貴方の心には





誰が いますか ――?






誓い

― vol.6



家に帰った平次はサイフと鍵を机の上に置くと、すぐにベッド体を投げ出した。 そして盛大にため息を吐く。

目を覆うように腕を額に乗せ、ゆっくりと目を閉じた。


何か。忘れている気がする。


大切な、ことを…。




大切な  モノを……。




いつでも何かが足りない、そう思う。

言い知れぬ欠落感でいてもたってもいられなくなる。


この謎を解くカギは……。新一だと、思う。

数回しか話したことがない新一のことが、酷く気にかかる。

新一が泣いたときも、思わず抱きしめてしまっていた。


新一の瞳。呼吸。温もり…。


それを感じるたびに胸がザワザワと落ちつかない。

新一そのものが、平次の感情を左右してしまう。


でも、知らない。

解らないのだ。





平次は新一に幾度となく話しかけようと思ってはいた。

何人もの友人から、平次と新一は本当に仲が良かったということを聞かされれば気になって当然だろう。

しかし、そんな平次の考えも虚しく、平次と新一が話しをすることは本当に無かった。

気付いてしまったのだ。


新一が平次と話すことを避けている、という事実。


何故か知らないけれど。

自分が新一の元へ行こうとすると、まるでそれが手に取るように解っているのか、新一が絶妙のタイミングで去っていく。

だから、話しかけることが出来ないでいた。



最初話しかけて謝ったとき、新一は何か戸惑ってはいたものの。どこか嬉しそうな雰囲気があった。

だから、その時は時間がなくて話せなかったが、話しかけてもいいのだと ほっとしたことを覚えている。


しかし、それから全くと言っていいほど話しかけることが困難になった。

一度、新一と目が合ったので、声を掛けようとしたことがある。



…でも、それは叶わなかった。



傍に寄るな、と。

近づくな、と。

新一を纏っているオーラが、そう、言っていた。





偶然に偶然が重なって ―立川に新一を家まで送れと頼まれて― 一緒に帰ることになったときも、新一はどこか境界線を張っていた。

小さな笑みをこぼしていながらも新一は、離れるでもなく、近づくでもなく、一定の距離を保って平次と接した。

平次にはそれが何故か辛くて………苦しかった。


解らないから………苦しい……。




ふぅ、と再び小さなため息をついた平次は、額に乗せていた腕をベッドに投げ出して大の字になった。

急に視界が明るくなったと同時に眩しさを覚えて少しだけ眉を顰める。


新一が涙を見せてくれたその時。

初めて、新一と言う人間に触れた気がする。

その新一を見た瞬間、体が勝手に自分が一番したいことをしていた。

護りたくて。


泣かせたくなくて…。


それなのに自分の前で泣いてくれたことが少しだけ嬉しく思ったりして。


自分の肩に額を預けてきた新一を、しっかりと抱きしめた。





「…ワケ…分からへん……」


ぽつりと呟いた平次の声に返って来る反応はなく、静かに部屋に響いただけですぐに消える。



目を閉じていても。



頭に浮かぶのは、工藤新一、ただ一人だった――。










 











