心の 在処 ――




Deep Love

act 18




大学の講義が終わった放課後、平次は大学の近くにある小さな公園に呼び出された。

ぐるりと公園を見渡すが、平次を呼び出した人物は見当たらない。


「…まだ来てへん、か…」


今朝早く、平次の元に美樹からメールが届いた。今日の放課後会いたいという内容で。

けれど平次は少しでも離れていたらまた新一が倒れてしまうのではないかという不安から、美樹の誘いを断った。

が、美樹がどうしてもと言い張るので、少しだけならとOKをしたのだった。


公園のベンチに腰掛けて、ふと、美樹は自分の彼女なのに全然会ってやっていないことに気付く。

流石に悪いと思うが、どうしても新一を優先してしまうのだ。

と、パタパタと走ってくる音が聞こえ、平次は顔を上げた。


「平次、ごめんっ!講義、長引いちゃって!」

「そんなん、ええて。大丈夫か?」


息を切らす美樹に苦笑して立ち上がると、美樹はコクリと頷いて深呼吸を繰り返す。


「何か飲むか?そこの自販機で買うてきたるで?」

「あ、ううん。いいのいいの。大丈夫!」


あはは、と明るく笑う美樹に平次もふ、と笑みを浮かべた。

美樹のこういう明るいところはとてもいいと思う。

けれど、その美樹の笑顔は、すぐに淋しそうな笑みに変わる。


「…あのね、平次…今日どうしても会いたかったのは、話をしたかったからなの…」

「話?何のや?」


電話やメールで話せないことなのだろうとすぐに察したが、流石に内容までは推理できない。

促すように美樹を見ると、美樹は真っ直ぐに平次を見つめ返してきた。


「ね、平次?私、平次のこと、好きだよ。だけど、このままじゃ辛い…」


前にも後にも、進めない。

この辛い状況から、一歩も動けない。


「だから…平次、ちゃんと答えて?誰か他に好きな人、いるんでしょ?」


思いもよらない美樹の台詞に、平次は素っ頓狂な声を出してしまった。


「は?何やそれ?俺は別に…」

「嘘!だって何をしてても他のことを考えてる!私といるときでも、誰かのことを想ってる!!最近は会ってもくれなくなった!!」


美樹の言葉に反論できなかった。

誰と居ても、何をしていても、考えているのは新一のこと。

新一が、心配で。今こうしている間にも苦しんでいるのではないか、と。


けれど、そんなの親友であれば当然のことだと平次は思っている。


「すまん。ちょお、心配な奴がおって…目ぇ離してたら何するか解らへん位危なっかしい奴やし、俺が傍におってやらな…」


ふと自分が口にした言葉に違和感を覚えてその先は続かなかった。



傍にいてやらなければ、いけない?



