君だけが 特別 ――




疑惑




「遅なってしもたなぁ…」


服部平次はバスを降りて時計を確認し、小さく呟いた。

けれどその呟きには、隠しきれない嬉しさが滲み出ている。

それもそのはず、もうすぐ愛しい恋人に逢えるのだから。


今平次は、恋人の住む東京に来ていた。


「…工藤…」


思わず零れ落ちた名前は、愛しい愛しい恋人、東の名探偵、工藤新一その人のものだ。

ずっとライバルで、親友だったのに、いつのまにか、他の誰とも比べられない程大切になっていて。

隠しきれない程、想いが膨らんで、弾けて……告白を、した。

男同士だから受け入れられないだろうと思っていたけれど、新一も同じ気持ちだったと告げられ、晴れて恋人同士になったのだ。


平次は大阪、新一は東京の、いわゆる遠距離恋愛だったけれど、恋人となってから早1年が経った。

友達曰く、そろそろ慣れや倦怠などが来る時期らしいけど、自分達にはそんなもの微塵もなく、ただ日々愛しいと想う心が降り積もる一方で。


今日も今日とて、約束も取り付けず、逢いたいからという理由だけで、ここ東京まで来てしまっている。

逢いたいと思うと止められなくて、思い立ってすぐに東京行きの新幹線に飛び乗ったのだ。

いつもならここで『これからそっちに行く』と連絡を入れるのだが、今日は少しだけ悪戯心が湧いてきて――新一を驚かせようと思って、それをしていない。


―― 驚いた顔も可愛えからな、工藤は♪


惚気としか思えない台詞を心の中で呟き、工藤邸へ足早に歩く。

きっと新一は、とても驚いた後……平次にしか見せない可愛い顔で、嬉しそうに笑うのだろう。

考えると一刻も早く逢いたくなって、自然と走り出していた。


そして工藤邸の門が見える曲がり角に差し掛かって……ピタリと足を止めた。


工藤邸の門の前に人影があり、それは紛れもなく逢いたくて堪らなかった新一だったのだが。


愛しい恋人との再会にすぐに駆け寄って行かず、角に隠れるように身を引いたのは、その人影が一つではなかったからに他ならない。


「…誰や…?」


小さく口の中で呟いて記憶を辿ってみるが、自分の知らない人間だ。

それは背が高く、金色に近い茶髪の男で、耳には多くのピアスが存在を主張している…いわゆる、派手目な奴だった。

そして、いつもならそのタイミングで出ていくのだが、新一とその男の距離が平次をその場に止めさせた。


男は新一を囲う様に腕に抱きながら、その腰に手をゆったりと置いており、新一の方も特に嫌がる様子もなく、男の背中に腕を回している。

平次のこめかみにピシッと青筋が浮かんだ。


―― …俺の工藤に触りすぎやろ…!


けれど、やはり平次は出ていく事をしなかった。

自分は探偵だ。この違和感がありまくりな状況で、何かがあるのだろうと推理することは難しくない。


平次は落ち着く為に深い深呼吸を繰り返す。

少しだけ冷静になれた時、ふと自分の手が固く握りしめられている事に気付き、苦笑した。

いくら探偵で冷静に対処しなければならないと解っていても、愛しい新一の身体に触れている男への苛立ちは簡単に収まるものではない。

握りしめていた手を緩め、状況を把握しようと顔を上げたその時。


男が新一の頬に手を回して…。



顔を近づけて…二人の距離が縮まって……。




その、瞬間。





「何してんねんコラァ!!!」





理性も何もなく、飛び出した。


「え?」

「え…は、服部!?」


平次に気付いた新一はしまったという表情をして、固まっている。


―― 俺の工藤にキスしようとするなんや、おもろいやんけ!! 全っっ然笑えへんで!!