家から大学にバイク通学している平次は、いつものように駐輪場へバイクを停めた。

バイクから下りてヘルメットを取り、ハンドルにかける。

顔を上げた瞬間、ビクッとした。



立川と、新一が。キスをしていたから。



胸が、ざわついた。


否……、ざわつく、なんて言葉じゃ足りない。


胸が。胸の奥が、煮えくり返っているように、熱い。


そこで初めて、自分のこの感情は「怒り」なのだと解った。


自分でも気付かない内に強く拳を握っていた。

今すぐに飛び出して行きそうな自分を押さえるだけでいっぱいいっぱいだった。




目を反らすことも出来ずに二人を見ていると、立川が何か新一の耳に囁いて腰に手を回し、そのまま校舎へと向って行く。

そして立ち去るときに、立川が平次に目線を寄越してきて。


フッ、と笑った。


その仕草に、少なからずカチンとくる。

それはまるで自分と新一の仲を見せ付けているようで。勝ち誇ったかのような笑みだった。

まるで見せつけるかのようなその行動。


それを思い出すだけでも、胸がムカムカする。





怒りが、冷めない。





「……お、おい。…服部…?」


自分の考えに浸っていた平次は、声を掛けられてはっとした。

いつの間にか講義は終わっており、教室内はざわついていた。


「……何やねん…」


胸の中でくすぶっている怒りを隠すことも忘れて、呼びかけてきた友人に返事をしておく。


「あ、えーっと…何で怒ってんの?」


恐る恐ると言った風に話し掛けてくる友人を見る。


「はぁ?」


平次は意識していたわけではないが、その視線はツララのように友人を貫いた。向けられた平次の眼光の鋭さに、話しかけた友人は怯えている。

すると、もう一人の友人が、助け舟を出すように平次に話しかけた。


「な、何かあったのかよ?」


その言葉に、ピタリと平次の動きが止まった。

脳裏に浮かんだのは、立川とキスしていた新一の姿。



胸がムカムカする。



何処から見てもキスされている新一が喜んでいるようには見えない。

それどころか、体全体で拒否しているのが伝わってくる。


なのに。


新一は少しも逃げようとしていなかった。

耐えるように拳を握り締めていた。

何かを守るように、心は誰か、違う人を見ていた気がする。


不思議とそんな新一に「怒り」は感じなかったのだが。


「は、服部?」


再度の友人の呼びかけに、また自分の考えに嵌っていたのに気付いた。


「…別に、何でもあらへんよ…」


自分でも、何でもないというような態度でないことは十分理解していた。

それでも、何でもないとしか言いようがないのだ。


「は?え、でもよ…」

「すまんけど、俺先に帰るわ」


心配してくる友人には悪いと思ったが、言葉を途中で遮る形でイスから立ち上がる。


「…ああ」

「服部、また明日な!」


何かあるのだろうと解ってくれたのだろう友人は、深く追求せずに平次を見送ってくれる。

そんな友人達に軽く手を上げて別れを告げると、駐輪場へ向った。


「…あかんわ…」


歩きながらそう呟いて、自分の怒りを振り払おうと頭を振ってみるが、それは何の解決にもならなかった。

どうすればこの「怒り」が振り払えるのか、解らない。



と、駐輪場に目を向けた平次の足が、ぴたりと止まった。





視線の先には……新一が、いた……。










 











