心は いつでも




君の傍に……






誓い

― vol.4



あれから平次が退院したらしいということを、噂で聞いた。

新一はあれから会いに行かなかったし、新一のことを忘れた平次が会いに来ることも、なかった。

寂しさはつのるけれど、それでいいと思った。

事件のことなど、思い出さない方がいい。


原因となる立川は今日、休日と言うこともあってどこかへ出かけているらしい。

そのため、今日は一人でいられる。


そう、一人は慣れている。


平次と出会う前は一人で行動することしかしなかったし、一人が好きだった。



でも……



平次と……出逢って、しまったから………。





もう、一人でいる方法なんて、忘れてしまった。





何して過ごせば、いいんだろう……?


ふと、靴紐が解けかけているのを見つけた。その場にしゃがんで靴紐を結びなおす。

少しだけため息を吐いてすっと立ち上がった瞬間、ぐらりとめまいがした。


「っ…!」


ぐっと足に力を入れて体勢を整える。

そういえば、昨日は眠れなかった。いや、昨日だけではなく、平次が転落してからまともに眠っていない。

そして自分の空腹に気付く。こちらも二日ほど何も食べていない状態で。

何か食べなければならないと思うのだが、いざ食べようとすると受けつけない。


―― 何やってんだ、俺…


自嘲気味に乾いた笑いをこぼす。










その時。










「工藤!」










その声を聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。










――――止まってしまえばいいと  思った。










どうして……


どうして……声を聴くだけで……… こんなに………



















新一はゆっくりと振り返って、自分のほうに向かってくる平次を見た。


「工藤……やったよな?」


おずおずといった感じで話しかけてくる平次でさえも、新一の胸の鼓動を高鳴らせる。


「あ…あぁ…」


思わず出そうになった笑顔を無理矢理引っ込めてポーカーフェイスを作る。



平次はすまなさそうに新一を見た。


「ほんま、すまんな。工藤のことだけ覚えてへんて…自分でもイヤな奴や思うねんけど……」

「別にいいよ。服部の所為じゃねぇし」


目線を逸らせて、わざと素っ気無く言う。

そのことに平次はちょっと戸惑ったように頭を掻いて言った。


「いや……せやかて、友達に聞いたら、俺らめっちゃ仲良かった言うてたから……そないに仲良かった工藤のこと忘れたて…」


「いいんだ、服部」


平次の言葉を遮るように新一は言った。


それ以上、平次の口から謝罪のような言葉を聞きたくなかった。

お前が……自分を責める必要なんて、全然ねぇんだよ、服部…。


悪いのは、俺………


一番大切な奴を護れなかった……俺……


でも……





「服部〜〜!!」

「ほら、服部、呼んでるぜ?」


平次を呼ぶ声がしたので、新一は平次を促した。


「あ…ああ。ほなな」


何か言いたそうにしていた平次だったが、自分の名をしつこく呼ぶ友人に溜め息をついて、そのまま行ってしまった。


新一は平次を見送りながら、ぎゅっと握っていた拳の力をふっとぬく。


緊張感が切れると、我慢していた涙が視界をぼやけさせた。





今度こそ、護るから………





二度とお前を傷つけさせねぇから………






もう…… 傷つけたくない―――――。











今夜もきっと………眠れない…………。










 











「それでその時…」


新一は立川と歩きながら、話される事をぼんやりと聞いていた。

楽しく、ない……。


平次と離れてから、もう1週間経っていた。

あれ以来、新一としても、どうにかして立川の弱点を探ろうとしているのだが、埃一つ出てこない。

立川はかなり頭がキレるみたいで、長期戦になりそうだと覚悟した。


ぼんやりしていると。どうしても考えてしまう…。


―― 服部…

今 何をしている…?



笑っていればいいと 願う…。




「何を考えているんだい?」


新一がボーっとしていたことに気づいたのか、立川の眼光が少し鋭くなった。


「…別に」


想う事も、許さないとでも言うのだろうか…。


―― バカだよな、コイツも……


人の心なんて、縛れはしないのに。


「……服部の、ことかい?」


途端に立川を取り巻く空気がキツくなる。

しまったと思った。


「あいつはもう関係ねぇだろ!!二度とあいつの名前出すなよ!!」


叫ぶようにそう言い切ると、立川はコロッと態度を変えた。


「ああ、そうだよ。君さえ居ればあんな奴、どうでもいいさ」


新一の手をとり、口付ける。

新一は大人しくその口付けを受け、話を反らすのに成功したことに安堵した。


「やっと解ってくれたんだね、嬉しいよ」


大げさと思うくらい嬉しそうに言った立川は新一を抱きしめてきた。

少しも抵抗しない新一に気を良くしたのか、立川はもう機嫌が良くなっている。


「いい子だね」


そう言って立川が新一の顎に手をかけてゆっくりと唇を落としてきた。


「やっ、めろっ…!!」


新一は首を振って抵抗した。


あいつ以外とのキスなんて嫌だっ!!

