暖かい誓いは 胸に刻まれ





永遠に消えることは、ない――。







誓い

― vol.9



それから3日間、新一は面会謝絶になった。


朝目が覚めて平次がいないことに焦り、医者に付き人のことを聞くと、面会謝絶にしたと伝えられた。

新一はそんなことをしないでくれと医者に言ったのだが、病院に駆けつけてくれていた目暮警部がどうしてもとお願いしたらしい。

面会謝絶にでもしなければ、新一は絶対に無理をするからと医者を説得したようだ。


そんな警部を少しだけ恨んだりもしたが、新一を思ってしてくれた行動なので、ありがたいと思うことにした。


もちろん、平次とも会えなかった。



会えないと、どうしても不安になる。

全部思い出したと言ってくれたのは、夢だったのではないかと思ったりもした。

平次がまた何らかの事件に巻き込まれていないだろうかと心配になった。





でも、それは考えすぎで終わった。





なぜなら、朝早くから面会時間が終わるまでずっと、ドアの外に平次がいてくれたから。

面会謝絶なので部屋に入っては来なかったものの、ドアの向こうには平次がいた。


病室のドアの窓はすりガラスになっており、見る限りは影が動くだけで平次だとは分からない。

けれど、新一は確信していた。

間違えるはずのない優しい平次の空気がそこにあったから。



傍にいろと言った新一の言葉を守ってくれているのだろう。




傍に感じられる平次の存在が、嬉しかった。










 