新一は深く長いため息を吐いた。

最近ではそのため息を吐くことが普通になってしまっているので、今自分がしてしまったため息の深さに気付かない。


平次を避けることが、こんなに苦しいとは思わなかった。

否、ある程度は予想していた。

すごく…すごく苦しいんだろうということは解っていた。


でも、耐えられると思っていた。




耐えると、決めた。




それなのに今の自分は、とっくに想像を超えた苦しさを味わっている。

限界があるのなら、もうすでに突破しているだろう苦しさに、新一は再び大きなため息を吐いた。



帰り道にある駐輪場を見て。平次のバイクをすぐに見つけ、少しだけ立ち止まる。

平次を見ていられないのならと、いつのまにか平次を思わせる物を見るようになった。

その物を通して少しでも平次に触れていたいから…。


今日も平次のバイクを眺めて、少しでも平次の面影を追いかけてみる。

いつもと違っていたのは。


苦しくて行き所のない想いが溢れていたことと。


見ているだけでは、我慢できなくなってしまったこと。





新一は一歩一歩平次のバイクに近づいた。平次のバイクを見下ろして、振るえる手でそっと平次のバイクに触れる。

それだけで、トクン、と心臓が動き始めるのが解る。

冷たいはずのそのバイクは。

一瞬ではあるけれど。

平次の暖かさが…伝わってきた気がした。




平次のことで頭がいっぱいになってしまっている新一は気付かなかった。



平次が、新一の元へ近づいてきていることに。





「…何、してんのや?」





その声に心底驚いて勢いよく振りかえった新一は、すぐ近くにあった平次の肩にぶつかりそうになった。

ビクリとして後ずさりをしようとしたが、平次のバイクがあるので後ろにも引けない。


平次は静かに新一を見ており、新一は慌てた。


「あ…わ、悪い…え、と…いいバイクだなって……思ってさ…」


咄嗟にいい訳をする。本当の理由など口が裂けても言えはしない。

新一はできるだけ平次を見ないように視線を下に向けた。


「じゃあ、俺、急いでっから…」


平次の横をすり抜けてそそくさとその場を去ろうとする新一の腕を、平次はしっかりと掴んだ。


「っ…?」


その行動に更に驚いて目を見開くと、平次は腕を掴んだのとは反対の手で新一の肩を掴む。

肩を掴まれた手の力強さに少し痛みを感じているのだけど、平次の真剣な瞳が新一の思考力を奪ってしまい、考えることができない。


平次は怒っている。

そう、思う。

だけど…その怒りの奥底に、戸惑いが見え隠れしている。




―― 何か…あったのか…?そんな目するな…


俺でよかったら…力になるのに……。




そう口に出しそうになって、寸前のところで止めた。

それは可笑しいコトだと、思い出したから。


新一はいたたまれなくなって平次から視線を反らせ下を向こうとした。



その瞬間。



平次の口からは言葉が紡がれた。


「……何であいつとキスしてんねん……」


「……え……?」


視線を反らそうとしていたことも忘れて、新一は下に向けかけていた顔を平次に向けた。

真剣そのものの平次の瞳と視線がぶつかる。


「嘘つくな言うたよな、俺。……あいつのこと、好きでも何でもないんやろ?」


平次の口から紡がれる言葉はもう確信に満ちていて。

揺るぎ無い瞳を、新一に向けてくる。


「っ…!」


平次にはもう、バレてしまっているのだ。あのキスに少しも心がないことを。



心なんか、あるはずがない…。



立川にキスをされながらも、心だけは……





心だけは…許さなかった。





新一の心に居れるのは…たった一人しかいないのだ。






服部平次。唯一の…人間だけ…。






「何で好きでもない奴とキスしてんねんっ!!そぉいうことは好きな奴とするもんやろっ!!」


本気で怒る平次を見て、やっぱり平次が好きなのだと改めて実感させられる。

ただの友達のためにそこまで怒ってくれる平次が、とても好きだ。

でも…だからこそ、本音を言うわけにはいかない。



護るって…決めたから………。



新一は心の中で幾度となく深呼吸をし、ポーカーフェイスを崩さずに冷めた声で言った。


「そうだな……だから、あいつとしてただろ」


平次が一瞬息を呑むのがわかる。


「っ!!………好きやからあいつとキスしてたて言うんか…・・・?」


ズキン、と胸が痛んだ。

そんなわけ、ない。


「…………そうだよ…」


―― ごめん…な……服部…


嘘を吐く自分を、憎んでくれても、いい。


それでも。それでも…。





抑揚のない声で言うと、平次がカッとなったのが解った。


「このっ…!!」


ぶたれる、と思った新一は咄嗟に目を瞑った。






しかし、恐れていた痛みはいつまで経っても新一に訪れることはなかった。


その代わりに。


新一の唇は、暖かい平次の唇で…塞がれていた。







新一の唇に触れているものが平次の唇で。


