なんだよ、俺。 フツー、友達はこんなこと思わねぇだろ」


後は自分で考えろとばかりに、その後に続くだろう言葉を言わなかった。


永遠にも匹敵する程の沈黙が、二人の間に流れた。

実際には、それほど時間は経っていないのかもしれないが。


震える拳をギュッと握りしめ、小さく息を吐いて呼吸を整えるとしっかりと平次を見つめ直す。


「それで……決めてくれねぇか?」

「………え?」


何を言われたか解っていない事が手に取るように解る。

頭が混乱している時に重ねて言うのも戸惑ったが、これを言わなければ先に進めない。



「…付き合うか、離れるか……どっちか、選んでくれ…」



「…何…やて…?」



絞り出すような声で、新一が冗談だと言い出すのを祈るような声で、呟く。


平次の為になる最良の言葉は、自分にならすぐ解る。

先程の言葉を冗談にして、ずっと友達のまま喧嘩したり遊んだり、そんな関係を続けて行く事が、平次にとっての最善。

解っていて、裏切りの言葉を紡ぐのを、止められない。


「お前が俺の事、そーゆー風に見てねぇのは…知ってるぜ? …けど…もう、限界っぽくて、さ……」


苦しくて、苦しくて。


物理的な痛みを感じるくらい、胸が痛くて。




「……傍で笑って友達なんて……してらんねーんだよ…」




思わず語尾が震えた。




傍にいられるなら友達でもいい、なんて……言えないくらい……。






こんなにも……。






新一はぎゅっと拳に力を入れて、溢れ出てきそうになっている涙を押し留めた。

泣かないと、決めていた。

卑怯な手を使っているのだから、これ以上平次に対して卑怯者にならないように、決めたのだ。


「…すぐには無理かもしんねぇけど…出来るだけ早く、返事もらえるか?」


言葉が出ないのだろう、立ち尽くしている平次を見ないようにして、背を向ける。


「…決まったら、連絡入れてくれな…」


それだけ告げると、家へと足を進める。


「くっ! 工藤!」


扉に手を掛けたところで、平次が声を上げた。


「…何?」


苦しいのは本当なのに…名前を呼ばれるだけで跳ねてしまう単純な自分の鼓動が悔しくて、振り返らず、次の言葉を待つ。


「…明日…大学、やろ…… ――朝、俺…」


表情を見なくても言わんとする事は、手に取るように解った。

毎朝新一を迎えに来るのが日課となっているから、明日も迎えに来てもいいか、と言ってくれているのだ。

そんな優しさも、今は痛みにしか変換されなくて、新一は静かに首を横に振った。


「迎えに来なくていいぜ。 言っただろ、“決まったら連絡くれ”って…」


暗に、返事が決まるまで連絡をするなと言っている事に平次はすぐ気付いたようで、息を飲む音が聞こえる。


「じゃあな、服部」


言うと、中に入って扉を閉めた。

そこでようやく、自分の手が緊張で震えていたことに、気付いた。


―― …バッカみてぇ…


自嘲して、震える右手で顔を覆い、唇を噛みしめた。



そんな、最低な別れ方をしてからの1週間は。


本当にあっという間に過ぎ去ったのだった――。










 











「工藤……俺と、付き合うてや…」


あの時の返事をすると言われ、新一のマンションのリビングへ平次を迎えてすぐ、そう告げられた。

手を付けられることなくテーブルに置かれたコーヒーの湯気が、寂しそうにゆらりと揺れた。


「…解った。 …じゃ、よろしく…」

「あぁ」


そこで沈黙が流れる。


以前なら心地良かったその沈黙も、今は重苦しいものでしかなくて。


そうしたのは、他でもなく、新一自身で。



「…ごめん、な……」



沈黙を破る為に、そう謝って。



……笑った――。



………はず、だったのに。




できなくて。




ポロッと、熱い雫が零れた。





「……くど……」

「っ……ごめっ……ごめ、んっ…… ごめん、服部 …… ご、めんっな ……」


驚いている平次の視線から逃れるように俯いて、謝罪を繰り返す。

卑怯者で。一番酷い方法で、平次を縛ってしまって。


「 ……ごめんっ…… 」


一度溢れると、もう涙は止まらなくて。


「謝る事、あれへんやろ。 ……泣くなや…?」


そっと頭を撫でてくれる温かいその手も、溢れる涙を助長するだけだった。


きっと、告白した日から今まで、平次の頭の中は新一の事ばかりだっただろう。

悩ませたと…苦しませたと知っていても。

自分の事だけで頭をいっぱいにしてくれていたという事が、どうしようもなく、嬉しい。


―― ……筋金入りの……大馬鹿だ、俺……


本当は、知っていた。

平次が新一の告白を断らないことを……。

だって、そうした。

他でもなく、自分が……そうなるように、平次に対して罠を張ったのだから。


債は投げられたのだ。

新一の手で、二人の関係を強制的に終わらせた。

もう、戻ることなんて出来やしない。



たとえこれが……。








仮初の、関係だったとしても……。




















告白しちゃいましたvv
付き合ってもらえることになっちゃいましたvv
展開早いですけど、ここからが長くなりそうな感じだったりしますvv

ちなみに、平次がOKしたのは愛情故ではないですvv
その理由はこれから書いていきたいなぁ、とvv

さぁて、これからもっとグルグル悩んだりさせまっすvv


(2010.09.02)
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