例え未遂であっても、許される事ではない。

新一に触れて良いのも、キスしていいのも、恋人である自分だけの特権なのだから。


先程まで――といっても大した時間ではないが――我慢してきた分、平次の怒りのボルテージは上がりまくっていた。

ずんずんと大股で近づき、まだ呆気にとられている二人を強引に引き離す。


「…あ…山本……」


離される時、新一は眉を下げてその男――山本と言うのだろう――に視線を送った。


「っ――!!」


瞬間、カッと自分の中のどす黒い嫉妬の炎が燃え上がる。


平次がいるのにそいつを見つめることが許せなかった。








「お前のオトコは俺だけや!! 他のヤツ見つめんなや!!」








爆発したようにそう怒鳴り、驚いている新一の肩を抱き寄せて強引に唇を塞ぎ、すぐに舌を滑らせる。


「んぅぅっ!?」


ヒュ〜、と男が口笛を鳴らしたのが聞こえたが、キスを止める気はさらさらなかった。


勢いで他人の前でキスをしてしまったが…不思議なもので、触れあってしまえば、怒りなんてすぐに何処かに飛んでしまう。


久しぶりの、新一の感触。体温。


それを夢中で味わった。


「…んんっ……ふっ…ぅ、んむっ…」

「…んっ……く、どう……っ…」


舌を撫でるように動かし、けれど足りなくて貪るように激しく新一の口内を犯す。


新一の舌を甘噛みし、唾液をすすり、送り込む。


うっすらと瞳を開けると、閉じられた新一の震える睫毛が見える。



それだけで、愛しさで胸がいっぱいになる。



「……んっ…はっ…んっ……っとり…んっふっ……」


新一の身体からは力が抜け、小さく震えながら平次の服の端をギュッと握ってきて。


身体を全て預けてくれる、そんな新一に心の奥から嬉しさが触れてきて、抱き締める腕に力を込めた。




二人を隔てる服が邪魔だ。







早く全身で新一を味わいたくて堪らない。







と、その時。




「おーい、俺がいること、忘れてねぇか〜?」


不意に声が聞こえ、平次はハッと我に返った。

そいつの言葉通り、すっかり存在を忘れてしまっていたのだ。


ようやく唇を離して、けれども新一は抱きしめたまま、声を出した男をギッと睨みつけた。


「ちゅーか、お前! 嫌がる工藤に何してんのや! ただですむと思うなや?」

「え、ちょ、服部、落ち着けって! 悪い、山本」


平次の怒りを肌で感じたのだろう新一が二人の間で取り繕おうとした。…のだが。



「嫌がる? そんな事ねぇよな、工藤? だって、誘ってきたの工藤だし?」



ここへきての爆弾発言に、その場の空気が凍った。


「なっ!? 山本!?」


新一は、心底驚いた。

まさかそんな事を言い出すとは思ってもみなくて。

咄嗟に、山本を怒るではなく、平次に顔を向けたのは、誰よりも誤解されたくない人へ弁解しようとした反射的なものだった。

けれど、口を開く前に、キッパリとした声が降りてくる。



「アホか! 工藤がそんなんするワケないやろ! 嘘吐くならもうちょいマシな嘘吐けや!」


「!」



平次の瞳は真っ直ぐ山本を射抜いており、自信に満ちている。

その言葉に、瞳に、新一は息を呑んで、言葉を失った。


「嘘じゃねぇよ? 遠距離恋愛に疲れて、寂しいって相談して来て、近くにいる俺の方にふらついて…」

「せやから! 工藤がそんなんするはずないっちゅーてんねん!」


途中で言葉を遮られた山本は、どこまでも揺らぐことのないその態度に眉を顰めた。


「……すげぇ自信だな。 何でそんな信じられるんだよ?」


山本の口調や言葉から推測すると、平次と遠距離恋愛をしている事を新一が話した事は事実なのだろう。

そして、先程二人が友人以上の距離で寄り添っていた事も、それを新一が拒絶していなかった事も、この目で見た。



けれど。



こんなに疑わしい状況下でも、返す言葉は決まっていた。










「そんなん、工藤が俺をごっっつ愛してるからに決まっとるやろ!」










きっと、新一よりも、知っている。


どれだけ新一が自分を想ってくれているのか。


瞳が、仕草が、態度が。


新一の身体全てで、全力で想ってくれている事を、伝えてくる。 伝わってくる。


それは距離なんかで、ましてやこんな事くらいで揺らぐものでは決してない。




「っ――!! 〜〜〜////」




新一は、泣きだしそうな顔で破顔して。

コツン、と平次の肩に額を預けた。


「……そう、だよ…///」