違う。



そうでは、ない。



新一は結構器用なヤツで、自分のことは自分でどうにかできる。

平次がいなければならないということは、決して無い。




そう…ただ、自分が……傍にいたいと想っているだけ。



キツイ言葉を投げつけられて。冷たい態度もとられた。

それでも、傍にいたいと想う気持ちは止められない。



…止まらない…。




平次の表情を見た美樹は視線を反らせて唇を噛んだ。


「…やっぱり、いるんだね…大切な、人…」

「は?そら、大切は大切やけど、美樹の言うてる意味とちゃうで?」


大切で。大切すぎるほど、大切な人。


正直、彼女の美樹よりも、大切だと思ってしまう。


けれど、それは『親友』だから…。


「平次、どんな顔してるか、解ってないの?」

「顔?」


自分の顔に何かついているのだろうかと、思わず口元を手で覆う。


「すっごく嬉しそうで、愛しそうな顔してた…私、平次のそんな顔初めて見たよ?」


美樹の言葉にギクッとした。

新一の事を想うと、いつも、胸が締め付けられるような痛みに襲われる。

いつもいつも、狂おしいほどの切なさで妬ききれそうになる。


そして…。



いつも。



いつでも…。



心の中を、暖かく満たしてくれる。





「せやけど、ホンマに俺は…」


だって新一は親友でライバルで仲間で…。


「どうして認めないの?どうして解らないの!?」


いきなり声を荒げた美樹に、平次は驚いて言葉を飲み込んだ。

美樹はやるせない気持ちをぶつけるように平次を見た。

他の人から見たら一目瞭然なのに。

どうして、当の本人だけが気付かないのだろう。


傍に居る自分よりも、遠くにいる人をずっと見つめている平次を何度恨めしく思っただろう。

平次にそんな顔をさせてしまえる、見知らぬ誰かに、幾度嫉妬しただろう。

隣に平次はいるのに。


平次の心は……遠くにある…。


その人の事を考えると……嬉しくて、愛しくて…それでいて切ない感情を何と言うのか…本当に解らないのだろうか。



「今、平次が一番逢いたい人は誰!?」



美樹の叫ぶような言葉に平次は目を見張って言葉を失う。

頭の中には新一の姿が鮮やかに浮かんでくる。

そして次いで、きゅうっと胸が締め付けられるような痛みに襲われる。



逢いたい…。



今すぐ逢いたい…。



出来ることならこのまま新一の元へ飛んで行きたい。



飛んで行って…抱きしめて…。




ずっと……。











「…今、誰のこと、想ったの?」


美樹の声にハッと我に返った。


「想うて…そんなんとちゃう!」


自分は何を考えているのだとふるふると頭を振る。

そう、心配だから、つい新一のことを考えてしまうのだ。


「…じゃあ、その人に恋人ができたとしても、平次は笑って祝福できる?」

「っ何…」

「その人に恋人ができて、結婚して…平次から離れてしまっても、心から幸せを願える!?」




―― 無理や!!




考えるより先に心が叫んでいた。

自分の心の声に驚いて、ギリギリで声にならなかった言葉を飲み込むように口元に手を当てる。

無理、と自分は叫んでしまっていた。

けれど。どうして無理なのだろうか。

新一は親友で。大切な奴で。誰よりも幸せになって欲しいと想っているのに。

どうして、新一が結婚して自分から離れたら、幸せを願えないと思ったのだろうか。


新一の幸せは、新一が心から好きだという人と一緒にいることだろう。

新一くらいモテるならば、何年か経てば当然結婚もありえる話だ。

どこが、いけないのだろうか。

いつかは新一と離れることは、当たり前のことで…。


ズキン、と大きく音を立てて平次の胸が痛む。

この感情の名前は知っている。


『独占欲』


自分にもこんなに激しい独占欲があったのかと、自分自身に驚く。

けれど新一は紛れもなく男なのだ。

混乱してきた頭を押さえながら、何とか答えを導き出そうと平次は思考回路をフル回転させる。


「ちょお待てや、今考え…」

「考えないで!」


間髪居れずに響いた美樹の声に、平次は驚いて視線を美樹に戻す。

すると、苦しそうに涙ぐむ美樹の瞳が飛び込んできた。


「どうして考えるの!?考える必要なんてないでしょ!?」




そういう感情は 心で 感じるモノ、だから。




「逢いたいんでしょ!?傍にいたいんでしょ!?必要なんでしょ!?護りたいんでしょ!?強い想いがあるんでしょ!?」


そう。


逢いたくて、堪らない。



傍に…ずっと傍に居続けたい。




無くてはならないほど、自分の中では必要不可欠で。




そして…自分が、護ってやりたいと強く思う。





この、想いは何だろう……?