これがキスだということに気付いたときにはもう、何度も何度もキスを与えられた後だった。


「……っと…り……?……な、…んで……」


ようやく搾り出した声も驚きで掠れている。


「…ええから、黙っとき」


そう言って、再び唇を塞ぐ。


繰り返されるキスに、ずっと手に入れていた力が抜ける。新一の頬を伝う暖かいモノの正体が解らぬまま、平次の思うままにキスをされた。

ふ、とキスが止み、平次の手がそっと新一の頬に伸ばされて。

そこでようやく自分が涙を流していたことを知った。

咄嗟に俯こうとする新一を、平次はやんわりと制して新一の涙を拭ってやる。





新一の涙に触れた瞬間、平次の鼓動がまた高鳴った。新一の涙に触れるたび、平次の心臓は鼓動を刻んでいく。


病院で目が覚めてからずっと、平次の胸の中はもやもやしていた気がする。


訳が、分からなくて。


忘れたいのに忘れられなくて。忘れたくないのに忘れていて。


出口が見えない迷路に迷い込んだ気がして。でも、そんな迷路などすぐに出口に辿り着けると思っていた。


それなのに今までずっと出口に辿り着けないでいた。




だけど。


出口なら……答えなら、ここにあったのだ…。





涙を流しながらも抵抗しない新一を抱きしめ、再びキスを繰り返していると、答えが、見えた。


平次の口から。言葉が。自然に、出てきた。

















「………好きや……」
















それが。平次の出した答えだった。



自分の言った言葉に少しばかり驚いた後、すぐに納得する。そして、理解した。


自分は、新一が…好きなのだ、と…。



平次の心にくすぶっていた怒りは、消えていた――。













新一はそのセリフに目を見開いた。


―― 信じ……られない……。


そう思っている新一の気持ちが伝わったのか、平次が再びキスを落としてきた。


……これが……本当の、キス………。


心が暖かい何かで満たされていく。

心の渇きを潤してくれる。深い傷を、癒してくれる。暖かい優しさで…包んでくれる。



嬉しさで……涙がでる……。



こんなにも心が満たされるキスが出来るのは、平次だけ。


この世で、たった、一人だけ。



「…っ…と…り…」


流れ落ちる涙を拭いもせずに、新一は平次の首に腕を絡めてキスをねだる。

今までの辛さを消すように。平次を確かめるように。新一はただ、がむしゃらに平次を求めた。


「っ…んっ……ふ…」


深いキスに翻弄されながら、それでも幸せを感じる。

唇が離れると、新一はゆっくりと瞳を開けて平次を見た。


「っはっとっ…」


名前を呼ぶために口を開いた新一に、また平次がキスを仕掛けてきた。


「っ…んんっ……」


平次もまた。新一を、求めているのだ。




長い長いキスの後、名残惜しそうに平次は唇を放し、しっかりと新一を見据えた。


「なぁ…工藤が好きでもない奴と付きおうてるのは、俺が工藤だけの記憶がないのと何や関係あるんちゃう?」

「…え…何っ………」


ぎくりと新一の身体がこわばる。

一度たりともそういう素振りを見せたことはないはずなのに。


「…ホンマ言うと、まだ工藤のこと、思い出せへん…」


そう言う平次は辛そうで。

たくさん。たくさん悩んだのだろう事が手に取るように解った。

新一も泣きそうな顔で平次を見ると、それを見た平次がくすっと笑った。


「せやけど、解っとることも…あるから…」


新一にキスをした瞬間、霧が晴れたように自分の気持ちが見えた。

確かに自分の中にあった感情。

隠れていて見えなかっただけの、感情。


「え…?」


不思議そうに平次を見てくる新一の頬に手を伸ばして、触れる。

些細なその行動にもいちいち反応する新一を目を細めて見た。


「俺は…工藤を愛しいて…思う…」


そして新一も。

自分と同じ気持ちなのではないか、と。思ったのだ。


「っ!!」


新一の顔が泣きそうに歪んだ。しかし、新一はそれを必死で耐えている。

その表情に、答えをもらった気がした。


「…アホやな」


平次はクッと笑うと、新一の耳元にそっと囁いた。


「我慢せんでええ言うたやろ?」


そして、再び唇が触れ合おうとしたその時。






低い、怒気をはらんだ声が、響いた。






「新一」





びくっと新一の体が震える。

それは、立川の、声だった。


木の影から姿を表した立川からは、怒りがひしひしと伝わってくる。

新一の心臓が。一気に冷たくなった気がした。










平次が自分の想いに行き着きました〜vv
長かったです〜(私的に/笑)
例え記憶が失われようと、平次が行き着く先は新一と決まってるのですvv
そこで立川ご登場……どうなるんでしょうか……?(をいっ)

それにしても文法、めちゃくちゃだなぁ…(泣)
次は頑張りますっιι
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