これ以上ないと言うほど、ただ、平次だけを……こんなにも……。


他には、いない。

コナンの正体を見破って、危険も顧みず傍にい続けてくれた人は。

こんなに新一の事を解ってくれる人は。




こんなにも……新一を大切に想い、愛してくれる人は……他には絶対いない…。




「…あ〜あ…騙されてくれねぇか…つまんねぇの…」


山本は平次の態度に降参と言う様に肩をすくめて溜め息を吐いた。


「アホか! ちゅーか、俺は怒ってんねん! よぉも工藤にベタベタベタベタ触ってくれよったなァ!? 軽い気持ちで工藤に手ェ出そうとすんなや!」 

「――!」


その言葉に驚いたように身を固めた山本に、平次は眉を顰める。


「……何や?」

「…いや……スゲェな、アンタ。 工藤も鋭かったけど…流石探偵だな。 …悪かった。 一応さっきの状況の弁解しときてぇんだけどいいか?」


先程の茶化す様な雰囲気から一変して真剣な顔つきに変わった山本に、平次は頷いた。

すると少し焦ったように声を上げたのは新一だった。


「えっ…山本、いいのか…?」

「いいよ。 大体からして、俺が悪いんだしさ。 誤解されるの嫌なんだろ?」

「……悪い」


ちょっと押し黙った後、素直に頷いた新一に山本は楽しそうに笑った。


「何で工藤が謝んだよ? 工藤がソイツ…服部のことをすっっっげぇ好きなのが解ってて仕掛けた俺の所為だろ?」

「? …ちゅーか、何でそんなん知ってんねん?」


ふいに浮かんだ疑問を口にすると、新一はぎょっとして、山本は笑みを深めて平次を見た。


「そりゃ、あんなの見せられたら、“すっげぇ大事で特別だ!!”って叫んでるようなモンだし?」

「あんなの?」

「山本!」


慌てて声を上げる新一に笑いを噛み殺しながら、山本は続きを口にする。


「あぁハイハイ悪かったって。 えーっと、さっきの状況なんだけど…俺、好きな奴がいるんだよ。幼馴染の、男なんだけど。 で、そいつも俺にベタ惚れなくせに、男同士ってところがネックになってて、絶対認めようとしなくてさぁ。 だから悪いとは思ったけど、男を恋人に持つ、俺の気持ちが分かる工藤に協力してもらって、当て馬に使わせてもらったんだ。 ちなみに、さっき抱き合ってたのは、ソイツに見せつけてた訳。 …服部が割り込んできたから逃げ帰っちまったけど、あっちの影から俺ら見てたんだぜ? バレバレなのに気付いてねぇの、アイツ 」


それを思い出して、可愛いったらないという顔でクスクスと笑う山本は、どうやら本当にその幼馴染とやらに惚れているらしい。

平次は溜め息を吐きだして、けれど収まりきらない怒りをもって睨みつける。


「そーゆー事かいな。 …ま、理由は解ったけど…工藤にキスしよーとした事は許されへんで」

「頬くらいならいいかなって…って、んな怖ぇ顔すんなよ、悪かったって。 もう二度としません!」

「当たり前や! ちゅーか、そないな事軽い気持ちで誰にでもキスしよ思えるから、ソイツも踏み出せへんのちゃうんかい」

「!」

「? 何や?」


平次の言葉に何故か固まってしまった山本を訝しげに見て、それから腕の中にいる新一に視線を落とす。

と、新一はふわり、と嬉しそうにはにかんで、平次に回す手をギュッと強めた。



ドクリ、と心臓が大きく跳ねる。



こんな、小さな事なのに、自分はとても単純で……思わずキスをしようと身体が動いて……。



「工藤と同じこと言うんだな」


小さく呟かれた声に、ハッと我に返った。

自分は探偵なのに。探偵であるはずの自分が、山本の存在を一度ならず二度までも、一瞬にして忘れてしまっていた。


「うん、俺もちょっとそうかなって思ってたんだよ。 アンタら見てて、余計、そう思った。 俺は女の子大好きだし、こんな性格だから、正直、しようと思えば誰にでもキスできるけど……それでも、俺が欲しいのはアイツだけなんだ。 ……だから、回りくどいことはやめだ! 俺もキスの1つや2つ奪って、自覚させてやることにするぜ!」


そう言って笑った山本の顔は、どこかふっきれた様で。近い将来、きっと上手くいくだろうと確信させるものだった。


例え想いが通じ合ったとしても、誰にも言えない関係だから困難だらけだろうけれど。

それでも、平次と新一はこの関係を後悔した事なんてない。



だって、幸せなのだ。



好きな人を想い、好きな人から想われ、日々を重ねていく…ただ、それだけの事が、こんなにも……。




それを自分達は、誰よりも知っているのだ――。










 