俺が欲しいのはこいつじゃないっ!!





欲しいのは……





「工藤!」


有無を言わせぬ低い声で立川が新一の名前を呼ぶ。新一の体がビクッと跳ねる。


そう……忘れていたわけじゃない……。


こいつに逆らったら……


抵抗を止め、唇をかんで俯く新一を見て、立川はふっと笑った。


「好きだよ」


ゆっくりと唇が重なる。

新一は堅く目を瞑り、ぎゅっと拳に力を入れて耐えた。

心が、拒否反応を示す。そんな心にも鞭を打って、ひたすら耐える。


と、いきなり立川の舌が進入してきた。

新一の舌を絡めとって、深いキスを繰り返す。


立川とのキスは、嫌悪感しかない。こんなの、キスではない。




キスは…… 本当のキスというのは………




その時、ガタンという音がした。






咄嗟にドアの方に目をやると、そこには平次がいた。


「っ……とりっ…」


信じられないものを見るように、新一は目を見開いた。


「おや、服部に見られていたか…」


くすくすと楽しそうに笑う立川を横目に、新一はショックで立ち尽くしていた。


―― どうしよう……見られた……

一番…見られたくない奴に……。


立川の態度からして、おそらく平次がいることに気付いていたのだろう。

気付いていて、あえて平次の目の前で新一にキスをしたのだ。


言葉も出ずに立ち尽くしている平次を前に、立川は新一を抱きしめた。


「いい機会だから服部にも言っておくよ。僕と新一は付き合っているんだ」


本当に、心から楽しそうに平次に言う立川が憎いと思う。それでも新一に刃向かう術はなかった。


「ばらしたいのなら、ばらしても一向に構わないよ。」


むしろばらしてくれと言わんばかりの態度に、新一はぎゅっと拳を握りしめた。

立川が何か閃いたように、今だ固まっている平次を振り返って見た。


「そうだ、君、新一を家まで送り届けてくれないか?俺が行きたいんだが、生憎と、この後用事が入っていてね」


それまで黙って聴いているしかなかった新一は、そこで初めて立川の言葉にはじけたように口を開いた。


「っ!い、いいんだ!!俺、一人で帰るから!!」


多分、試しているのだろう。

平次が一緒に居ても、新一が平次の元へ行かないかということを。


試すようなことをしなくても、平次の元に行くわけにはいかないのに。

そんなことに平次を巻き込むわけにはいかなかった。


それに、新一にとっても、辛い。触れ合えない近さが、辛い。





しかし、平次の口から出たのは意外なものだった。


「…ええで、別に」



その反応に新一は絶句した。



「そうかい。話を解ってもらえて助かるよ」


してやったりといった立川の表情を新一は見逃さなかった。


「それじゃ、新一。また明日ね」


当たり前のようにチュ、と頬にキスを落として立川は去って行った。










新一にとって耐えられない沈黙が訪れた。


その重苦しい沈黙を壊したのは平次のほうだった。


「なぁ、工藤。一個聞いてもええか?」


ビクッと新一の体が震える。

あれほど聞きたいと思っていた声なのに、今は少しだけ怖かった。


「工藤…ほんまにさっきの奴とつき合うてんのか?」

「っ…!?」


違うと。違うと叫びたかった。







叫べたら。どんなに良かっただろう。








違うと叫んで。自分が好きなのは、自分が心動かされる唯一の人間は、お前だけなのだと。伝えたかった。


でも、そんなことできるわけがなくて。



新一は拳にぎゅっと力を入れながら、こくんと頷いた。


「…………そか…」


一番誤解されたくない人に、誤解されてしまった。


もう……戻れない……。


そこまで考えて、自分の考えにふっと笑った。


―― 戻れないって……まだ戻る気でいたのかよ、俺……


諦めきれてない自分の考えに呆れる。


そこで、はっと気づいた。いくら平次の理解力が優れているとしても、男同士の恋愛をどう思っただろうか。

そのことを考えると新一の血の気がさっと引いた。


「あ…のさっ……そのっ……」


一生懸命何とかフォローしようと試みるが、どう言えばいいのか分からない。

他の人間ならばどう思われようと構わない。どんなに蔑まれようとも、非難されようとも痛くもかゆくもない。


―― でも、服部にだけは……服部にだけは軽蔑されたくない。


平次に軽蔑されてしまったら心が凍ってしまう。


―― 俺……お前に嫌われるのは…………怖い……。


ぎゅっと唇を噛んで下を向いていると、上で平次がくすっと笑う声が聞こえた気がした。


「大丈夫やで。俺、そおゆうの差別とかせぇへんし。別に言い触らしたりとかもせぇへんよ」


顔を上げて見ると、平次は思った通り優しくほほえんでいた。


「ほな、行こか」

「………え……?」


どこに?と聞こうとするより早く平次が言葉を紡ぐ。


