どこまでも…


深くなる……想い……




Deep Love

act 19




新一は分厚い本をまとめ、ビニールの紐で一つに括って束にすると、同じように束になっている固まりの横にドサッと置いた。


「…よし、これでここは終わりだな」


一息ついてあたりを見回してみる。

すっかり整理整頓してしまった工藤邸の一室を見て、新一は満足げに微笑んだ。


最近、何だか身体が軽い。

もしかしたら、発作の出すぎで感覚が麻痺しているのかもしれない。嵐の前の静けさという名の、何かの前触れだろう。


そして。


多分、『次』で終わりだと、思う。



『次』に発作がきた、その時は……。



新一はギュッと拳を握り締めて瞳を閉じた。そして、ふう、と溜息を吐くとすぐに顔を上げた。

だから、自分が動けるうちに身辺整理をしてしまおうと思った。

自分の使っていたモノたちを見て、残された人が悲しみを思い出してしまうのならば、無い方がいい。

人の死を思い出にするには時間がいくらあっても足りないことを、知っているから。

悲しみだけを残していくなんて、冗談じゃない。


新一が平次に与えてやれたものなんて、無いに等しい。

それなのに、平次は抱えきれないほどの想いをくれた。

口にしてない願いまでも、平次は全て叶えてくれる。

自分が残していけるものは少ないけれど。少しでも幸せなものの方がいい。

だから長年使って名残惜しい物でも、処分してしまおうと決めた。


そしてふと、あの夜の事を思い出した。


―― そう言えば…俺…服部とキス…したんだよ、な…


思い出すと、一気に顔に熱が集まった。心臓もバクバクする。

熱を下げるために手で顔を扇いでみるのだが、それは何も役に立たなかった。

あの時どういうつもりでキスなんかしたのか、なんて、聞けない。

最初は薬を飲ませるためだったのだろうと思う。


けれど。


それだけなら、どうして薬を飲ませた後、またキスをしかけてきたのだろうか。

頑なな新一を黙らせるための手段だったのだろうか。


否、そんなことは、本当はどうでもいいことなのだ。

どんな形であれ、平次と唇を合わせる事が、できたのだから。

絶対に。何があっても、不可能だと想っていたことが、現実になった。


それはとても苦しくて。


とても…とてもとても……幸せな、ことだった…。



―― もう、俺、やばいかもしんねー


好きすぎて、どうにかなってしまいそうだ。

机に顔を伏せると、落ち着け落ち着けと心の中で呪文のように唱える。


こんなにドキドキしているのに…こんなに身体も頭も動くのに……そう遅くない内に自分はこの世からいなくなるのだろうと思うと、不思議な気持ちに苛まれる。


死んだら…人はどこへ行くのだろうか…?

この世に未練がある人は幽霊になるというけれど。

本当にそうなるのなら、自分は間違いなく幽霊になってしまうだろう。


未練が、ありすぎるから。


もしも、自分が幽霊になったとしたら……気付いて…くれるだろうか……。

コナンの中に居た新一を見つけ出した時みたいに…。

誰も気付かなかった真実を……見つけてくれるだろうか……。


「でも、アイツ、霊感なんて絶対ねぇからな」


ポツリと言うと、思わず笑みが零れた。

『平次と霊感』だなんて、天地が逆転してもありえない組み合わせだ。



けれど、きっと…。



「…お前は見つけてくれるんだよな…」



目に見えなくても。それでも。


平次なら気付いてくれると…何故か確信していた。


こんな身体でなければ、伝えることくらいはできたのだろうかと考えるけれど。

こんな身体でなければ、こんなにも伝えたいと想うことはなかっただろう。

例え自分の寿命がもっともっと長くても、きっと伝えることなどしなかっただろう。

困らせてしまいたいわけでは、ないから。


―― …想いは……持って逝ってやるよ…


この世にカケラも残さぬように、全部。



だから。



自分が死んでも…傍にいることを、許して欲しい…。








「…服部……」








一人呟いた声は本当に小さなもので。すぐに空気に溶けて消えてしまう。



ふいに切なくなって、ぎゅっと瞳を閉じた。










「……服部……」










次に平次を呼んだ自分の声は、溜息にも似ていた。


当然、返事はない。



応える人は、いない。




…声は……届かない……。



ぎゅっと目を瞑ったまま上を向くと、大きく息を吸う。












「…服部……もっと……っ…」










それ以上は、声にならなかった。


口に出してしまえば、自分を支えている全てが崩れ落ちてしまいそうだったから。


それを願ったところで、どうなるものでもないと知っているから。





―― ……もっと、お前と一緒に……いたかった……





心の中で小さく呟いた言葉は……新一の胸を強く締め付けた。










 











