「さようなら」と 言えない君の…





精一杯の 「さようなら」 ――






Deep Love

act 13






映画が終わってウキウキとした新一が嬉しそうな笑みを振り撒きながら平次に話しかけてくる。


「でよ、あそこの場面が迫力あっていいよな。それに…」


しかし今の平次はそれどころではない。

嬉しそうに笑う新一を見ているのは正直平次も嬉しいし楽しい。

いつもより無邪気な笑顔に瞳を奪われてしまうことも少なくなかった。



けれど。



平次でも可愛いと思う笑顔をしている新一を見た周りの人間が、頬を染めて新一に見惚れているのが…気に食わない。



本人は自覚などないのだろうけれど、新一は本当に綺麗な顔をしている。

その麗しい顔で嬉しそうな笑顔をしていたら、誰でも瞳を奪われるだろう事は予測済みである。

予想の範疇なことだというのに、何故かカンに触るのだ。

また一人、新一の笑顔に見惚れてしまった人間が足を止めて呆然と新一を見ている。





―― つーか、見んなや。工藤は俺に笑ろてんやで…





見惚れている人間を不愉快そうにジロリと睨む。


「服部!」

「うわ!!な、何や!?」


他の事に気をとられていた平次は新一の呼びかけに驚いて声を上擦らせてしまった。

当然のことながら、新一は怪訝そうに眉を顰めて平次を軽く睨む。


「何してんだよ?話、聞いてねぇだろ!」

「え、いや…」


実際その通りなのだが、通行人が新一の綺麗な笑顔に見惚れているのが気に食わず、ムカムカしていたなんて口が裂けても言えない。

平次が言い訳を考え始めたとき、何かに気付いたように新一は平次を覗き込んだ。


「…服部…何か、怒ってる?もしかしてあの映画、気にいらなかったのか?」


流石は東の名探偵。

平次の些細な表情で怒っていることを読み取ってしまった。

しかし、理由は解らなかったらしい。まぁ、そこまで当てられると平次がとても困るのだから助かったと言うべきだろう。


「ちゃ、ちゃうて。ちゃんと、おもろかったで。最後、時限爆弾が爆発するシーンなんや、迫力満点やったしな!」


最後に大爆発が起こるシーンは、お金をかけたのだろう、平次からして見てもど迫力だった。

話を反らせようと映画の話題をふったのに、新一はますます不可解そうに眉を顰める。


「最後?最後の爆弾は遠隔操作型の爆弾だったぜ?」


しまった、と思ったがもう遅い。


「んだよ、ちゃんと見てなかったのか?」

「そないなことあらへんて!ちょお間違うただけや」


本当は半分くらいしかちゃんと見ていない。

後の半分は隣に居る新一のことでイッパイイッパイだったのだから。

新一は先ほどから何だか挙動不審な平次にどうかしたのかと首を傾げるが、そんなに深く追求しなくてもいいかと思い直す。


「ま、でもマジであそこの爆発は凄かったな。俺もドキドキしたし♪」


話題を変えた新一にホッと胸を撫で下ろしたらしい平次は、新一の笑顔に釣られるように微笑んだ。


「な、また映画行こおや?俺も観たい映画あんねん」


その言葉を聞いた瞬間、新一の空気がピンと張り詰めた。


「工藤?」


首を傾げながら新一を呼ぶ平次の声にハッとした新一は表情を見られないように俯いた。


「…そんな、先のことはまだ解んねぇよ」

「ん?先言うてもそれくらい別にええやん?」


何気なくそう言ったのに何故だか硬い表情の新一に平次が眉を顰める。

俯いている表情を見ようと新一の肩に手を掛けてこちらを向かせようとした瞬間、新一はポツリと言葉を発した。





「…………腹…」





「腹?」





意味が解らない言葉に、思わず新一の肩に置いた手はそのまま固まってしまう。

お腹がどうかしたのだというのだろうか?

