何も いらないから……



何も 望まないから………






貴方を想う事を







許して――








誓い

― vol.5



「好きですっ!つ、付き合ってくださいっ///」


新一の目に飛び込んできたのは、平次に告白する可愛い女の姿だった。



大学の講義が終わり、帰ろうとして廊下を歩いていた時に新一が偶然見てしまったその告白。

見るつもりじゃなかったのに。

早々に立ち去ろうとしたが、足が動いてくれない。


新一と付き合っていたころの平次なら、すぐに断ってくれていた。

しかし、今は新一のことを覚えていないのだ。だから、OKしてしまうかもしれない。

その不安が新一の足を動かなくしていた。




平次は少しだけ考えるような素振りを見せた後、ゆっくりと言った。


「あー…スマンけど、付き合えへんわ…」


申し訳なさそうに苦笑する平次を驚いたように見てしまう。


女はその返事を聞くと、悲しそうな表情を浮かべた。


「付き合ってる人、いるんですか…?」

「いや……居らへんけど…」


言葉を濁すように平次が返事をすると、俯いていた女がパッと顔を上げた。


「じゃ、じゃあ、好きでいていいですか?」


女も本当に平次が好きなのだろう、頑張っていることが伝わってくる。涙ぐんでいる女を、素直に可愛いと思った。



思うだけなら、自由だ。



きっと平次は、ありがとうと、言うのだろう。優しい、奴だから。









胸が 痛い。









平次は目を瞑って黙っている。そして、ゆっくりと目を開けて微笑んだ。






「スマン…俺、めっちゃ好きなやつ、おんねん」






そう言い切った平次は、本当に愛しそうに目を細めて笑った。










「……わ、かりましたっ…」


平次の表情に、これ以上自分が入る余地がないことを理解した女は、涙を流しながら走り去ってしまった。



新一はその光景を、信じられない様子で見ていた。


―― だって…服部は……




すると、近くで見ていたのだろう、平次の悪友達が二人、そろって出てきた。


「おい、服部!聞・こ・え・た・ぜ♪」


ニヤニヤしながら二人は平次の周りにまとわり付く。


「お前らっ!…ったく、盗み聞きするて趣味悪いで」


ため息を吐きながら二人を軽く睨むものの、悪友たちには微塵も効果がないようだった。


「ま、いいじゃねーか♪つーか、お前、好きな奴いたのかよ!?」

「な、誰 誰?」


はやし立てる悪友に、平次はきょとんとした表情をした。


「へ?……あれ?」

「勿体ぶらずに教えろよー♪」

「どこのどいつだよ、服部にそんなこと言わせる奴は♪」


平次は複雑そうな、それでいて自分でも訳が解らないといった表情で頭を掻いた。


「あ…いや……好きな奴、居らへんはずなんやけど……」


当然、悪友たちはもっと解らないという顔をした。


「は?」


「何だ、それ?」

「何や、自然に口から出てしもて……」


そう、自分でも当たり前のようにそんなセリフが出てきたのだ。
しかし、『めっちゃ好きな奴』の心当たりなど少しもない。

どうして自分がそう言ってしまったのか、自分でも驚いていた。


「ふーん、ま、いーけど…」


「そんじゃ、他のやつらに言いふらしてくるなー!」


平次も自分のセリフが解らないのを理解してくれたのだろう悪友たちは、気持ちを切り替えて楽しそうに言い、今度は走り出した。

もちろん、平次が困ることを解ってやっているのだ、あの二人は。


「ちょ、ちょお待てっ!」


平次が止めようとしたのも虚しく、二人は走って行ってしまった。

止めようと出しかけた手が空を漂う。





「ほんまに、あいつらは…」


ため息を吐きながら、けれど決して怒った風ではない平次が顔を上げた。





瞬間、バチッと平次と目が合ってしまう。





わざとではないとは言え、新一は平次が告白を受けてた一部始終を見てしまったのだ。

何を言われるかと思い、言い訳を考え始めた瞬間。














「工藤やんけ!」





パッと花が咲いたように平次が笑いかけてきた。




「どないしたん、そんなところで?あ、工藤今から帰るとこかいな?それやったら…」



















やばい と、思った。















そんな嬉しそうな顔をしてこっちを見るな…















そんな優しい声で俺を呼ぶな……





















……涙が……


































出そうになる……








































本当に好きで。


心から 愛している 人。


自分を見てもらえると心臓がドキドキして。


自分に声をかけられると 嬉しくて。


だから。泣きたく なる。




不意に目頭が熱くなった。


―― 駄目、だ。ここで泣くわけには…いかねぇ……。


ふいっと踵を返して足早に平次から遠ざかろうとした。


「ちょ、工藤ぉ!?」


とまどっているような平次の声が聞こえたけれど。


立ち止まっている余裕なんて、なかった。




ただ、早く。



早く、平次のいない場所に 行きたかった。














『俺、めっちゃ好きな奴、おんねん』






平次のあの言葉が頭の中を駆けずり回っている。


それは、新一と付き合っていた頃、告白された時に言っていた、断りの言葉。

そしてその後は決まって新一の所に来て、囁いてくれた。





『めっちゃ好きやで、工藤』





そう、愛しそうな声で。








―― 服部……。










もしかして、うぬぼれていいのだろうか…?