「ちゅーか、そもそも何で俺らが付き合うてんの知ってんのや?」


あれから山本が帰って、工藤邸へ入ると同時に疑問点をぶつけた。

すると、新一は困ったような呆れたような顔をして足を止め、振り返る。


「バーロォ…それ、オメーの所為だぞ?」

「へ?」


首を傾げる平次に、新一は携帯を開いてロックを解除する。

待ち受けには平次が写した、二人のキスシーンが収まっていた。


「…あ……コレ、見られてもうたん?」

「そーだよ…」


拗ねた様にそう言う新一に、クスリと笑みが溢れる。

確かに、新一に何も言わずにキスシーンを携帯に収め、待ち受けに設定したのは平次だ。

けれど、待ち受けなんてものは簡単に変えられるものだ。それこそ、1分も掛らず出来てしまう。

この写真を撮ってからもう2カ月になると言うのに、未だ待ち受けになっているということは、新一が望んで変えていないと言う事なのだ。

強引に待ち受けに設定した平次に少し怒った後で、気付かれないようにこっそりと嬉しそうに微笑んでいた新一を思い出す。


もう、本当に。

どこまで好きにさせれば気が済むのだろうか。


しかし、この話題を出してしまうと素直じゃない新一が拗ねてしまうのは容易に推理出来るので、胸の中にしまっておいた。


「せやけど、こんなん、フザけただけ言えば誤魔化せたんちゃう?」

「誤魔化そうとしたけど、それだけじゃなくて俺の…」


そこまで言って、不意に新一は口を噤んだ。


「……? “俺の”、何やねん?」

「…別に何でもねぇよ。 とにかく、誤魔化せなかったんだって」



「……………………く〜ど〜お〜?」



たっぷりとタメを作って、ニッコリと笑いながらだが低い声で名前を呼ぶ。

ただでさえ、協力する為とはいえ、あんなシーン見せられて面白いワケがないというのに、その上隠し事もすると言うのか。


それを新一も感じ取ったのだろう、キュッと唇を噛んで、ポツリと言った。


「アイツ、俺の……携帯カメラのフォルダ…勝手に、見やがったんだよ…」

「フォルダ? それが何やねん?」


嫌そうに言う新一に首を傾げると、新一は一瞬言葉に詰まって。

急にソワソワとしながら視線を彷徨わせ、少し迷った後。


「〜〜〜//// あ〜もう!!/// 俺は知らねぇからなっ!!」


新一は真っ赤になりながらグイッと押しつけるように携帯を渡し、そのままキッチンの方へと入って行った。


「見てええ、ちゅーことか?」


そもそも、新一が携帯カメラを使う事なんて、事件に関係しそうな情報を写真に収めたりする時くらいにしか使わない。

それを不思議に思いながらも許可が下りた為、新一の携帯をいじる。


先程言っていた携帯カメラの画像を探して……平次はピタリと動きを止めた。


そこには、『服部』というフォルダが1つあって、その中には……。


待ち受けに設定している写真と、はにかむ平次の写真が保存されていた。


「――!」


待ち受け用のキスシーン写真はとにかくも、もう1枚の写真の方に目が釘づけになる。

その写真は、新一がこの携帯を新しく買い換えた時、友達に平次の写真を見せる為と動作確認の為に写したものだった。

そして、その時はまだ、付き合っていなくて。


それを後生大事に、保存しているなんて………。


不意に、先程の山本の言葉が頭の中でリフレインした。



『あんなの見せられたら、“すっげぇ大事で特別だ!!”って叫んでるようなモンだぜ?』



沢山の他の写真と分けられたフォルダ。



その中に保存されている、2枚きりの写真。



それをずっと大切に大切にしてくれていたのだろう事実。



「っ〜〜〜〜//////// ……反則やろ、こんなん…/////」


顔が熱い。赤くなっているだろう事が解る。

心臓もバクバクと煩くて、心の底から湧き上がるように、えもいわれぬ嬉しさが溢れ出してくる。


どうして新一は、こうなのだろうか。


今でさえどうしようもないくらい好きなのに………どうして、もっともっと好きにさせてしまうのだろうか。


どうしてこんな些細なことで……平次をこんなにも幸せにしてしまうのだろうか。


腰が抜けた様にその場にへたり込みそうになったけれど、自分の心が想うままにキッチンへと駆けて行って。



真っ赤な顔をしながらコーヒーを入れている新一を、力の限り、抱きしめた。















〜 fin 〜
      
お久しぶりの短編ですvv
短編は甘いお話が多いですね〜vv

平次はキレる(ヤキモチ的な意味で)と、人前でも平気で濃ゆいキスをすると思いますvv
新一は人前だから一応抵抗するんですが、好きだし嬉しいしで結局受け入れちゃうんですね、はいvv
もうマジ二人はずっといちゃいちゃらぶらぶしてればいいよvv
ちなみにこの後は、ベッドの上でずっと離してもらえない的な展開がまってますvv

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございましたvv


どうか ほんの少しでも 貴女様のお心に届きますように-----vv


花蘭 でした
  
      
(2012.01.09)
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