君に出逢えて



本当に 本当に良かったと……







心から、そう………思う――。











誓い

― vol.2




『工藤………』




平次に呼ばれた気がした。



―― 服部…?


何だか妙な胸騒ぎがする。

約束の時間まであと20分。

ここで待っていれば犯人は現れる。その犯人を捕まえてしまえば平次に危害が及ぶことはない。

だからどうしても犯人を捕まえる必要がある。それは理解している。



でも……。胸騒ぎが、する。



この不安はどうかしている。


平次のことを考えると居ても立ってもいられなくなった新一は、辺りを見まわして犯人がまだ来てないことを確認し、携帯電話を取り出した。

そして、急いで平次の携帯に電話をかけた。


一言 声さえ聞ければ安心できる。


―― 早く出ろ、服部…!


と。


ピリリリリリ…と、平次の着信音が、受話器をあてている反対側の耳から聞こえた。

それは小さな音だったが、確かに近くから聞こえるものだった。

音がした方向、校舎の上の階にゆっくりと顔を動かす。

瞬間、新一は自分の目を疑った。

東校舎の4階の窓から、平次が背中を下に、落ちてきたのだ。


「っ…はっ…」


平次の名前を呼び終わる前に、平次がドサッという大きな音を立てて地面にたたきつけられた。


新一は携帯を投げ捨て、急いで平次の元へ駆け寄る。


「服部!!服部!!何でっ」


恐怖にじわりと涙が浮かんだ。


―― 泣いている場合じゃねぇ!!


弱気になる心に鞭打って、ぐいっと瞳に浮かんだ涙を拭い去る。

平次の呼吸、脈の確認する。

呼吸はしているものの、息苦しそうで肩で息をしている。

吐血はない。しかし、頭を強く打っている。衝撃で骨も折れているだろう。


新一はすぐさま投げ捨てた携帯を拾い上げて119番を押す。


「救急車一台大至急お願いします。人が4階から転落しました。場所はべいか大学東校舎裏で、住所は××××です。」


早口で伝えると、通話も切らないまま携帯を横に落とした。

そして持ってきていたバッグを開けてタオルを取り出し包帯に変えて、明らかに折れているだろう左腕を固定した。

新一が出来る限りの応急処置を済ませた後、平次の頬に触れて必死に呼ぶ。


「服部!!服部、しっかりしろ!!目を開けろ、服部!!」


救急車が来るまでの長くて短い時間、新一は平次を呼びつづけた。










 











救急車で付近の病院に運び込まれた平次は、すぐさま検査され、手術を受けた。


待っている間の時間はとても長く、新一に生きた心地を与えてはくれなかった。

自分が見たところ、命に別状はなさそうだが、それでも安心することはできなかった。


呼んでも呼んでも目を開けてくれなかった恐怖が、頭の中を支配している。


いつでも、どんなときでも。


新一が呼んだら、平次は新一を見てくれていた。



どんな小さな声でも聞き逃さずに、優しい瞳を向けてくれていた。



その瞳が閉じられている。そのことが、酷く恐ろしかった。


頬に触れていた指先から伝わってくる平次の体温が唯一の救いだった。





その暖かさが消えてしまわないように。







必死に 祈った。

















パッと手術中のライトが消え、ほどなくして扉が開いた。


ガタンとイスから立ちあがると、扉の中から医者と看護婦が出てきて新一に気付くと、こちらに歩いてきた。

その後、酸素マスクをして点滴に繋がれた平次が乗ったベッドがガラガラと病室の方へ運ばれていった。

咄嗟に平次の傍に行きかけたが、ぐっと我慢をして深呼吸をし、医者に向き直った。


「服部は、大丈夫なんですか?」


一番、聞きたかったことを質問する。


医者は看護婦に渡されたカルテを見ながら新一に説明をしてくれた。


「左腕と肋骨1本が折れてはいましたが、脳波は正常でしたし、命に別状はありません。鍛えてある体でしたし、応急処置が素早く正確に行われたためでしょう。ただ、4階から落ちて頭を強く打っていますので、しばらくは絶対安静になります。」


