何度も 何度も ―――




『さよなら』を言う 練習を する ……




Deep Love

act 8




ハッと新一が目を覚ますと、閉まっているカーテンからは眩しいほどの光が漏れていた。


「っ…」


グラグラとする頭を抑えながら、どうにかして立ち上がる。


―― また、か…。


今日も大学に行こうとした途端、例の発作が襲ってきたのだ。

時計を見るともう正午に近いところからして、4時間くらい気絶していたことになる。






最近、よく発作が起こる。

度々というわけではないのだが、明らかに発作の起こる間隔が短くなってきている。


最初は1ヶ月に1回あるか無いかくらいだったのが、ここのところは2週間に1回くらいの割合になっているのだ。

とは言え、割合はあくまで割合であって、2週間に1回も発作が起こらないこともあるし、ともすれば2日続けて発作が起こることもある。


…死期が、近づいているのかもしれないと、思った。








だけど…。










ふとケータイを見ると、平次からの着信が何件もあった。

メールを開いてみると、『また寝坊やな?代返しといたで〜!早よ来いや!』と平次らしい文章が綴られていた。

その短いメールでさえも、新一の幸せに繋がっているのを平次は知らない。


多少フラフラするものの、平次が待っているのに行かないわけにはいかないと身体を起こす。

作りかけの朝ごはんをそのままに、新一は手早く支度を整えて玄関のドアを開けた。

そしてもう一度メールを読むと、ケータイを大事そうにポケットにしまいこんだ。










 











遅れてしまったことにより残り2限だけとなってしまった講義を受けて放課後になった。


平次達と別れて家路に着こうと中庭に差し掛かった瞬間、視界の端に映った人物に新一はギクッとした。

いつもの元気な雰囲気とは違い、落ち込んだような空気を纏いながら新一の目の前に現れたのは橘美樹だった。


「工藤くん…ちょっと、いいかな?」


おずおずと覗うように聞いてくる美樹に、新一は思わず首を縦に振っていた。


「え?あ、あぁ…」


何故平次の彼女が新一に話があるのか解らなかったが、その内容は容易に想像ができる。


「…あのね、平次のことなんだけど…」


やっぱり、と心の中で呟くと、長くなりそうだと考えて隅のほうにある椅子へと座って話そうと美樹に伝えた。





OKを出したとき、美樹が本当に安堵したようにホッと息をついたのを新一は見逃さなかった。

何やら、新一の考えている以上に美樹にとっては深刻な問題でもあるのだろう。


新一は瞳を閉じると大きく一回息を吸い、頭を切り替える。




椅子に座っても中々話し始めない美樹を辛抱強く待ち続ける。











どうやらどう話していいのか迷っているみたいなので、新一は美樹が言葉を紡ぎやすいようにきっかけを作ってやる。


「服部がどうかしたのか?」


ゆっくりとした口調でそう問いかけると美樹はようやく顔を上げ、新一を見て口を開いた。


「工藤くん…平次の好きな人って、知ってる…?」


新一の考えもしない言葉が美樹の口から発せられたことで、新一は少しの間呆気に取られた。


平次の好きな人?


どうして平次の彼女がそんなことを聞いてくるのだろうか?


「え…っと…橘さん、彼女なんだろ…?だったら橘さんだと…」

「違うのっ!」


苦しそうにそう言う美樹に、新一は首を傾げる。


「え?」

「…平次の好きな人は…私じゃないよ…」


そう震える声で呟いた美樹は俯いて、泣き笑いの表情になっていた。


「え?でも…」


そうは言われても、平次が他に好きな人がいるのに彼女を作るなんてことは、絶対にありえない。

そういうことはちゃんとケジメのつけれる人間だし、もし仮に他に好きな人が出来たとすれば彼女に正直に打ち明けて別れを選ぶだろう。

だが、美樹の声は不安でたまらないというように少し震えている。


「私、自信ないんだ。平次はすっごく優しいけど…いつまで経っても私を好きになってくれないの」

「そんなこと…」

「ううん、解ってるの。平次は私のこと恋愛感情で見てくれない」


否定しようとした新一の言葉をさえぎるように、美樹は続ける。


「最初はね、それでもよかったんだ。付き合っていくうちに私を知って、好きになってもらえたらって…。…でも…結構デートもしたのに…少しも私を恋愛対象として見てくれないの」