「アイツに工藤送れて言われたしな………それに…」

「…だっ…大丈夫だからっ……俺、一人で帰れる…」


必死に上手く断ろうとするのだが、言葉がでてこない。


「俺に送られるん、嫌か?」

「ち、違うっ!!」

「ほな、帰ろおや?」


その暖かい笑顔に、新一は何も言えなくなってしまった。



そんな笑顔はもう二度と見れないと思っていたのに。諦めて、いたのに。




―― お前は俺のこと忘れても…やっぱりそうやって笑ってくれるんだな…




記憶がなくなっても。やっぱり平次は、優しい平次のままで。






















新一が愛した平次のままだった。










 











家に帰っている間は、正直、楽しくて。嬉しかった。

新一はあまり喋らなかったが、平次が気を使ってか色々話してくれた。

久しぶりに、少しだけ笑った気がする。



楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、もう家に着いてしまった。


「…家……ここだから………えと、ありがと、な」


まだ一緒にいたかったが、長時間一緒にいればいるほど離れるときが辛くなるのが目に見えていたので、新一はそそくさと家の中に入ろうとした。


しかし、それは平次に腕を掴まれたことで阻止される。


「………なぁ」

「え…?」


腕を捕られたことに驚いて振り返ると、真剣な眼をした平次と視線が合った。


「……ほんまにアイツと付き合うてんのか…?」

「っ…!」


驚きに目が見開かれる。

それでも。ポーカーフェイスを崩さないように、耐える。


「……さ、さっきも言った…だろ」


その視線から逃れるように顔を反らす。


「…せやかて……俺、どおしても工藤がアイツのこと好きなふうには見えへんねん」

「……っ」


瞳が泳いでしまう。新一のその些細な反応で、平次には解ってしまったようだった。


「何で嘘つくんや!?そないな嘘辛なるだけやんか!?」


新一の肩に両手を掛けて詰め寄る。


「そんなん、お互い不幸になるだけやん!」


―― 解って、いる。 解って、いるんだ。


このままでは立川にとっても良くないと解っている。


自分だって。とても、辛い……。








それでも…。譲れないものが、あるんだ……。








「っ服部っ!!」


咄嗟に、ドンッと平次の胸を押し返した。顔が、上げられない。


「も………いい……から…」


それ以上言われたら……お前に頼ってしまいたくなるから。


何で………解ってしまうのか、不思議だった。


自分は平次が知らないはずの人間で。平次からしてみれば2,3度しか会っていない人間の、はずなのに…。


新一はぎゅっと拳を握り直して顔を上げる。







「俺は…大丈夫だから」






平次に心配かけまいと笑ってみせる。


そして「じゃあ」と言ってそのまま家の中に逃げるように入った。




















平次は、その場に立ち尽くしてしまった。


………なんちゅう顔…すんねん…


今にも泣き出してしまいそうなのを必死で堪えていた。

更にそれを隠そうと笑っているのが手に取るように解って。




胸が痛くなった。




病院で目が覚めて初めて見た人間が、新一だった。

しかし、自分の知らない人間で…。

平次を見る新一の目は本当に心から心配していることがひしひしと伝わってきた。

その瞳は少し赤くなっていて、あまり眠ってないんだろうということも解った。

どうして見ず知らずの人がそこまで心配してくれるのかが、解らなかった。


最初、新一は必死に自分の説明をして、思い出して欲しそうに平次を見た。

しかし、どうしても思い出せないと、すまない気持ちで謝った途端。新一は手のひらを返したように、あっさりと本当はあまり仲良くなかったなどと言う。

まるで新一が、自分の申し訳無いと言う気持ちを感じ取ったみたいだった。


それなら何故そんなに心配そうな瞳をしている…?

何故眠れないほど心配してくれたのだろうか…?


そのまま新一は平次に携帯電話を渡して、用事があるからと病室を出た。


最後に『お大事に』と。振り返って、平次を見据えた。

その時。新一の瞳の奥深くにある決意を見た気がした。








不覚にも……瞳が、奪われた。








熱さだけが…………










胸の中に 残った………………













愛する新一を平次以外とキスさせてしまったことお許しください〜(汗)
どんどん新一が不幸になっていく気が
いやいや、負けずに新一に幸せになっていただきます!!
ちゃんと平次の中に新一は居るのですから、大丈夫ですvv
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