そして、ようやく面会が許される日になった。そんな朝早く、新一の病室のドアが叩かれた。


「よお、工藤くん!調子はどうだね?」


ノックの後に顔を覗かせたのは恰幅の良い目暮警部だった。後ろから白鳥もついて病室に入って来る。

少しだけ期待はずれだったことに心の中で苦笑した。


「目暮警部、白鳥さん。おかげ様で大分いいです」


ぺこりと頭を下げると、白鳥がお見舞いに持ってきた果物を新一に手渡した。





お礼を述べて一息つくと、目暮がおもむろに口を開いた。


「えっとだね、今日は工藤くんと話をしたいという人を連れてきたんだよ」

「え?」


不思議そうに新一が首を傾げると、白鳥がドアを開けて外に居るらしい人に、入りなさい と一声掛けた。


入って来た人物に、新一は一瞬だけ固まる。




「…立川…」




おずおずといった雰囲気で立川も新一を見て、言葉を紡ぐ。


「工藤……ちょっと、話したいんだけど……いい…?」


そういえば、立川との決着がまだついていなかったことを思い出して、すぐにこくりと頷いた。





「…外、出ようぜ?」






自分たちが席をはずすと言う目暮と白鳥を断って、新一と立川は部屋を後にした。

歩きついた先は病院の中庭で、病院だというのに小さな公園のように木が茂って緑が広がっている。


そこにある小さなベンチに新一は腰掛ける。隣に座らないのかという新一の言葉に、立川は小さく首を横に振って立ったままでいいと言った。


「何で目暮警部たちと一緒に?」


立川を新一が見上げながら質問すると、立川は苦笑しながら頭を掻いた。


「俺、さっきまで警察にいたんだ。工藤を刺しちゃったから…出頭したんだよ…」

「っ!?」


立川の意外なセリフに、新一は驚きを隠せなかった。

目を見開いている新一を見て、立川はくすっと笑って少しだけ視線を反らす。


「安心しなって。これから、またちゃんと警察に行くから。…今日は、工藤に謝りに来たんだ…」

「…え?」



「…ごめん…」



立川はそう言うと同時に新一に向かって頭を深く下げた。


「前から自分でも間違ってることは解っていたんだけど…どうしても工藤を諦められなくて……あんな卑怯な手を使ってしまって……」


自分でもどうしてあそこまで出来たのか解らないけれど。



何が何でも、新一が欲しくてたまらなかった。



平次を突き落として新一を手に入れたものの、何故か満たされなった。

それどころか余計に何かを失っていく気がして、やるせない思いを抱えていた。



新一を手に入れたかったのは、本当。



だけど。欲しかったモノは、手に入っていない気がする。



その欲しかったモノが何なのか、未だに解らないけれど――。





それでも、あの時。





平次の。





新一の。想いの深さを見せられて。





下げていた頭をゆっくりと上げて、立川は微笑を浮かべる。


「俺、やっと目が覚めたよ」


『好きな奴は、護ったれやっ!!』

そう言う平次の言葉が、立川の心に強く響いて。


『……好き……だよ………』

薄れゆく意識の中、心から愛しそうに言った新一の言葉が、立川の心を強く撃った。


本当はどこかで気付いていたのかもしれない。

この二人は誰にも邪魔することなど出来ないこと。



くすっと笑みをこぼすと、立川は改めて新一に向き直った。


「……一つ……聞いていい?」

「…何だよ?」

「…どうして……服部なんだ…?」


立川は眉を顰めている新一を見ながら、ずっと聞きたかった質問を新一に投げかけた。



どうして新一は平次でないと駄目なのか。



どうして新一は、記憶をなくしていた平次でも愛せたのか。



それが立川にはどうしても解らなかった。




自分を忘れてしまったのだから、恨んでもいいはずなのに…。

それだけの魅力が、平次にはあるのだろうか、と思うと、少しだけムカつくけれど。


その理由を知れば、新一の好きなタイプに少しでも近づけるかと思って。口にした。






新一は驚いたように一瞬息を呑むが、少しだけ考えた素振りを見せた後、複雑そうに苦笑して見せた。






「…解んねー…」






「……はっ?」


拍子抜けしたような立川の声に、新一はくすっと笑う。



平次を好きなところはたくさんあるけれど。



どうして、と聞かれたことに対して返す返事としては、決定的ではないような気がして。



どうして平次なのか、自分でも解らない。




「……でも、多分……」










―― 服部………だから………










髪を揺らす風に吹かれて空を仰ぐと、新一は立川に向き直った。


「……俺……自分は強いと、思ってたんだぜ……?」


いきなり話題を変えられたことに拍子抜けしている立川を横目に、少しだけ自惚れていた若い自分を思って、新一は苦笑した。


そう、それは平次と出会う前の自分。


それが自分だと思っていた頃に。平次に、出会った。


そして。平次に言われた言葉は…。


「でも…服部に、強がってる…みたいなこと言われてさ…」


言われて見れば、そうかもしれないと…強がっていたのかもしれないと、素直に思えた。

いつも自分は迷ってばっかりだった。

事件を解決した後だって…どんなに推理で真犯人を見つけようと、殺したことがどうしても納得できない…。

それでも、そんなこと他人に知られるわけにはいかなくて……ポーカーフェイスを作って…平気なフリを、していた。


でも……心の中じゃ、やるせなくて…どうしようもない思いでいっぱいだった。



人が人を殺す理由なんて知りたくはないけれど。



何故、と。自分の中だけで考えては、答えを出せずにいたのだ。



「アイツ……俺でも解ってなかった心の中を一瞬で見ぬいて………解ってくれて……」


それでも……いいと。



弱い俺でもいいって言ってくれて……




それが『工藤新一』なのだと、理解してくれて…… 笑ってくれるんだ……






そして……。






「………傍に………いて、くれるんだ……」





それが……嬉しくて……嬉しくて……。





言い表せないほどの幸せに、包まれる……。












「……それって“服部平次”であったら、それだけでいいってこと?」


そう立川が尋ねると、新一はきょとんとした顔をした後。












本当に嬉しそうに微笑んで…コクンと頷いた。










「っ//!!」


立川の呼吸が、一瞬止まる。






今、理解(わか)った。唐突に、これだと思った。






そう、これが自分が欲しかった、モノ。






この笑顔を自分に向けて欲しかったんだ----。











その笑顔を生み出しているのは……悔しいけれど、平次なのだ。



平次にしかこの笑顔は生み出せないのだろう。






「完敗だね」

「え?」


「ううん。何でもない。…あいつと、幸せになれ…」


吹っ切れたように爽やかに笑って、立川は新一に背を向けて。そしてそのまま振りかえることなく、去って行った。





―― もう、十分幸せなんだよ





平次がいて。自分がいる。




これほど幸せなことがあるだろうか。


新一が幸せを噛み締めていると、焦ったような平次の声が聞こえてきた。


「工藤!」


そちらを向くと、走ってくる平次の姿が見える。