美樹の告げる言葉に、新一は息を呑む。

平次は付き合っている人に対しては本当に誠実だ。

最初はインスピレーションでOKをするが、OKをしたからにはこれから好きになれるように努力をする。


「…んなこと服部はしねぇぜ?」


そう新一が言うが、慰めにもならないのだろう、美樹の表情は暗い。


「…うん…平次は優しいから、私のことを好きになってくれようと努力してる…」


付き合っていくうちにその人を好きになれるように。

良いところや悪いところ、全部、包み込める暖かさを平次は持っている。



だけど…。



「でも…それでも解っちゃうの…」


頑張って美樹を好きになろうとしているけれど、好きになってくれていない事実に気付いてしまう。

笑ってはくれる。だけどソレは友達に見せる笑顔と同じ。

優しくしてもくれる。けれどソレは他の人にも見せる優しさ。


欲しいのは、友達としてのソレではないのだ。


彼女として…少しだけでもいい。…特別な平次が、欲しいのだ…。

自分だけに向ける甘い笑顔や愛の言葉を求めている。


だけどいつまでたっても平次は皆に平等で…彼女にすら、平等で…。

自分が特別にはなれないのだと…いくら鈍くても理解してしまう…。


「それが無意識だから…余計に辛くて……」


平次は自分で気付いていない。

美樹に接するときの雰囲気は、まるで妹を守っている兄のようで…恋愛感情に行き着かない…。

いくら優しくされたって。妹では意味がないのだ。

妹を可愛がるように優しくされても、ちっとも嬉しくない。

それどころか、酷く悲しい。





ずっと妹としてしか見ることができない、と言われているようで…。







関を切ったように美樹の瞳からはポロポロと涙があふれ出てきた。


「でも別れたくないのっ…平次が好きだから…」

「っ!」


叫ぶような美樹の言葉に、新一は胸に衝撃を受けた気がした。


―― ああ、解るよ…その気持ち…。


好きになってくれないなら、平次のために別れなければならないと考える。けれど頭と心は裏腹で、どんなに平次の幸せを望んでいたとしても自分以外が平次の隣に立つと考えると、とてもじゃないけど言えない。






心が…張り裂けてしまう……。






「どうしたらいいと思う…?もう望みはないから別れた方がいいって解ってる…だけどっ…」


新一はポケットからハンカチを取り出して美樹に渡してやると、空を仰いでふぅと苦しげに息を吐き出した。


美樹の見えないところでぎゅっと拳を握り締め、腹に力を込めて、言った。







「…別れる必要なんかねぇぜ?」




驚いたように新一を振りむいた美樹は目を瞬かせた。


「っ…え?」

「服部は、さ…彼女のローテーション早ぇけど、一人一人真剣に付き合ってんだ。橘さんのこと好きになろうと努力してるのも本当だぜ?」


平次は、そういうヤツだった。

彼女のいいところや悪いところを知り、それを全て受け入れてくれる。その上で彼女を好きになろうと努力することを惜しまない。


しかし、今の美樹のように、彼女の方が耐えられなくなってしまうのだ。

付き合っているはずなのに、片思いをしているような一方通行の想いが…辛い。

もしかしたらこれから少しでも可能性があるかもしれないのに、彼女達は次々と別れを選んだ。






平次のことを、本当に好きだったから…。






「だから…もうちょっと長い目で見てやってくれねぇ?アイツのことが本当に好きなら自分に振り向かせる努力もしてやって欲しいし…」


自分だけが好かれるように相手に求めるのは、ただの傲慢だから。

平次も努力をする人間はちゃんと認めてくれる。それに――。



「諦めねぇ限り、可能性はゼロじゃねぇから…」



そう言って、自分の言葉の矛盾に、心の中で嘲笑した。

諦められない気持ちは確かにあるのに…可能性は、ゼロな自分がいる…。


けれどそんな想いなど微塵も出さないように、美樹にふっと笑いかけた。

すると美樹は驚いたような表情をした後、ぐいっと涙を拭いて顔を上げた。


「…うんっ、そうだよねっ。私、頑張る!平次にちゃんと好きになってもらえるように、頑張る!」


きっとそう言ってくれると、思っていた。

美樹は今までの彼女とは少し違い、自分で頑張ることができる女だ。

だから…もしかしたら平次の恋になれるかもしれない、と…新一は思ったのだ。


「あぁ、頑張れ」


その言葉を恋のライバルにかけてやるなんて想像していなかった。

だけど、新一はしっかりと励ますように力強く言う。


美樹は立ち直ることが出来たのか椅子から立ち上がるとニッコリと笑って新一に向き直った。


「ありがとう、工藤君。工藤君に話したおかげですごく元気が出てきちゃった!ホント、工藤君ほど平次のこと解ってる人はいないね!」

「っ!」


息を呑む新一に気付かずに美樹は嬉しそうに笑う。


「本当に、ありがとう!」


新一はその笑顔に、感謝の念と平次への深い想いを垣間見る。

新一は心に渦巻く言葉を微塵も表に出すことなく、神経を集中させて自分の表情を作った。


「…服部のこと、頼むな?」


美樹に微笑みかけると、美樹もつられてはにかんだように笑顔を浮かべた。


「うんっ!」


本当にありがとうと言い続ける美樹の背中を見送ると、新一はようやく握り締めた拳を開いた。

手のひらを見るとうっすらと血が滲んでいる。

ズキズキ痛む手のひらをまるで他人事のように客観的に見ながら、ふっと暗い笑みを浮かべる。



―― バッカじゃねーの、俺…



自分で自分を貶してみるけど、少しも気持ちは軽くならない。どころか、一気に気分が沈んでしまう。

恋敵の応援をするなんて、大馬鹿野郎だ。

解ってはいる、けれど…。



考えてしまったのだ。




平次の幸せを……。





自分には絶対に与えることの出来ない幸せを…彼女なら平次にあげられるのではないかと、考えてしまった…。





幸せに……なって欲しい……。





と、頬にポツッと水滴を感じた新一は、ハッと我に返って空を見上げる。そういえば今日は夕方から雨が降ると言っていた。

家に帰ろうと、新一はゆっくりと重たい足を動かした。









これから少しずつ動き出しますvvイロイロとvv
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