一つだけ 願いが叶うなら ――




Deep Love

act 17




新一を家まで送り届けるために支度をすると言って別の部屋に入りドアを閉めた平次はゆっくりと息を吐いた。

はぁ…と吐く溜息さえも熱くて堪らない。



まだ…熱が……収まらない……。



最初は本当に薬を飲ませるための手段としてキスをしたのに。


本当は薬を飲ませたらそこで離れなければならなかったのに。


一回唇を合わせてしまうと……もう、駄目だった…。


欲しいと強く思ってしまった。



腕の中に新一が居るという事実だけで平次の心が奮えた。

離れたくないと想って…抵抗する新一の意識を奪うように、キスを仕掛けていって。

何も考えられなくさせるようなキスをしていたはずなのに。

気がついたら、自分の方が何も考えられなくて…無我夢中で新一にキスを繰り返していた。



嵌ってしまっていたのは…自分の方……。



理性が、効かない……。



自分の身体がこんなに勝手に動いてしまうものだとは知らなかった。

何かの拍子にネジが取れてしまったのかと本気で考える。


こんな自分は、おかしい。



本当に、心からおかしいと思うのに…。



もう一度新一とキスができるのなら、おかしいままでいいと思ってしまう。



矛盾だらけで、訳が解らない。

平次は小さく溜息を吐き、あまり待たせてはいけないと急いで支度をした。










 