今日は平次のマンションに泊まりに行くということで、二人は夕食の買出しに来ていた。

マンションの近くのスーパーはいつものことながら人で溢れている。


「お、白菜が安い!な、服部、今日の夕飯って白菜使ったっけ?」

「………」

「キンピラも作ろうぜ?何かすっげぇ食いたい♪」

「…………」

「おい、服部?服部!」


何も反応を示さない平次に眉を顰めると、ガシッと腕を掴んで軽く揺すってみる。


「えっ!?な、何やねん、いきなりっ!?」

「いきなりって…さっきからずっと話しかけてただろ?聞いてなかったのかよ?」

「え?そ、そやった?」


本気で聞いていなかったらしい平次を少し睨むと、大げさに溜息を吐いて見せた。


「何か最近おかしいよな、お前。何かあった?」

「なっ、何もないでっ!?」


その言葉に平次は過剰なほど反応するのに何もないと言い張るなんて。


―― どんだけ解りやすい嘘だよ…


けれど平次から何も言ってこないということは聞いて欲しくないということで。とりあえず新一はあまり深く追求しないことに決めた。


「……ふーん?」


小さく呟いて野菜の方にまた視線を戻した新一に、平次は心底ホッとした。


正直、平次はうろたえていた。

女と付き合った数は数え切れないし女経験がないとも言わない。

が、実を言うと、平次は人を好きになったのは新一が初めてだった。



そう、つまり『初恋』なのである。



好きな人相手に何をすればいいのか、全然解らない。

というか、新一を見ると自慢の思考回路も全然役に立たないのだ。


顔を見るだけでドキドキする。

これが恋なのか、と平次は心の中で納得した。

胸が、苦しくて、暖かくなる。

涙が出そうなのに、微笑んでいる自分が居る。

後姿しか見れないと…新一の顔が見れないと、切なくなる。


こっちを、見て欲しい。


そのくせ、目が合うとドギマギして上手く話せない。

恋をすると周りのものが見えなくなると言うのは、本当だったらしい。


「何かあんなら、言えよ?」


ふとその言葉に我に返ると、平次の顔を覗き込む新一と目が合った。

ぶっきらぼうに新一はそう言うが、平次を見る表情が平次のことを本当に心配しているのが覗える。

それだけで。新一の瞳に自分が映っているというだけで、嬉しくなってしまう自分が居る。

もう、本当にしょうがないと思う。


「大丈夫やて。心配かけてスマンな?」

「っ!べ、別に俺は心配してねぇよ!」


照れ隠しで怒りながら平次を残して先へ行ってしまった新一を見ながら、クスクスと笑みを洩らした。



新一に傍にいろといわれてから、二人は前以上に一緒にいるようになっていた。

休日は必ず遊びに行って。どちらかの家に泊まって。

新一と一緒にいればいるほど、平次は新一の存在の大きさを痛感させられる。


今まで、「あの人なしでは生きていけない」という言葉を、平次は信じられなかった。

人が死んでも…悲しいけれど…生きていく…。

生きていかなければ、ならないのだからと。



だけど。



新一が死んでしまったら……。


… きっと 自分は 生きていけない …。



「死ぬ」のでは、ない。


生きて、いけない。



世界に色がなくなってしまうのだろう。

自分が空っぽになってしまうのだろう。

心が……砕け散ってしまうのだろう。

生きていく意味を…失ってしまうのだろう…。

瞳を閉じても、尚、色鮮やかに平次の中を染め上げる、たった一人の 人間 ――。


花に水が必要なように。

木に光が必要なように。

傍にいなければならない、存在。



明かりが灯るように。

波が押し寄せるように。

心の中に居続ける、人。



眠るように。

呼吸するように。

生きていく上で必要不可欠な、モノ。




それが……。






…… 工藤 新一 ……。










 











家について早速料理を始め、少し早い夕食を済ませるとリビングでTVを見たり推理小説を呼んだり、事件の話をしたりとのんびりとした時間が流れた。

そして新一がお風呂に入ってくるといってリビングを出て行った途端、平次は緊張を解きほぐすかのように息を吐いた。


―― め…めっさキンチョーすんのやけど…やっぱり慣れへんなぁ……


新一と一緒に居られるようになった事実は本当に嬉しい。嬉しいのだが…。

何がキツイって、このお泊りである。


襲わないでいられる自信が、実はない。


自分だって、れっきとした男だ。

好きだと思ったらキスしたいとか抱きたいとか思ってしまう。


しかも家には二人だけしかいないし、寝るときは布団こそ違えど同じ部屋で眠るのだ。

新一の気配、新一の規則正しい寝息を感じながら眠るなんて、できるわけがない。


自覚してからお泊りは何回かしたが、本当に身が持たない。

手を出したらいけないと何度も何度も自己暗示をかけ、気がついたら動いてしまっている身体をどうにか押し留め、身体の中を駆け巡る荒れ狂う熱を下げようと深呼吸を繰り返す。

そうこうしている内に朝になり、結局平次は一睡もすることなく夜を明けるのである。

つまり、完徹。

泊まりをするのは次の日が休みの金曜の夜から土曜の夜にかけて。そう、2日間、眠れないのだ。

人間、夜に眠るように身体ができているから、これは結構…かなり辛い。


だとしたら、泊まらないための何か上手い言い訳を考えて言えばいいのだろうけれど、嬉しそうに笑いながら『明日はお前ん家に泊まるんだよな♪』などと新一から言われたら嫌とは言えないのだ。

この想いを伝えようかと思うが、せめて明日まで待たなければならないと思い直した。



明日は丁度……。



と、お風呂から上がったのだろう新一がリビングに顔を覗かせた。


「服部、風呂サンキュ。お前も入っちまえよ」

「…あ、あぁ…せや、な…」


横を通り過ぎるときにふわりと香る石鹸の香りに理性がグラリと揺らいでしまう。


―― こんなん、生ゴロシやで!!


そんなことを心の中で叫びながらも、また完徹してしまうのだろうと密かに思った。












ちょっとほのぼの(?)とした時間が欲しくて、書いてみましたvv
残り2話ですねvv
……終わる…よね……ιι(笑)
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