医者はそう一通り平次の状態を説明して、お大事にしてくださいと言い残して去って行った。

命に別状は、ない。

少しほっとした新一はドサリとイスに崩れるように座った。


しかし、新一の体の震えは止まらなかった。震えている自分の手をぎゅっと握る。

この恐怖は知っている。以前平次がお腹を銃で打たれたときも、心が冷えるような恐怖を感じた。


平次が落ちる瞬間を自分のこの目で見てしまったのだ。あの時よりも恐怖は大きいかもしれない。


それ以上に。






見て、しまったのだ……。






平次が落ちてくる瞬間、垣間見たのは平次の胸を押す人の手。





誰かに突き落とされたのだと、確信した。



誰が?どうして?



新一は恐怖に負けないよう、ぎゅっと自分の体を抱きしめた。










 











許可をもらって、静かに病室に入った。

月明かりが電気がつけられていない病室を明るく照らしていた。

平次がいる病室は個室で、やけに広く感じる。


先ほど平次の両親に電話し、事故のことを報告した。

もちろん、誰かに突き落とされたみたいです、などとは言っていないが。

電話に出たのは、平次の母、静香だった。

静香は新一からの報告に驚いたようだったが、忙しいようで東京には来れないという。

とりあえず、平次の傍についていてほしいと頼まれた。


『工藤くん居るんなら、安心やしね』


そう言う優しい静香の声が受話器越しに伝わってきた。


―― 俺…助けてやれなかったのに…


自分の無力さを恨む。



一歩一歩平次が眠っているベッドへ近づく。

規則正しい呼吸音に、少しだけ緊張がほぐれた。

ベッドのすぐ傍にあるイスに腰を降ろし、平次を見る。

伸ばした手を少しだけ躊躇しながらも平次の頬に触れた。


―― 暖かい…。


何処のどいつが平次を突き落としたのか気にならないわけでは決して無い。しかし、今はこの平次の温もりを感じれるだけでよかった。

骨が折れていない右手をそっと握り、自分の頬に摺り寄せる。


「…服部…」


自分の発した声が、頼りなさげに響く。


「…服部」


助けてやれなくてごめん、などと言ったなら、平次は怒るだろう。


『工藤のせいとちゃうからな?いつも自分ばっかりが悪い思うなて言うてるやろ!?』


そう言うのが平次だと知っているから、謝罪の言葉は口にするつもりはない。

だけど。心の中で何度も謝る。


「っ……服、部」


平次に言いたい言葉はたくさんあったはずなのに。今は平次の名前しか出てこない。





新一は、夜じゅう、愛しい人の名前を呼びつづけた。










 











次の日になっても、平次は目を覚まさなかった。酸素マスクは取れたものの、点滴は絶え間無く続けられている。

検査のため医者と看護婦が病室を出入りする様子をぼんやりと眺める。

新一の頭の中でそれは非現実的なようにも映っていた。



お昼に必要なものを取りに帰ろうと考え、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。

家に向っている際に、大学の友人たちから何度も電話やメールが送られてきた。内容は『平次は大丈夫なのか』とか『どうして落ちたのか』などといったところだ。救急車を呼ぶ騒ぎにまでなったのだから噂にでもなっているのだろう。仕方ない。

