どうして…


どうして この想いだけは…



枯れることが ないのだろう――?




Deep Love

act 7



白い。どこまでも白い場所に新一は立っていた。ゆっくりと辺りを見回して、ふと気づく。



―― あぁ、夢見てんのか、俺…



新一は夢の中にいる時、何故かこれが夢であると解るときがある。



―― 変な話だよな…



くすっと笑みをこぼしたその時、光の塊が新一の前に現われた。そしてその光の塊は徐々に人の形を作っていく。

新一は目を見開いたまま、現われる人物に瞳を奪われた。


光から出てきたのは新一が求めてやまない、人。








『工藤!』








にこっと平次が新一に微笑みかけてくる。愛しい人を見るような、暖かい瞳で見つめてくる。


『服部…っ…』


新一の足は気づいたときにはもう動いていた。

平次の腕の中へと。新一が一番望んでいる場所へと、進んでいた。




抱きしめてくれる、腕。

新一はその温もりを失わないようにしっかりと抱きついた。


これが夢だと解っているからこそ、自分の想いに正直に行動することができるのだ。

心臓が早鐘を打って。クラクラする。

これが“幸せ”ということなんだろうと、胸が熱くなる。








『服部……好……』








新一が口を開いた途端、辺りが一変して暗闇に変わる。





しっかりと抱きついていたはずの平次はもう何処にもおらず、温もりさえも残ってはいなかった。



そして暗闇の中に残るのは、新一ただ独り。






先ほどの平次の温もりはもう思い出せない。ついさっきまで、その温もりに触れていたのに。


新一は行き場の失った手を力もなく下に降ろした。

きつく唇を噛み締める。

じわりと口の中に鉄の味が広がるけれど、そんなことはお構いなしに更にきつくきつく噛み締める。



平次の夢を見るときは、いつもこうだ。

幸せなのは一瞬で。

すぐに闇に引き戻される。






温もりだけでも残して欲しいと思うのに。

残るモノは何もない。






せめて夢の中だけでは邪魔しないで欲しいと願うのに。

夢も現実も。新一には過酷なほど冷たい。






夢の中なのに。






好きだとさえも……。






言わせてくれないのだろうか……?








ただ、一言。





想いの全てを。





伝えることさえも。









許されないとでも、言うのだろうか……?










 











あれからもう眠れなかった。

眠ろうとベッドに横になるのだが、どうしても眠れずに朝を迎えてしまった。

やっぱり昨日の夢がよほどショックだったみたいだと自分で考える。

だけどあのような夢は初めてではないから。

そろそろ慣れないといけないと思う。


でも、どうしても…慣れない…。


昨日のような夢を一体幾度見続けてきただろうか。

その度に新一の心の中にはやるせない想いが駆け巡る。


眠るのが少しだけ――怖い―――。







大学の構内を歩いていた新一がふと廊下の窓の外を見てみると、窓のすぐ近くに生えている木の枝にハンカチが引っかかっていた。

窓を開けて手を伸ばせば届きそうでいて、ギリギリのところで取れないような位置にあるハンカチ。

新一は窓を開いて窓枠に足をかけて上り、ゆっくりと腕をハンカチへと伸ばした。

新一が頑張って手を伸ばしても、あと少しというところで届かない。


こんなにも近くにあるのに、届かない。


新一はふと、今の自分の心境みたいだと心の中で苦笑した。

触れられるところにいるのに……触れることは許されない人…。


必死に手を伸ばすのに……その人は遠くて……。



ブルッと考えを打ち消すように首を横に振ると、少し身を乗り出してハンカチに手を伸ばす。

やっとのことで、指先が触れた。

だけど指で挟めるまでは届かなくて。


新一は何故だか……切なくなって……。


何が何でも絶対取ると躍起になって更に身体を外へと乗り出す。

その瞬間、大きな声が響いた。


「工藤!」


声の方向を見ると、焦ったように走ってくる平次の姿が見えた。


「え?」


どうして平次がそんな顔をしているのか不思議に思った新一は、ハンカチに手を伸ばした状態のまま走り寄ってくる平次を見る。



と、その時、ビュウッと風が新一の背中を押した。


「っわっ!」


ぐらりとその身体が揺れて、そのまま窓の外へ投げ出されそうになる。


途端に新一の腰に力強い腕が絡みつき、ぐいっと引き戻された。


見るとそれはやっぱり平次の腕で。

新一を軽々と窓枠から下ろしてくれる。


地に足が着いた瞬間、平次の怒鳴り声が振ってきた。


「何してんねん!危ないやろ!」


怒られると思っていなかった新一は、きょとんとした様子で平次を見る。

というか、どうして怒られなければならないのかが少し理解できない。


「何ちゅー危ないことすんねん!?落ちたらどーすんねや!」


頭にクエッションマークを掲げたまま平次の言葉を聞いていたが、だんだんと言いたい事がつかめてきた。

くすっと笑って、平次に向き直る。


「何、俺が飛び降りるとでも思ったのか?」


問うと、平次は先ほどまでの勢いを急になくし、困ったように眉を顰めた。


「あ…いや…」


少し違うのかもしれないが、新一の言葉がまんざら外れているというわけではなさそうだ。

新一はクスクス笑いながら、落ちそうになった瞬間、偶然に取れたハンカチをヒラヒラと揺らして平次に見せる。


「コレ。木に引っかかってたから取ってただけ」


大丈夫、とでも言うように新一が言うと、予鈴が鳴り響いた。


「っと、服部次何?」


窓を閉めながら平次に聞くが、平次からの返事はない。


「服部?」


不審に思って首だけ振り返ると、平次がハッとしたように顔を上げた。


「あ…すまん」

「どした?」


平次の中にわずかに見える“恐怖”に、新一は心配になって思わず平次の服を掴む。

平次は何故だか新一のその行動にあからさまにホッとして、ようやくニコッと笑って見せた。


「いや…俺は次授業はあらへんよ。休講になったらしーてな」

「そっ、か……じゃ、俺は授業あっから…」


平次の態度が気になるところではあるが、いかんせん授業がある新一はあえてそれ以上追求することをせずに平次に背を向けた。

数歩歩いたところで、新一はピタリと足を止めた。


「あ、服部…」

「ん?」


クルリと平次に振り向くと、フワッと綺麗に笑った。



「……心配してくれて、サンキューな」



その新一の表情に、平次は言葉を発することができなかった。

そのままスタスタと授業に行く新一の背中を平次は見送った。










新一が見えなくなってからも、平次の心はまだ緊張していた。

新一は心配しなくても大丈夫だとは言っていたが…。

平次は急に背筋に冷たいものが流れた。


―― 飛び降りそうに見えた…?






……。






…l…違う。




そんな簡単なことでは、ない………。













……新一が……消えてしまいそうに……見えた……。










……… 今にも消えてしまうかと ……… 思った―――。












ぶるっと頭を振って、嫌な考えを振り払う。


もしも新一が4階から飛び降りてしまうなら、自分が助けに飛び降りれば、いい。





……だけど……。









新一が…消えて、しまったら………?









どうすれば ―― いいのだろう …… ?









それは平次が生まれて初めて味わう…恐怖だった――。










新一、まだまだ報われていませんιι
新一の切ない心境が書きたかったのですιι
Index > Top > ノベRoom > Deep Love7