朝 目覚めると



隣に服部がいることの 幸せ――――――



誓い

― vol.1






長い大学の講義が終わり、工藤新一は帰る支度をしながら ふう、と小さなため息を吐いた。

そして自分でしてしまったため息に気付き、きゅっと顔を引き締める。


周りには大学の友人達がこれから食べに行く相談などをしている。


と、友人の一人が新一を見て眉を顰めた。


「おい、工藤。顔色悪いぜ?大丈夫か?」


すると、周りの友人達も一斉に新一の心配をし始める。

その台詞にドキリとした。しかし、それくらいでポーカーフェイスを崩す新一ではない。


「あ、あぁ。ちょっと忙しくてあんまり眠れてねぇからかな」


冗談めかして言うと、周りの緊張が解ける。


「まぁ、名探偵だもんな」

「謎ばっかり解いてねぇで、勉強しろよな―」

「ばか、工藤はお前より頭いいっつーの」


何とか誤魔化せた新一は、心の中で胸をなでおろした。


隠していたはずなのに気付かれるなんて、それほどまでに顔色が悪かったに違いない。



さっき友人に言った忙しくて眠れないなどということはない。






そんな簡単な理由では、ないのだ。







食事に誘われたのを丁重に断って友人達に早々と別れを告げると、気の進まない足取りで自分のロッカーへと辿り着いた。



頭が痛い理由は。そんなものではない。






カチャ、とカギを外して扉を開くと、一枚の紙がヒラリと新一のロッカーの中に舞い落ちた。

ロッカーの隙間に挟んでいたのだろう。二つに折ってあるそれを手に取り、開いて見る。


黒い紙に白いワープロ文字で一言。



『貴方を愛しています』



新一は眉を顰めてぐしゃっと紙切れを握りつぶした。

そして、またか、とため息を吐く。


そう、こんな手紙が送られてくるのはこれが初めてではなかった。

最初にこの奇妙な手紙が新一のロッカーに届けられたのは、およそ1ヶ月前のこと。


『1ヶ月後、僕が貴方に纏わりつく悪を倒し、堂々と貴方に愛を囁きましょう』


そんな内容の手紙が来てから今まで、毎日毎日新一のロッカーには謎の手紙が残されているのだ。


『愛しています』


『貴方は僕のモノ』


『早く貴方を愛したい』


『貴方は僕の運命の人』


そういった一言や二言の文章が毎日送られてくる。



新一も犯人を突き止めるべく、いろいろ動いたりはした。

しかし、この手紙の送り主はとても用意周到のようで、証拠という証拠は少しも残されていないのだ。

黒い紙は何処でも売っている普通の画用紙だし、白い文字もワープロなので誰の筆跡か解らない。

もちろん指紋も丁寧に消されている。

共通性が見られるのは黒い紙に白いワープロ文字の文面だけであって、大きさや口調、それが送られる時間や場所は全然バラバラで足取りを掴めないままでいた。



そして、明日でちょうど、初めて手紙が送られてきた日から一ヶ月を迎えようとしていた。

新一は不安でならなかった。

自分一人が狙われるのであれば、まだこんなにも頭を悩ます必要はなかったと思う。

しかし、新一が気になっているのは、『貴方に纏わりつく悪を倒し』のところだった。


犯人が新一を想っているのは文面からして確かだろう。

その犯人からしてみて、一番邪魔な存在といえば一つしかない。

それは新一の恋人。



服部平次だ。



恋人の平次の存在は世間には隠してある。誰にも言ったことがない、二人だけの秘密の付き合いなのだ。

でも、それでも幸せだと思える。

平次を傍に感じるだけで。平次が笑ってくれるだけで。

とても満たされている。

他人には決して理解されない関係だけれども。



秘密にしているものの、どこかからバレたという可能性は容易に有りうる。

だから犯人が新一の恋人が平次だということを知っているのかもしれない。

だとすれば、『悪を倒す』というのは、平次を倒して新一を自分のものにするという意味なのだ。

ただ単に剣道の勝負など、勝負事で倒すというのならまだいい。




しかし。




不吉な考えが頭から離れないのだ。