平次が近づいてくるのが嬉しくて自分からも駆け寄って行こうとしたとき、平次が発した言葉がそれを止めた。


「何でそないなところに居んねん!無理したらあかんやろ!?」


新一は行きかけた足を止めて、きょとんとした顔で走り寄ってくる平次を見る。


「え、もう平気だって」


全然平気、と言ってみるが、平次は首を横に振って力説をしてくる。


「あかん!工藤、ちょっと前に目ぇ覚めたばっかりやん!大人しゅう寝とれや」


本人が大丈夫って言ってんのに、と新一がぶつぶつ文句を言っていると、平次が着ていた上着を脱いで新一に掛けてくれた。


「今日から面会できるいうから早よ来たのに、部屋行ったら何や目暮警部がおって…」


そこまで口にした平次は、はっと思い出したように新一の前に立ち、ガバッと勢い良く頭を下げた。





「すまんっ!!」


「え?服部?」


いきなりの行動に訳が分からないまま、頭を下げてしまった平次を起こそうと、新一は焦って平次の肩に手をかける。

しかし、平次はかたくなに頭を上げようとはせず、そのまま話し始めた。


「俺、工藤んこと護る言うたんに……護るどころか傷つけてしもてっ…」


その言葉で平次の言いたいことが分かった新一は、ふるふると首を横に振った。


「謝るなら俺の方だろっ!?お前のこと護れなかったしっ」


平次が謝ることはないと。自分が悪いのだと言うと、平次は勢い良く頭を上げて強い口調で新一を諌めた。




「それはちゃう!工藤が悪いとこなんて何もないやん!」




荒々しく言った後、はっと我に返った平次は、新一から視線を反らせて唇を噛んだ。


痛いほど握り締められた拳から、後悔の念がひしひしと伝わってくる。



「俺っ、めっちゃアホで…工藤んこと愛しぬくて誓うたのにっ……いっちゃん大事な工藤のこと忘れたて…俺…」



悔しそうに言う平次の声はほんの少しだけ震えていて。





泣いて、いるのかと思った。





「服部」


本当に辛そうな平次を見ているのがやるせなくて、新一は平次を呼ぶ。




「いいんだ、服部」




平次の顔を見て、諭すように言い続ける。




「もう、いいから」



「ええことちゃう!!そないに簡単にすませてええ問題と…」


自分自身に腹を立てているのだろう平次は躍起になって言ってくるけれど、それを制すように平次に抱きついた。



「っ!?」



驚いている平次に、想いを、告げる。


「…辛いだけじゃ、なかった」



確かに、ずっと辛い毎日だった。




平次がいない、それだけで、とても心細くて。苦しくて。







だけど……。






「ちゃんと嬉しいこともあった」



優しい時間が、あった。




暖かい時間は、確かにあったのだ。




抱き着いていた腕の力を少しだけ抜き、新一は平次を見てしっかりと言いきる。




「お前は、俺を 忘れてなかった…」




そう言って、心からの微笑みを平次に向けた。




心の、本当に奥の奥では。新一を覚えてくれていた。




平次自身も気付かないほど小さい小さい記憶だったとしても。平次は、新一を忘れてはいなかった。








すると、平次の表情が泣きそうに歪んだ。


「お前、自分に厳しすぎ。俺には甘いくせに」


くすくすと笑って、平次の髪に触れる。


「もうちょっと、俺に頼ってもいいぜ?」


いつでも暖かい腕で包んでくれていた平次に、自分ができること。


ずっと考えていたこと。




それは、平次を信じることだと、思う。





「っ………んで……工藤はそんなに 優しいねん……」


信じられないといった風に新一を見てくる平次に、笑みを浮かべた。



平次の心が、手に取るように見えるから。


自分を責めて、責めて…責めて……。





自分を憎むほどに追いこんでいる平次が、見えるから。






「俺は今、服部が傍にいるだけで、幸せだから…」




これ以上傷つかないで、欲しい。





今新一が欲しいのは、謝罪の言葉などではない。









欲しいモノは――。










「っ工藤っ」


平次は感極まったように、強く。強く、新一を抱きしめた。


抱きしめられたことにより、平次の震えが伝わってくる。

力を入れられたことで少しだけ傷が痛んだけれど、嬉しいという感情の方が大きくて。

新一は自然と笑みを浮かべた。



「……工藤は、俺に甘すぎやっちゅーねん…」


平次の背中をポンポンと軽く叩いてやりながら、新一は冗談混じりに笑いながら言う。


「バーロー。今までちょっと構ってやんなかったら、俺のこと冷てー冷てーって言ってたくせに」


「…そんなん、本気とちゃうわ…」


拗ねたようにそう返す平次が可愛くて。また、笑った。


くすくすと笑っていると、平次は両手で新一の頬をそっと包み込んで目線を絡めた。





「工藤……もっかい、俺に誓わせてくれへん…?」





「え…?」



何だろうと不思議に思う新一を他所に、平次は本当に真剣な声で言った。




「他の誰にでもない…工藤だけに誓うたる……」




新一に注がれる視線はとても熱くて。






平次の本気が、伝わってくる。






その熱に言葉を失った新一に、平次は優しい声で囁いた。























「俺は一生、工藤だけを 愛することを 誓う…」





















そう言って、平次は。新一が好きな顔で、笑った。














―― 欲しかったモノは……服部の、笑顔……。
















一番欲しかった笑顔を、くれた。












途端に新一の瞳からは涙が零れ落ちた。


「泣き虫やな、工藤は」


親指の腹で流れ落ちる涙を拭ってやりながら、平次はくすっと笑った。



「っ…誰の、せいだとっ…」


新一がかぁっと頬を赤く染めて、流れる涙はそのままに反論すると、平次は一層くすくすと笑う。



辛かったときの涙とは、全然違う、涙。


頬を伝うこの涙は、本当に暖かいモノで。


嬉しさが、涙となって溢れ出していた。





頬から伝わる温もりを求めるように、平次の手に頬を摺り寄せると、ふわりと抱きしめられた。



「ええよ、気ぃすむまで泣いたらええ…」



平次の優しさで包まれているのが嬉しくて、新一もぎゅっと平次の背中に腕を回す。








そして囁かれた言葉は、新一を、これ以上ないというほど 幸せにしてくれるのだ。











「俺が一生、工藤の傍におるから…」










―― そう。例えお前がまた俺のことを忘れたとしても。


お前は 何度でも 俺のことを好きになってくれるんだよな…。












何度でも恋をしよう。










永遠に終わることのない恋を――――。









〜 fin 〜


「誓い」完結です〜vv
長かったですが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございますvv
最初は終わるのかな、とかなり不安にもなりましたが、無事に最終回を迎えることができましたvv
拍手やコメントで励まし続けてくださった皆様のおかげでございますvv

あ〜、でもまだまだ未熟者ですね〜ιι
これからも頑張っていきます
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