『あの時』からもう


覚悟は、できている……



Deep Love

act 4



平次のマンションから自宅へ帰った新一はすぐにお風呂に入った。

一人になってしばらくすると何だか身体がダルくなって、小説を読むのでさえ億劫になり、早く寝てしまいたかった。

ダルさも手伝ってか、入浴をいつもの倍早く終える。


自分でもどうしてこんなにダルいのかと、タオルで髪の毛を拭きながらふと思う。

風邪かもしれないので薬を飲もうと思い、薬箱に手を伸ばした。



その瞬間。ソレは訪れた。



「っ―――っ!!!!」



いきなりドクンッと心臓が焼けるような痛みに襲われる。

すぐに足に力が入らなくなってガクリと膝を付き、そのまま床に倒れこむ。


それは新一にとって馴染み深い痛み。コナンだった時、ずっと耐えてきた痛みだった。


苦しくて熱くて痛くて呼吸もままならない。

心臓辺りの服をぎゅっと無造作に掴むと、ぐっと歯を食いしばって痛みに耐える。額にはすでにおびただしいほどの汗が浮かんでいる。


―― どうして、またっ…


色々考えようとするけれど、襲い来る痛みがそれを許してはくれない。

視界がぐらぐら揺れて、地面に身体が付いている気がしない。



そしてそこで新一の意識は途切れてしまった。










新一がコナンからもとの姿に戻って少し経ったある時、その薬の副作用だろうか成長期だったはずの自分の身体が大きくならないことに気付いた。

だから今では新一は大学の友人達と比べるまでも無く、男としては細い体つきだった。

それでも女のような華奢な体つきではなく、ちゃんと男の体つきはしている。

ただそれが高校生の男の体つきで止まっていることも、新一はちゃんと解っていた。


いざ鏡の前に立って自分を見ると、もともと肌が白いのも手伝ってか、少しだけひ弱そうに見える自分。

そんな身体は好きではなかったが、生きているので文句は無かった。



コナンから新一へ、新一からコナンへ戻るときのあの骨が溶けるような痛みの中、もう死んでしまうのではないかという不安がいつもついて回った。

でもこんなトコロで死ねるか、と躍起になってある意味根性だけで乗り切ってきたようにも思う。

そしてようやく自分の身体を取り戻したとき、自分が生きていることに本当に感謝したものだった。


最後に完成した解毒薬を飲むのにも、実は勇気を要した。

治療薬を完成させた宮野志保を疑うではないが薬に絶対という言葉はない。



これを飲んでしまって自分は再び目覚めることができるだろうか…。



そんな不安だけが積み重なって新一の心を支配していたから。

飲み込んだ治療薬にはやはり激しい痛みが伴い、新一を苦しめた。

最後の最後まで苦しめないで欲しいと何度思ったことか。



ただ、それが何の最後だったかは自分でも解らないが。



コナンとしての最後かもしれないし。新一としての最後かもしれなかった。





そして最期かもしれないとも、思った。






胸を焼く酷い痛みに目の前が真っ暗になるのが新一は恐怖だった。


闇は、嫌いだ。



姿が…見えなくなる…。




――の 顔が、見えない…。










次に目が覚めたとき、新一はコナンではなかった。

目が痛くなるほどの明るい光が見えて、なんだかホッとした気がする。


それから1週間経っても2週間経っても新一は新一のままで。

解毒薬はみごとに役目を果たしたのだった。

だが、主治医でもある志保の言葉を忘れたわけでもない。


『工藤君、元に戻れたからといって安心してしまっては駄目。あなたは何度も大きくなったり小さくなっているんだから、身体への負担も大きかったはずよ。それにこの薬も後でどんな副作用が出るか解らないわ。もしかしたら命に係わることだってあるかもしれないことを忘れないで』


だけど、それで十分だった。

平次の傍に、いられるのだったら。

やっと工藤新一に戻って。やっと平次の力になってやれるのだ。


大学も同じところに合格して。平次と同じ講義も多くて、大学は楽しかった。

近くに平次を感じる。


それが。


嬉しかった……。










ふと新一は目を開けた。

ぼーっとした頭で、どうしてこんなところで寝ているのだろうかと考える。

そしてハッと我に返って勢い良く身体を起こした。


胸の痛みはもう跡形も無くなくなっていたが、身体にはダルさが残っている。

少し熱があるかもしれない。

どの位気を失っていたのか、つ、と冷たくなった汗が新一の頬を伝ってパタリと床に落ちる。


「…マジかよ…」


ふう、と深い溜息を吐くと、新一はゆっくりと立ち上がり寝室へ入ってベッドに横になった。


これが例の薬からくるものだと解った新一は風邪薬を飲むこともしなかった。


「…命にかかわること、か………今更だな…」


くすっと笑みを零すと、新一はそのまま夢の中へ落ちていった。





『忘れないで』





今一度、志保の声が聞こえた気がした。










 