―― お前が俺を忘れても……心の中では 覚えていてくれてる……って……。















服部……。




好きだよ………。





お前のことが。





こんなにも――。










だけど。駄目なのだ。平次の前で、泣くわけにはいかない。


いつだって自分の泣き場所は、平次だった。

平次と出会う前だったら泣きそうになった時はぐっと我慢をしていた。

人に涙を見せるなんて、自分が嫌だった。絶対、人前で泣くものかと。固く心に誓っていた。



でも。…それなのに。


『我慢することないんやで?泣きたいときは泣いてまえばええ』


平次のその一言で。その固い決心は。






一瞬にして、砕けた。






平次の暖かい腕でしっかりと抱きしめられて。

あやすように背中を撫でられて。

髪の毛や頬や額に口付けられて。


『俺が傍に居るから…』


そんなことを囁かれしまったら。




我慢なんか、できるわけ なかった。






だから、駄目だ。

平次が傍にいると、泣いてしまう。


今の平次は。自分が泣いて縋っていい平次では ないのだから…。











その時、少し強い力で新一の腕が掴まれた。


「ちょ、工藤!」


いきなりあんな態度を取ったので不審に思ったのだろう、平次が追いかけてきたのだ。

少しだけ焦っているような空気が伝わってくる。


「一体何や…」


理由を聞こうとした瞬間、新一の表情を見た平次はぎょっとした。

新一の瞳に浮かんでいるのは、まぎれもなく涙だった。


「…放せよ」


新一は瞳に涙を浮かべたまま、決して平次の方を見ようとせずに静かに言った。

放せと言うものの、平次の手を振り払うでもなく。新一はただ平次が放すのをじっと待っている。


「っ…せ、やかて…工藤……それ…」

「…いいから…放せ…」


早く放して欲しかった。それは、事実。



だけど。



平次の手を……温もりを……



振り払えるはずが、なかった。





その状態のままお互い喋らず、しばらく沈黙が続く。






と、平次がぽつりと呟いた。


「何で我慢すんねん?」

「…え…?」


そのセリフに思わず新一は俯いていた顔を上げて平次を見た。


「泣きたいときは、泣いてまえばええんやで?」


平次の言葉に驚き、目を見開いた。



その、言葉は。



ずっと前に。服部が 俺にくれた、言葉……・。
















もう、駄目だった。















涙が、あふれ出た。





優しい表情の平次を見たまま、ぽろぽろと零れ落ちてくる涙を止められない。




辛かった。




苦しかった。




ずっと、泣きたかった。




解ってくれることが、嬉しい。


全て包み込んで癒してくれる平次のその優しさが、愛しい。







瞬間、新一はぐいっと引っ張られたかと思うと、暖かい腕に包まれた。



間違えるはずがない。自分が求めていたものが、そこにはある。



それは、紛れもない、平次の、温もり。





そう、今新一は焦がれてやまない平次の腕の中に収まっているのだ。


「……っと…り…?」


頭が上手く働かない。新一は流れる涙をそのままに、平次を不思議そうに見た。

しかし、驚きながらも、求めていた温もりの中で安心している自分がいる。



新一が平次の名前を呼ぶと、はっと我に返ったように新一に回していた手を解いた。


「っ!!す、すまんっ!!何してんのやろ、俺っ…何や体が勝手に動いて……」


新一の瞳から流れ落ちるその涙が。


とても。綺麗だと、思って。


護りたいと……思って……。



頭よりも、身体が、動いた。



焦りながらも何とか弁解をしようと必至な平次を、驚いたようにポカンと見ていた新一は、二三度瞬きした後、ふわり、と。綺麗に笑った。


「っ…く、ど…」


平次は本当に綺麗なその笑顔に。





少しだけ呼吸を忘れた。









新一は、こつん、と平次の肩に額を乗せた。


「…悪い……も、ちょっとだけ…」


少しだけ。肩を借りてもいいだろうか…?

今だけ。今だけで、いい。


そうしたら、すぐに現実に戻るから…。

少し泣いたら、すぐに立ち直るから…。


お前の暖かさがあれば、大丈夫だから……。


平次の傍にいると、涙さえも暖かく感じるから不思議だった。




自分の肩に額を預けた新一を見た平次が少しだけ躊躇した気配がしたが、すぐに新一をそっと抱きしめてきた。


「……気ぃすむまで、泣いたらええ………傍に、居ったるから……」


そう言う平次の声が本当に優しくて、また、涙が浮かんでくる。











優しい時間が、流れた――。












新一が少しだけ報われている話ですvv
体が先に動いてしまうなんて、愛ですね〜vv
新一、頑張れvv平次も頑張れvv

そして、これからまた、少しだけ話が動きます
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