新一の家に到着すると、平次は嫌がる新一の抗議を無視して抱き上げ、部屋まで連れて行った。

発作の余韻でまだ力が入らないのだろう、抵抗する新一の力はとても弱くて。ジリッとした不安を消すように新一の肩に回した手に少しだけ力を入れる。


「は、服部!もう、いいっ!ここでいいから!もう降ろせって…」

「何言うてんねん。ベッドまで連れてったるから、大人しぃしとき」


リビングで降ろせという新一の意見を却下すると、足早に寝室へ運ぶ。

負担が掛からないようにそっとベッドの上に降ろしてやり、上から布団を掛けた。


「何か欲しいモンあるか?」


その問いに、新一は小さく首を横に振った。


「いらね。もういいから、お前、帰れよ」


あんなに酷い言葉を投げつけて。酷い態度もとったのに…こんなに心配してくれる。


―― もう、十分なんだよ……十分すぎるだろ…


心の中の感情とは裏腹に冷たく帰れと言ってのけると、平次も抑揚のない声でふーんと呟いた。


「さよか」


これが平次とする最後の会話なのかと思うと、新一の心が荒れ狂ったように痛み出す。

最後になるように仕向けたのは新一の方なのに、そんなことなど忘れてみっともなく行くなと叫びたくなる。

もぞっと寝返りを打って平次に背を向けると、後はただ平次がこの部屋から立ち去るのを待った。





…のだが。





「せやけど、俺の方はまだ大事な用事があんねん」

「……え?」


そう平次の声が聞こえたかと思うと、こちらへ近づいてくる気配がした。

新一が気付いた時には、ギッと音を立ててベッドの端に座った平次が新一の頭の両脇に手を着いて上から見下ろしていた。


「はっ…!??」


新一が逃げられないよう、少し体重を掛けて覗き込むと、それだけで新一は簡単に動けなくなってしまう。


「工藤は何やえらい言いたい放題言うてくれたけど、ちょっとは俺の意見も聞いてくれてええと思わへん?」


にっこりと笑みを浮かべているものの、怒りのオーラが見える。

平次がこんな怒り方をするのは、初めて見るところからしても、よほどのことだろう。


「一コ確認しとくで。……俺が居らん方がええて、本気ちゃうんやろ?」

「っ!?」

「俺、工藤に必要あらへんか?」

「っ…」


瞳を反らすことも許されず、ただ真実を知ろうとする平次を見ていると、自分の中の真実も暴かれそうで。


これだけは…自分の想いだけは…知られるわけにはいかないのに…。


伝えないと、決めた。

何があっても。どんな事がおころうとも。


伝えてはならない想いも、あるから…。


何も言おうとしない新一に焦れたのか、平次は怒りをぶつけるように怒鳴った。


「っムカつくねん、工藤はっ!!」

「っ!?」

「何で俺に何も言わへんねん!!何で俺から離れようとすんねん!!」

「っ…」


平次の一言一言に、新一は焼かれたような痛みを覚える。


―― …悪ぃ……お前を…苦しめたくなんか、ねぇのに…


それなのに今平次が感じている苦しみは、怒りは、全て新一の所為で。



…やるせないと、思う。



結局、一番大切なヤツを大切にしてやれない。ともすれば、一番酷い方法で裏切っているのだろう。

新一が何か言わなければと口を開くより早く、平次が苦しそうな声を吐き出す。





「何でっ…死ぬ覚悟なんかしてんねん……」


「!!」





心臓が、止まってしまうかと思った。


平次は、知っている。



もう、新一に残された時間がないことを…。



そして…自分の覚悟を……。





「…めっちゃ…ムカつくっちゅーねん……」


平次がどうあがいても手の届かないところへ、独りで逝ってしまう…。

平次を…残して……。



本当は、解っている。

新一は優しいやつだから、新一が死んだ後平次が悲しまないように最善をつくしてくれているのだろうということ。

平次が悲しみに引き摺られないように、早く新一を忘れられるように……。

そういう…ヤツ、だから…。



けれど。



死ぬ『準備』など…して欲しくは、ない…。



「…死んだりせぇへんて…言うたやんか……」


新一の肩に額を当ててそう言う平次の顔は見えないが、声が震えていて。

思わず平次の背中に腕を回しそうになってしまう自分を抑え、新一はできる限り冷静な声を出す。


「…死なねぇよ、俺は…」


そう言った瞬間、平次はガバッと顔を上げて新一を睨めつける。


「っ!ほんなら何で…」

「俺、まだ全然生きること諦めてねぇよ。それにまだ死ぬって決まったわけじゃねぇだろ」


そう、諦めてなどやらない。


諦めきれない…人がいるから…。


「はっ!今まで散々変な態度とりよったクセによー言うわ」

「…んなの、俺の勝手だろ…」


呆れたように言う平次にムッとしてそう返すと、平次の瞳の中の怒りが強くなった。


「…勝手、やて?そんなん、俺が許す思うてんのか?」


怒った平次に見据えられ、新一は一瞬息を呑む。

もう目を合わせていられなくて、ふい、と顔を横に反らすとふぅ、と息を吐いた。


「…もう、マジで俺のことは放っておけよ…」


そう言った言葉は、どこか諦めに似ていて。

カッとなった平次は新一の顎に手を掛け、強引に視線を合わせた。


「工藤!目ぇ反らすな!俺を見ろや!!」

「っ…」

「ええか、工藤!俺は工藤を逃がす気ぃはない、ちゅうのはさっき言うたよな?それは解っとんのか?」


新一が離れようとする意思ごと全て打ち砕くような平次の視線に、新一はヤバイ、と思った。


捕らわれてしまう。その強い視線に…。


自分の本心を全て引き摺り出されそうな…強い瞳に…。


「まとわり着くで、俺!いつでもずっとお前に付き纏ったる!何があってもや!」


そんな事を言われると…堪らない…。

そうまでして傍に居続けたいと言ってくれることに、泣きたくなる。


「…な、んで…だよ……何でお前…あんな酷いこと言った俺のことなんか気にするんだよ…もう放っておけばいいだろ!?」


新一から嫌な言葉を沢山聞かされて、怒っているはずなのに。

ここまでズタボロに言われて、苦しめられて…悩まされて…。


―― …もう、いいだろっ……もう……見限ってくれて…いいんだ……


平次には、新一から離れる十分すぎる程の理由があるのに。

早く罵声でも何でも浴びせて、愛想をつかせてくれればいい。



でなければ…自分は…。



「放っておかれへん。そんなんに理由なんやいらんやろ。俺には工藤が必要やから……放っておいてなんか、やらへん!」



心臓に痛いほどの衝撃が走る。

もう、駄目だと、思った。

好きで好きで…好きすぎる人からこんなことを言われているのに。断れるわけが、ない。

嘘なんか、つけるはずもない。



そう、平次の言う通り、多分、理由なんていらないのだ。

心が求めてしまうことを、止めることなんてできやしない。


疫病神でも…平次が必要としてくれるなら…。


残された時間、少しでも長く、一緒に……。



そんな事を…願っても…いいのだろうか…?







「…バーロ……」

「馬鹿は工藤の方やろ!めっちゃ腹立ってしゃーないわ!大体工藤が変なトコで意地はるから悪いんやんか!俺、こない怒るの久しぶりやで!?」

平次は怒りをぶつけるようにそう一気にまくし立てる。

そしてすぐに、ふーーーっ、と長い息を吐くと、新一を見る瞳を和らげた。




「せやけど…工藤が一緒に居ってええ言うんなら、許したるけどな?」



「……え…?」




平次の予想もしない言葉に、新一は一瞬思考が止まった。

今、許すと…言ったのだろうか…?