自分なりに推理し始めた矢先、新一が勢い良く平次の方に向き直ってきた。


「腹、減った!すっげぇ腹減った!我慢できねぇ!何か食いてぇ!」

「工藤?どないしたねん、急に…」

「俺は腹が減ったんだよ!どっか入ろうぜ!いいよな!」


平次に物言わせぬ勢いで話を進める新一に目を見開いていた平次だが、その内容にぷっと吹き出す。


「ハイハイ、ええで。何食いたいんや?」

「…何でもいいけど…」

「ほしたら、いっちゃん近い店にしよか。我慢できへんのやろ」


コクリと新一が頷くのを確かめてから頭の中の地図で一番近い店を探す。


「せや、新しくできたパスタの店行ってみんか?近いし美味いて評判やで?」

「じゃ、そこにする。行こうぜ」


早口でそう言うと新一は平次を置いてスタスタと歩き出した。

新一のいきなりの言動を不思議に思いながらもボーっと新一の後姿を見ていると、前を歩いている新一がピタリと立ち止まり振り向いた。


「何してんだよ?行かねぇのか?」


数歩歩いて立ち止まった新一は、ついてこない平次に首をかしげると平次の元へ戻ってきた。


「服部?」


覗うように平次を見上げてくる新一に、思わず噴出してクスクスと笑ってしまった。

もちろん、どうして平次が突然笑い出したのか解らない新一は驚いている。


「は、服部?何、どうしたんだよ、お前?」

「っくっくっく、す、すまん。何や、工藤がえらい可愛ぇことするから」

「はぁ?な、何がだよっ!」


訳が解らず眉を顰める新一に、平次はクスクスと笑いながら新一の頭をくしゃっと撫でてやった。

新一は猫みたいなところがあって、誰かと一緒にツルんでいなくてはならないどころか、何でも一人でこなしてしまう。

先ほどだって平次を置いてさっさと歩き出してしまったくらいだ。

けれど、例え先に進んでいても、新一は必ず平次を待ってくれる。

数歩だけ進んで振り返った新一は不思議そうに、けれどどこか不安そうに平次を見ていた。

そして何だかんだ言いつつも、平次の元へ戻ってきてくれた。



いつだって新一は平次を振り回す。

けれど、いつだって、新一は平次のことも考えてくれている。

待っていてくれることが、自分の存在を忘れないで居てくれることが、こんなにも嬉しい。


「スマンスマン。ほな、行こか?」


笑いは収まったがニコニコしている平次に新一は複雑そうな顔をした後小さく溜息を吐いた。


「…お前のツボって、よく解んねー」

「ん〜?簡単やと思うけどなぁ?自分でも単純やて思うことあるし」


自分で自分のことを単純と言い切った平次に今度は新一がぷっと吹き出した。


「そうだな、俺もそう思う」

「工藤ぉ〜?ソコは否定するとこちゃうんか〜?」

「嘘嘘、冗談だって」


楽しそうにクスクスと笑う新一に、平次もふっと笑みが零れる。

そしてやっぱり自分は単純なのだと思った。

新一と一緒に居るだけで、こんなにも楽しく笑えるのだから。


「せやけど、そないに腹減るまで我慢せんでもええのに。」

「…え、あ、そうだな…」


動揺しそうになる気持ちを咄嗟に抑えて、新一は平次から視線を反らせた。

平次に気付かれなかったことに小さく胸を撫で下ろす。





―― 俺、そんなにいい人間じゃ、ないぜ…





誰に言うでもなく心の中で呟くと、新一は瞳を伏せた。





―― ごめん、服部……











―― …「次」の約束は……してやれない……。















 
















大学の講義の終わりの鐘がなり、新一はいつものように帰り支度を済ませて席を立った。

そして教室から出ようとした、まさにその時、ガシッと後ろから肩を掴まれた。


「工藤!ちょお待ち!」

「何?」


特に慌てることもなく、新一は視線だけで平次を見る。


「一緒に帰ろ。すぐ支度するよって、待っといて」


ニッと笑って見せる平次に、新一は首を傾げる。


「は?何で?何かあんの?」


不思議そうにそう問うが、平次は笑顔を崩すことなくさらりと言う。


「工藤と一緒に帰りたい思うただけや」


憎めない笑顔を浮かべる平次に新一はさらりと受け流す。


「方向反対だろ。遠回りになるから駄目だ」


冷静にピシャリとそう言ってのける新一に、平次は口を尖らせた。


「冷たい奴っちゃのー!ええやん、一緒に帰りたいんやから」


そう言うと、新一の瞳に動揺が走った。それを見逃すほど鈍くない平次がもう一押しだと腹に力をこめたその時。


「平次〜」


明るい声が聞こえて、平次の左腕に美樹が腕を絡めるようにして抱きついてきた。


「おわ、美樹?」

「ね、もう抗議ないんでしょ?買い物付き合ってくれない?」


ニコニコ微笑みながら平次を見上げる美樹に、新一はふっと笑った。



―― ナイスタイミング、だな。



「ほら、行ってやれよ。じゃ、俺は帰るな」

「は?ちょ、工藤おっ!?」





呼び止める平次に軽く手を振った新一はそのまま振り返らずに帰っていった。















 
