最初は色んな人達からの質問に曖昧に返事を返していたのだが、頻繁にかかってくる電話やメールにうんざりした新一は携帯の電源を切ってポケットにしまいこんだ。



家に着き、手早く必要なものをまとめると早々に家を出た。

自分の家なのに、なぜか落ち着かない。

いや、本当は理由など解りきっている。


平次が隣に居ない。それだけで自分の家が他所の家のように感じるのだ。


新一と平次は一緒に暮らしてはいない。平次は新一の家から徒歩10分程度のところにアパートを借りて住んでいる。

しかし、付き合うようになってからは、必ず同じ家に帰るようにしていた。

例えばそれが新一の家だったり、平次のアパートだったりもする。

新一が平次のアパートに泊まったり、平次が新一の家に泊まったりと交互に行き来していたのだ。



そういえば少し前に、平次から一緒に暮らそうと言われていたことを思い出した。


『一緒に暮らさへん?俺、ずっと工藤と一緒におりたいねん』


平次がはにかむように、けれど優しく微笑むのが嬉しくて、すぐその場でOKした。



しかし、あの手紙が送られてきてから、それどころではなくなってしまったのだ。

傍にいたら危険が及ぶと思い、断固として反対する平次の意見をきれいに無視して、一緒にいる時間を減らした。

新一にとっても非常に辛かったが、心に鞭打って耐えた。




それなのに……。




平次が落ちてきた瞬間が頭の中に蘇ってきた。きゅっと唇を噛み締める。

新一に送られてくる手紙の犯人も、平次を突き落とした犯人も突き止めなければならない。


そんなことを考えている間に病院に着いてしまった。病院を出てからまだ1時間も経ってはいない。

病室に着くと、医者や看護婦は誰もいなかった。

どうやら今日の検査は終わったのだろう。

荷物を床に置くと、イスに座って小さくため息をついた。

平次は先ほどと変わらず、点滴を受けながら眠ったままだ。


言い知れぬ不安が新一を襲う。それは昨日からずっと続いている。


もし、このまま平次の目が覚めなかったら…。






もし、このまま…








平次が、死んでしまったら……。









自分の悪い考えを振り払うように首を横に振った。


「…早く、目ぇ覚ませ…」


―― そして、俺を、見ろ…。


平次が目覚めたらきっと、どうしてこんなことになっているのか混乱しながらも……笑いかけて、くれるだろう。


そうして、心配かけたと……抱きしめて、くれるだろう。


いつもの平次の顔で。新一がすごく好きな、あの笑顔で。


平次に見つめられるだけでも胸が高鳴って。体温が上昇していく。



平次の眠る横顔を見ると、胸がきゅうんと苦しくなった。



好きだと。思って。



いつもは恥ずかしくて言えないセリフを口にする。








「……好き、だ…」








そして。ゆっくりと平次の唇にキスを落とした。


軽く、触れるだけのキスを。






と。



その瞬間、平次がピクリと動いた。






「は、服部…?」


新一は動揺を隠しきれないまま、平次を呼んだ。



すると、ゆっくりと。








平次の目が、開けられた。











「…ん…」


「服部!!服部、大丈夫か!?」


少し声を荒げて平次を呼んだ。


「…どこや、ここ…?」


平次は目を開けたものの、頭が働かないのかボーっとしながら言った。

少なくとも知らない場所だということは理解しているらしいが。


「病院だよ。服部が4階から落ちて、それでっ…」

「落ちた…?…っつ!!」


体を起きあがらせようとして、痛みが走ったのだろう、再びベッドの上の人になった。


「動くなって!左腕の骨が折れてんだから!肋骨はひびが入ってるし…」


痛みをやり過ごすために深呼吸をした平次が新一を見た。

その瞳に、ドキリとする。

平次の視線は反らされることなく新一をじーっと捕らえていた。

その視線に急に恥ずかしくなり、新一は顔を反らして誤魔化すように言った。


「つーか、何であんなトコにいたんだよ!?危ねぇから一人で行動すんなって言っただろ!犯人の顔は見たのか?」



そこまで一気に捲くし立てた後、何だか平次に違和感を感じた。



確かに平次なのだけど。何かが、違う。



新一を見る瞳が、違う。






まるで………。






「あ〜…すまんのやけど……」


平次が困惑気味の顔で苦笑した。



新一の頭の中に警報がうるさく鳴り響く。










駄目だ、と。










それ以上言うな、と。


































「……誰や…?」





















目の前が…真っ暗になった気がした―――。














どもどもーvvWeb拍手のコメントが嬉しくて嬉しくて嬉しくて一気に2話目を書き上げてしまった花蘭ですvv
さて、平次が愛しの新一の事を忘れてしまいましたっ。
立川の思惑通りに事が進みつつありますなぁ(笑)
うーん、これからどうなることやら…(をいっ)

あ、ちなみに。骨折とは、骨が折れたことを指しますが、ひびが入ったことでも骨折と言うそうです。勉強になりました、ハイ。
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