空耳かと思って平次を見つめるが、平次の瞳の中の怒りは消えていた。


「…だ、って…」

「だってやないやろ。工藤が言う言葉は一つだけや……ええ、て…言えや…」


信じられない。それが新一の正直な感想だった。



だって、平次は新一の言葉を聞くまでもなく……もう許してくれているのだから。



どうして、と思う。

どうしてこんな自分のことをそこまで大切に思ってくれるのだろうか。


「工藤…早よ言えや…」


新一の髪をさらりと撫でて、その言葉を今か今かと待つ平次を見ていると、自然と口が笑っていた。


「ホント、服部は馬鹿だよな。こんな馬鹿な奴、見たことねぇよ」


いきなりクスクスと笑い出した新一に呆気に取られたように言葉を失っていた平次だったが、ハッと我に返った。


「ちょお、工藤!?さっきから馬鹿馬鹿て…」

「…いいよ…」

「え?」


新一の言葉の意味が解らずに平次はマヌケな声を出してしまった。

その事に更にクスクス笑った後、新一はフルフルと首を横に振った。


「いや、違う。…そうじゃ、なくて…その…」


もう、言える。

隠すことなく、自分の願いを正直に。


「色々、ごめん。ちゃんと謝るから……俺と一緒に居ろよな、服部」



この命尽きるまでは、お前と…。




お前と一緒に、いたいから………。




最後の我がままを…叶えてほしい……。





「望むところやで。もう取り消しは聞かへんからな!」

「あぁ」


しっかりと頷いたのを見届けると平次は笑って、ようやく新一の上から身体を起こした。

ベッドの端に腰掛けて、上半身を起こした新一を見つめる。

目が合うと、新一は少し視線を泳がせ、言いにくそうに言葉を紡ぐ。


「服部…えっと、ホントごめ…」

「ごめん、はさっき聞いたで。ええよ。俺、許したるて言うたやろ?」


優しく諭すように言うと、新一は少し目を見開いた後、目を細めて嬉しそうに笑った。

その笑顔が平次の心臓にドックン、と衝撃を与える。何だか直視していられない。

話題を変えるために、ふと思いついたことを新一に提案してみた。


「せや!な、今日泊まってってええか?」

「駄目だ!」


調子を取り戻したのか、いつもよりキッパリとした即答が返ってきた。



「…………何でやねん…」



あまりにスパッとした答えだったので、平次は眉を顰めてぶすっとした不満そうな声を出して抗議する。


「お前にはお前の生活があんだから、そっち優先しろよ。これ以上服部に迷惑かけるわけにもいかねぇし」

「アホ!迷惑なんて思うてへんわ。迷惑やて思てたらそんなん言わんで」

「…そりゃそうだけど…でも…」


何だかしどろもどろになってしまった新一を見て、平次は小さく笑った。


―― 変なトコで遠慮しよって…ホンマ、アホやなぁ…


それなら仕方ないと、少し乱暴気味に新一の頭をくしゃくしゃと掻き乱してやる。


「しゃーないなぁ。ほんなら今日は帰るわ。明日朝また迎え来るから待っとれや?あ、朝メシちゃんと作って食うんやで?」


平次の言葉を大人しく聞いていた新一だったが、朝メシを食えというところで動きがピタッと止まる。


「…服部、そーゆー事うるせぇよな…」


別に朝食べなくたって…とブツブツ文句を言う新一に苦笑を洩らす。

相変わらず面倒くさがりなヤツだと思う。


「工藤がずさん過ぎるから、やろ。ええわ、そんなら俺が明日朝メシ作ったる」


決定事項としてそう告げると、新一は少し迷った後頷いた。


「ほな、また明日…」

「服部!」

「ん?」


平次が部屋を出ようとした時呼び止められ、新一を振り返る。

何か言おうとしては口を閉じ、少し何か迷っていた素振りを見せた後、新一は小さい声で呟いた。


「…えと…サンキュな……色々…」


新一のお礼の言葉に平次は目を見開いて驚く。

が、すぐに嬉しくなって笑って頷いた。


「ちゃんとゆっくり休めや?」


それだけを言い残すと、平次は部屋を後にした。

工藤邸を出ると、心地よい風が平次の頬を撫ぜた。瞳を閉じて暫くの間その風を感じる。

傍に居られると…否、傍に居ろという新一の言葉が思った以上に平次の機嫌を良くしていた。

軽くなった心を隠すことなく、軽快な足取りで平次は自分の家へとバイクを走らせた。








やーっと仲直りしましたvv
って、遅いよ!!(をい/笑)
次は平次の気持ちに答えがでる…かもしれないです
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