朝目覚めてみると、昨日のことが嘘のように身体が軽い。

おそらく一時的な発作だったのだろう。もちろん、まだ油断はできないが。


しばらくボーっとした後、頭が冴えてきた新一はコーヒーを入れると空いた時間で昨日見ることが出来なかった郵便物のチェックを始めた。

いつものように両親宛の多い郵便物をさばいていると、その中に新一宛の封筒が届けられていた。

手にとって宛名を見た途端、新一は思わずガタンと立ち上がった。


送り主は工藤優作。


中身が何であるか知っている新一はニッと嬉しそうに笑うとすぐにその封を切る。

中から出てきたのは新一が頼んでいた2枚の映画の前売りのチケットだった。

傍目から見てもルンルンとしながらそれを大事そうにポケットにしまいこむと、途中になっている郵便物をそのままに、てきぱきと支度をして朝食も取らずに学校へと向かった。






足取り軽く大学へ向かっているその途中、向日とばったり出くわした。


「よぉ、工藤!」


ニカッと明るい笑みを浮かべてくる向日に新一はニッコリと微笑み返す。


「はよ、向日!」


向日は新一のその嬉しそうな笑顔に見惚れてしばらく次の言葉が出てこなかった。


「ど、どうしたよ工藤?今日はえらく機嫌いいじゃん?」


男でもK.O.してしまう新一のスマイルからぎこちなく視線を外すと、向日は焦ったように話をもちかける。


「ああ、ちょっとな!」


ニコニコと笑みを絶やさない新一は本当に稀で、実は向日も初めて見た。

本当に嬉しそうに笑う新一の笑顔はいつものクールビューティーなど感じさせないほど幼い。

偶然周りを歩いていた通行人たちは立ち止まってその笑顔に頬を染めて見惚れている。

無自覚な新一に苦笑しながら、新一の機嫌が良い事に向日の気も緩んでしまって…ついぽろっと言ってしまった。


「俺、てっきり工藤に怒られるかなって思ってたんだけど、俺の思い過ごしでよかったぜ!」

「?何で向日を怒らなきゃ…」


不思議そうに眉を顰めた新一だったが、ふと昨日のことを思い出した瞬間、がしっと向日の肩を掴んだ。


「そうだ!思い出した!お前、服部に言っただろ!言わねぇって言ったのに!」


じろりと向日を睨む新一の視線はその顔の美しさも伴ってか迫力がある。

しかし当の本人はバレたかという顔で苦笑するだけで、あまり反省の色は見られない。


「あ〜、悪い悪い。や、でも服部にならいいかなって……あいつ食堂で何話してたってしつこく聞いてくるし…」


平次が無理に聞き出したのだろうことはある程度推理はしていたので、新一は小さく溜息を吐くだけに終わった。

親友の平次にさえも一言も漏らしていなかったので平次はさぞ驚いただろう。


―― ま、昨日の様子だけでも解ってたけど…


「言ったのは、服部だけだぜ?」


黙ってしまった新一をどう取ったのか、向日はしっかりと言い切った。

新一は予想外な向日の言葉に少し驚いて目を見張るが、すぐに何かを考えるように顎に手を掛けてチラリと向日を見やる。


「……A定食!それで許してやる!」

「オッケー!や〜、工藤は心が広くて助かるぜ♪」


助かったとばかりに嬉しそうにはしゃぐ向日に、新一はくすっと笑みを浮かべる。


「調子いいヤツ」


そうは言うけど向日のその性格は好きだ。バカだと思いながらも憎めない。

この明るい性格に何度と無く助けられてきたと新一は思っている。



それより何より、新一のポケットに収まっている映画のチケットが新一の機嫌を良くしていた。

それは今話題のアクション映画、『TIME LIMIT』だった。

『TIME LIMIT』は出演者も監督も豪華らしく、TVにも取り上げられており大々的に宣伝されている。

この映画は新一がたまたまTVのチャンネルを変えたときに少しだけCMが流れていたのだが、それを見ただけで新一は心を奪われてしまい、『絶対ぇ観る!!』と固く誓ったものだった。

しかしその宣伝の効果からか、上映されるまえから人気が殺到しており、この映画のチケットはプレミアモノとして入手が非常に困難になっていた。

どうしても観たいと思った新一は知り合いのところを回ったり両親に頼んだりと、使えるコネは全部使った。


そしてようやく今日、優作からそのチケットが送られてきたのだ。

いつもは一人で暇な時に映画を観に行くのが工藤新一だったが、今回の映画のチケットは2枚頼んだ。

誘う相手はもう決まっている。


服部平次。


前に観たいと話していたとき平次もかなり興味があるようだったし、何より自分が一緒に観たいと思ったから。

楽しいことくらいは共有しても許されるのではないかと新一は考えた。

平次が少しでも喜んでくれるといいと、思いを馳せながら向日とならんで大学へ行った。








新一の身体に異変が…
ちょっとずつ動き出しておりますvv
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