今も尚 ……


心に 雨が 降り続ける ――




Deep Love

act 9




ポツポツとした雨は、ほどなくしてザーザーという雨に変わった。

冷たい雨が新一の身体を打ち付けるが、そんなことなどどうでもいいことだった。


家へ向かう足取りは重く、いつもなら15分で帰れる道のりなのに30分経った今でもまだ家に着かなかった。




そして気付く。

自分がどこへ向かっているのか。





自分の家に帰ろうと思いながらも、足は勝手に平次のマンションの方へと進んでいたのだ。





気がつくと目の前は平次のマンションで。新一はインターホンを押そうと腕を伸ばしていた。


と、自分がすごくずぶ濡れになっていることに気付いた新一は、ふっと苦笑をもらしてその手を引く。


―― こんな格好見られちまったら、あいつ、すっげぇ心配すっからな…


マンションを一度だけ見上げて少しだけ息を吐き出すと、新一は背を向けて今度こそ自分の家へと足を運んだ。













途中でコンビニがいくつかあり、そこで傘を買おうとも思ったが、どうせこんなに濡れてしまえば後はどれだけ濡れても同じことだと思い直してコンビニを素通りした。

雨が降っているからか、人通りも車通りもない道を新一はゆっくり歩く。





後2分くらいで家に着くだろうというところで、いきなり驚きを含んだ強い声が響いた。





「工藤!!」





その声に目を見開いて自分の歩いている先を見ると、傘を差した平次が怒りのオーラを身にまとってずんずんとこっちに向かってくるところだった。


「何してんねん、傘もささんと!!風邪引いてまうやろ!!」


自分の傘を差し出して新一を雨から守ってくれる平次の言葉も、今の新一はしっかりと聞き取ることができない。

それほどに目の前に居る人物が信じられない。


「服部?何でお前、こんなところにいるんだよ?」


平次の質問に返答せず、思ったことを口にする新一に平次の怒りは更に大きくなったようだ。


「どうでもええわ、んなこと!!それより工藤やろ!!こないにずぶ濡れになりおって!!」


袖で新一の頬の雨を拭いながら、平次は無理やり新一に自分の傘を押し付けた。そしてすぐに上着を脱ぐと、新一の頭にかぶせてゴシゴシと拭いてくれる。

それでもまだ平次がいることに現実味を見出せない新一は呆けたように平次に言葉を返した。


「だって傘持ってなかったし…どうせ家に帰るだけだから…」


すると、今日一番の平次の怒声が返って来た。


「こんのアホ!!早よ帰るで!!」


平次はがしっと新一の腕を強く掴んでぐいぐいと引っ張っていく。


すぐに新一の家に着くと、新一に鍵を出すように言い素早く開錠して新一を家の中に強引に押し込んだ。





そしてテキパキと風呂の準備を整えて、あっという間に新一を浴槽へ連れて行った。


「着替えはこれでええな!?ここ置いとくで」


何時の間に持ってきたのだろうか、平次の手には新一の着替えがあった。

よく着替えがある場所が解ったなと思ったが、そう言えば平次は新一の家に泊まることが珍しくは無かったことを思い出した。

大学が一緒になってから、お互いの家に泊まり合うことも多く、平次はすでに新一の家のどこに何があるのか知り尽くしているのだ。


「あ、サンキュ…」


着替えを隅に置かれてタオルを渡された新一は、平次の勢いにクスッと笑ってお礼を述べる。


「ええか!しっかり暖まらんうちに上がってきよったら許さへんで!!」


ビシッと指を突きつけられて新一が驚いている隙に、言いたいことを言い終えた平次はすぐに他の部屋に行ってしまった。

新一は平次の怒りの中に心配していることをしっかりと感じ取り、笑みを浮かべるともう一度小さくお礼を言った。










 