後一息で答えに辿りつきそうな平次の顔を見た美樹は、うっすらと濡れた瞳を閉じて深呼吸をし、す、と平次の胸を真っ直ぐに指差した。





「平次のここに、いるんでしょう?」





…ドクン…と。



自分の心臓が動き出す。



ようやく、歯車が噛みあって……謎が、解けていく……。





何時の間に自分の心の中が新一で占めつくされていたのだろうか。

それが当然なことだったから、気がつかなかった。

平次の中はいつでも新一で埋め尽くされていたから。

それが、当たり前で。

その意味することまで考えもしなかった。


けれど。


道が開けるように、自分の想いも見えてきた。




「それがっ…人を愛するって、ことなんだよ…?」




美樹の言葉が身体中に染み渡っていく。


―― さよか…俺、工藤にどうしようもなく、惚れてたんやな…


自分でも驚くほどすんなり納得をしてしまって。

新一も平次も男だから、自分が新一に対する想いに気がつかなかっただけ。

自分の感情の名前が、解らなかっただけ。



気がついたら、愛しくて愛しくて堪らないほど、愛していた。


そんな想いも、アリだろうか。




周りが何も見えなくなるほど、熱く。




自分自身で気付かぬほど、深く……深く…。






でも…この深い想いは…届かないのだろう…。

平次は知っている。

新一に…好きな人がいることを…。

新一は想いを伝えることは絶対しないと言っていたけれど…その想いの深さは顔を見ただけで、解っていた。

本当に…その人のことが好きなのだ、と…。


ジリジリと焦げるように平次の心が痛みを訴える。

気がついたら失恋だなんて……。


この溢れんばかりの想いはどこへ行けばいいのだろう…。


「でもね、平次。望みのない想いなら、早く断ち切って…私を、見て……平次には、私がいるじゃない!」


心を読んだかのような言葉に、平次は驚いて顔をあげた。

叶わない恋をし続ける辛さなら、美樹は解っているつもりだった。

だから、そんな辛いだけの平次の恋なら、自分の手で終わらせてあげたかった。

身代わりでも。忘れるための仮初の彼女でも、よかった。

一緒にいて、遊んで、笑って。

そしていつか…傍には自分がいることを…知ってもらえたら…。



「平次…私、本当に平次が好きだよ…ちゃんと付き合いたいよ……」



美樹の気持ちは、痛いほどよく解る。

自分も、美樹と同じなのだから。


自分が美樹をそういう風に見れないように、新一が平次を恋愛対象で見るなんてことは絶対ない。

新一も男。平次も男。

自分の気持ちが間違っているだなんて微塵も思わないけれど、叶わない恋ほど不毛なことはない。

永遠に結ばれることのない新一をずっと思い続けるよりは、美樹のことを本気で考えてみる方が幸せになれるのかもしれない。


こういう恋愛の始まり方も、あるのかも、しれない。


平次は顔を上げて、答えを待っている美樹を見る。


「…美樹……俺…」

「うん」


小さく息を吸い込むと、一瞬目を閉じ、心を決めたようにぐっと腹に力を込めた。






「…俺、付き合えへんわ……」






確かに美樹と付き合っていく方が幸せになれる可能性は高いかもしれない。


けれど。


その可能性を蹴ってでも…新一と一緒に、いたいと思う…。


瞳を閉じると、瞼の裏にはいつも新一がいる。


理屈ではなく。自分自身で解っていた。





…新一じゃないと……駄目なのだ……。








「…好きな奴が……おんねん……」








例え新一に好きな人がいると知っていても。

諦めることなんてできない。

きっと、一生。

フラれてもフラれても、自分は新一のことが好きなのだろうと、思う。


こんな止め処ない想いが自分の中にあったなんて。

平次の答えに、美樹は泣くでもなく怒るでもなく、ただ静かに頷いた。それから閉じた瞳をゆっくりと開けて、涙を零しながら微笑んだ。


「…うん。解った。よく、解ったよ。」


微笑んでいるけれど、その心の痛みはクリアに平次に伝わってくる。

人を傷つけてしまったことにとりとめのない罪悪感に襲われるけれど。


もう、嘘は……つけない…。


平次はぐっと拳を握り締め、勢いよく頭を下げた。


「ホンマに、スマン…」

「…うん…」


美樹は頭を上げようとしない平次を見つめ、もう平次の心は完全に自分から離れてしまった事実を痛感した。

フラれたことはとても辛く、悲しい。

けれど、これも美樹にとっては…前進なのだ…。


「うん。じゃ、別れよ。バイバイ、平次」

「…あぁ…」


辛い気持ちを隠して顔を上げて笑う美樹は、これからどんどんいい女になっていくのだろうと思う。

潔く、下を向かずに平次に背を向けて歩き出した美樹を少しだけ見送ると、平次も美樹に背を向けて歩き出した。

傷つけてしまったことの後悔は、これからもするのだろう。

けれど、自分の中の一番に気がついてしまった。



―― ……工藤……



心の中でその名を呼ぶだけで、こんなにも愛しい。




そして、早く逢いたいと………想った………。
















やっとここまできましたっ!!
ラストスパートかけます☆☆
実は、美樹ちゃんというオリキャラを出したのは、平次に自分の想いを自覚させるためでもあったんですvv
ちゃんと計画通り(?)書けてよかったですvv

そして、『DEEP LOVE』、残り3話となりましたっvv
カウントダウンですvv頑張りますvv
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