大学を出て、帰路に着きながら頬を撫ぜる優しい風に、新一はゆっくりと目を伏せた。

仲睦まじい様子の二人を見ていたくなくて、平次の止める声が聞こえていながら無視をして逃げてしまった。

慣れなければいけない、と自分に言い聞かせる。


そしてふと、平次が大学生になって初めて彼女が出来たときもそう考えたことを思い出した。

進歩のない自分に呆れる。



平次は平次の道を。新一は新一の道を。



こうやって、それぞれ、別々に歩んでいくのだろう。





ふと新一は携帯に目を留めて携帯電話を彩っているストラップを見た。

思わぬことではあったけれど、おそろいと言われて飛び上がるほど嬉しかった。

けれど心は更に欲張りになっていて。

それ以上に思いついてしまった自分のワガママを実行に移した。

手の中にある青い石のついたストラップを見ながらふっと微笑む。


そう、何でもいい…。



…平次のモノが、欲しかったのだ。




一瞬だとしても。




平次の付けたそのストラップを手に入れることが出来た喜びは大きかった。








―― ちょっとワザとらしかったかも、な…








そう思うけれど平次は自分のそんな考えにも気付くことなくワガママを聞いてくれた。



それが、どんなに……。










「工藤!」


声をかけられると思っていなかっただけに驚きは大きく、思考を中断させてビクッと肩を震わせた。

振り返った新一が見たものは、その声の主が走りよって来る所だった。


「…は、服部?何で追いかけてくるんだよ?」

「一緒に帰ろ言うたやろ」


何で置いて行くねん、と怒り交じりにそう言われれば、彼女の誘いを無下にも断ってしまったのだろう様子が手に取るように浮かんでくる。

もちろん、酷い断り方はしなかっただろうけれど。



最近、新一の助言を受けてから、美樹は何かしろ積極的に平次を遊びに誘うようになっていた。

頑張れと言った新一の言葉を実行しているのだろう。

そんな美樹の行動には、新一も驚いて、そしてすぐに嬉しくなった。

平次の隣にいるのが自分ではないのは胸が痛むけれど、平次のために努力を惜しまない美樹を、新一は嫌いではなかった。


自分が平次のために何かしてやろうと思うのにも限度はある。

それを補うように、誰かが平次のために何かしようと思ってくれることは、新一にとって嬉しいことだった。





しかし。





しかし、である。





そんな美樹の努力が一回も叶ったことはないのだ。

その理由はもちろん、平次が毎回断っているからにすぎない。

平次はあれ以来、新一の傍にいるようになっていた。

気がついたら平次が傍に居る現実が嬉しくなかったわけではないが……それは……。


「バッカ、お前、んなことしてっと彼女に愛想つかされるぞ」

「そんならそれでええわ」


彼女と別れることになっても少しも後悔しないと本当に思っているらしい平次に、新一はワザとらしく、はぁ、と大きな溜息を吐いて見せた。


「…あのさ、服部……お前、俺の発作のこと気にしてんだろ」


微かにだが、びくっと平次の体が揺れた。

返す言葉に詰まってしまったところからしてみても、図星なのだろう。

とは言っても、常人であれば見逃してしまうほどの、そんな些細な変化ではあったが。

解ってしまった自分に、思わずふっと笑みがこぼれた。


「やっぱりな…でも、マジ大丈夫だから。そんなに真剣になるほど酷くねぇし、発作って言ってもたまにしかこねぇからさ」


できる限り、軽い口調で淡々と述べていく。

図星を指されて動揺しているものの、人一倍鋭い平次に自分の嘘を気付かれないように。



発作の回数が増えていることを知られてはいけない。




痛みが酷くなっていることも知られてはいけない。





気絶している時間が長くなっていることも、知られてはいけない。









……「死」に近づいているだろうことも………知られるわけには、いかないのだ…。










「だから彼女に構ってやれよ。俺といる時間減らせばもっと長く彼女と居られんだぞ?」


顔に笑みを湛えながら、諭すように言う。

そんな新一を見て平次はムッとしたように眉を顰めた。


「…俺が工藤の心配したらアカンのんか?」


ドクン、と心臓が大きく跳ねる。

その一言だけで新一のポーカーフェイスが崩れかかってしまう。


「…そういう…わけじゃ、ねぇけど…」


平次はズルイと…思う。

たった一言、言葉を発すればそれだけで新一を一喜一憂させてしまうのだから。

それでも悔しいと思えないのは…平次だからなのだろう。


―― バーロォ…


クスッと心の中で笑うと、ポーカーフェイスのまま顔を上げた。



「俺、一人でいるほうが気楽だし…本当は馴れ合うのって、すげぇ嫌い…」


















これが、最後の嘘になる。





















だけど、さようならは…言ってやれない…。
















驚いた顔の平次を見てちくりと心が痛んだが、それでも新一は言葉を続けた。















「お前がいない方が、いい……もう俺に構うな…」






























…これが新一の精一杯の…別れの言葉…。






























それは…完全なる平次への……拒否、だった……。
















離れては近づいたり、近づいては離れたりしてますねιι
しかし、すごく長編になってるなぁιι
書くのも大変ですけど、読んで下さっている方々の方がもっともっと大変でしょうねぇιι
こんな小説を読んで下さってる皆様、本っっ当に感謝しておりますっvv
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