新一は平次の言葉通りしっかり温まって風呂から上がり、平次の元へと向かった。

居間に居た平次に新一が顔を見せると、ようやく平次は一つ息をついて肩の力を抜いた。


「温まったみたいやな」

「悪い、迷惑かけちまって」


新一が謝ると平次は少しだけ眉間に皺を寄せて新一の頭をコツッと叩く。


「そーゆーこととちゃうやろ。ったく、工藤はもっと自分を大事にせぇや?」


それは新一の身体を心配してくれている、平次の優しさ。


「肝に銘じとく」


笑ってそう言った新一に納得がいかないのか、少しだけ眉を顰めた平次は盛大に溜息を吐いた。


「ホンマ、俺が来てよかったわ」


何だか平次が居なければ何も出来ないとでも言うような平次の言い分に、新一はムッとして言葉を返す。


「でももう少しで家に着くところだったし…風呂だって…」

「どうせ工藤のことやから後少しの距離を5分くらいかけて帰って、風呂かて入らずにシャワーだけですませるに決まっとるで」


まるで見てきたかのようにサラサラと詰まることなく一気に言ってしまう平次に、新一は黙り込んだ。

正直、考えてみるとその通りなのだから。


もし平次が来なければあのままゆっくりとした足取りで家に帰り、お風呂を沸かすのが面倒くさいのでシャワーだけで終わっただろう。

どうしてそうズバズバと新一を見抜いてしまうのだろうかと考えながらも、新一は気になっていた質問を投げかける。


「そう言う服部は何であんなとこにいたんだよ?何か用でもあったのか?」

「ああ、工藤に渡してなかったモンがあったの思い出してな」

「…何だよコレ?」


手渡された少し厚いプリント類を怪訝そうに見た後、新一は平次に視線を戻す。


「工藤がおらんかった講義で出された宿題や。ちなみに提出期限は1週間後やで」


期限を聞いた瞬間、新一は驚きの声を上げた。


「一週間!?何で、んなに短ぇわけ?これレポートだろ?」


少なくとも1センチも厚みがあるこのプリントの束を一週間で仕上げろと言うのか。

そんな無謀極まりないことに抗議しようと新一が平次を見ると、平次も嫌そうに息を吐く。


「先生が鍋ヤンやから、しゃーないわ」


鍋ヤンというのは鍋島という先生で、やたらめったら宿題を出す上に、提出期限が恐ろしく短いので生徒からあまり良く思われていない。

しかも下手にブーイングなどしてしまうと、更に宿題の量を増やすので生徒達は諦めてその課題を片付けるしかないのだ。

それでも授業自体は解りやすいので好かれていないわけではないのだが、生徒達が鍋島を語る際には必ず最後に「でもあの課題の多さがちょっとなー」と口を揃えて言う。


先生の名前を聞いた瞬間、新一は諦めて課題をすませてしまおうと素直に思った。


「ホンマ期限短ぉてかなわんなぁ。まぁ、せやから工藤に早よ持って行ってやらんとって来たんやけどな」

そう思い立って平次が工藤邸に到着したはいいが、チャイムを鳴らしても反応がなく、新一はまだ帰っていないらしかった。

しかし、この課題は絶対今日中に届けなければと思い、とりあえず一度家に帰ってから電話をしてそれから新一に届けてやろうと考えた。

その帰り際、ずぶ濡れになっている新一を見つけたのだ。



溜息交じりにそう告げて苦笑すると、平次はチラッと新一に視線をよこす。


「ほんで?なして雨ん中傘差さずに帰っとったんや?」


その直球的な物言いに、新一は話題を逸らせなかったことに心の中で舌打ちをした。

出来れば聞かれたくないことだから。


「…ちょっと考え事…」


少し躊躇った後、ボソッとそう言うと、平次はますます眉を顰めて新一を見やる。


「考え事?何かあったんか?」

「い、や…別に…」

「別にやないやろ。雨に濡れるんが嫌いな工藤があんなずぶ濡れになってんのやから」


こんなトコロにまで鋭すぎる平次を少々恨む。


「…今日の夕飯、何にしようかって考えてたんだよ」


考えて考えた結果、こんな答えしか出せなかった自分を馬鹿だと思った。

それでもポーカーフェイスを駆使して言ったのだから、多少は信憑性があるのではないかと新一はチラリと平次を見たのだが。


「工藤の嘘は解りやすうてアカンなぁ」


一瞬にして新一の嘘は見破られた。

即座に次の言い訳の考えに頭を回転させていた新一よりも早く、平次は少し残念そうに口を開いた。


「工藤、俺、そないに頼りないか?工藤が言いたないなら聞かへんけど、何や信用してくれてへんみたいやから流石に凹むわ」

「っ!わ、悪い!!違っ、信用してねぇとかじゃなくてっ」


それは大きな誤解だ。





信用している。何よりも。誰よりも。





信頼しているというのなら言わなければならないこともあるのだろう。



けれど今それを言ってしまったら……傍に、いられなくなる…。





「冗談やて。解っとるよ、工藤が俺を信頼してくれとること」


必死な新一を見てクッと笑った平次は、次いで真っ直ぐな瞳を向けてきた。


「せやけど、嘘言わんて約束したやろ?言えへんことは言わんでええけど、工藤が悩んどることまで隠すなや」


―― 何か助けになれるかもしれへんのに……


それを言われると、新一は言葉に詰まってしまう。

確かに、平次に嘘をつかないと約束をした。

けれど…それこそが、嘘なのだ…。


「…ごめん…」



―― 最低だよな、俺……



平次の傍に居続けたくて、平次を欺く嘘をつく。

知られるわけにはいかないと、自分の心に蓋をして…心の奥底に仕舞い込んで…。



嘘を…つきたいわけでは…ないのに――。




新一が平次と視線を合わせることが出来ず下を向いていると、平次が笑った気配がしてポンと頭に手が置かれた。


「ええよ。工藤も言いたないことあるんやろ。俺もちょっと強引に聞こうとしすぎとったしな」


思わず顔を上げてしまうと、柔らかく暖かな平次の瞳と視線が絡み合う。

嘘をついても許してくれる平次に涙が出そうになる。

どうしてこんなに優しいのだろうか。

自分は平次にそんなに優しくしてもらえるに値する人間ではないというのに。


―― バーロ ……


新一は心の中で一つ、ポツリと呟いた。








それは…自分が思った以上に……。















…… 切なく …… 響いた ……。














会うつもりがなくても、二人は出会ってしまうのですvv
運命ですvv
次は平次に変化がでる…かもしれません…(笑)
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