もしも平次本人に危害を加えるような形を取ってきたら……。

ゾクリと背中に寒気が走る。


この手紙のことは平次に知らせてあるし、十分気をつけてくれと言い続けている。

しかし、いつまでたっても新一の心から不安が取り除かれることはなかった。

何故か…なんて、自分でもよく分からない。






ふと、その手紙がいつもより分厚いのに気が付いた。

良く見てみると、その黒い手紙は二枚が重ねられて薄くノリ付けされているようだった。

新一は急いでその二つをはがしてみる。

すると、下の紙にはいつものように一言、二言言葉が書いてある物ではなく、今回は文章が綴られていた。



『 いよいよ明日が約束の一ヶ月だね。貴方が私のモノになるのが待ち遠しい。

いつも君が私を探してくれていたのに身を隠すようなことをして申し訳ないと思っているよ。

けれど、二人の愛のためだったのだ、理解してくれたまえ。

さて、今日は貴方に吉報を届けに来た。

今日の6時に東校舎の裏庭に来てはくれまいか?

そこで君に直接愛を囁こう。そして二人で永遠を誓おう。

1日ばかり早いが、君も私に逢いたくてたまらないようだしね。

その後は私の家に招待するよ。そしてそこで君をこの手に抱こう。

二人は離れられない運命なのだから。 』




再びぐしゃっと握りつぶそうと思ったのを寸前の所で思いとどまり、新一は小さく深呼吸をした。

寒気がしたが、チャンスだと思った。

犯人が来るのならそこで決着をつければよいのだ。

今の新一の頭には、平次に危害を加えられる前に自分が解決しなければならないという思いでいっぱいだった。


今の時刻は午後5時を少し回ったところ。

1時間ほど早いが、どうしても気がせいてしまっている新一はもしもの時のために準備しておいたバッグを肩に掛けてその場所へと向ったのだった。










 











―― 明日でちょうど一ヶ月やんなぁ…。



服部平次は廊下を歩きながら考えていた。

と言っても、別に何が起こるわけでもなく、ただ毎日新一に手紙が送られてくるだけだった。

しかし、だからと言って気を抜いている訳ではない。

犯人を捕まえるそのときまで気を抜いてはいけないというのは基本中の基本だ。

それより、何よりも新一へラブレターが送られてくることで、とても嫌な気分を味わっている。

それなのに、新一は平次にばかり気をつけろと毎日毎日飽きもせず言いつづけてくる。


―― ったく、もっと自分のこと心配せぇっちゅうねん…。


新一らしいと言えばらしいのだが。

『貴方に纏わりつく悪を倒し』という文面は確かに平次のことだろうが、だからと言って新一が狙われているのに変わりはないし、新一に何か危害を加えない保証も、ないのだ。

文面から見るにストーカーに近いと言っていいだろう。だからそいつの狙いは新一でしかないのに。


四六時中新一の傍にいたいと言った平次の言葉は、新一から頑なに拒否され続けている。

『一緒にいたら危ねぇだろ!!』とか『お前は人の多いところにいろ!!』とか言われつづけている。

それでも諦めない平次に、『それ以上言いやがったら別れるからな!!』などと、平次を諦めさせる言葉を知って使っている。

それでも平次にも引き下がれない。なんたって、新一に被害が及ぶかもしれないのだ。そんなこと言われたからと言って簡単に諦められないのだ。


新一が自分のことを心配してくれるのは、正直嬉しい。

しかし、それと同じくらい。いや、それ以上に自分が新一のことを心配しているのも、解ってほしい。



まぁ、こっそり新一に気付かないところでしっかり新一の様子を見てはいるのだが。






ふと、窓の外を見ると、新一が走っているのが見えた。

声を掛けようと思った瞬間、新一の表情を見た平次は目を見開いた。





事件に向うときと同じ、表情。





何か動きがあったのだと平次は確信した。

新一の走っていく先にあるのは現在あまり使われなくなっている東館。


「あんのあほっ!俺に一言言えっちゅーねん!」


下に降りてから追いかけるのでは間に合わないと思った平次は、今いる南棟から直接東棟へ繋がっている渡り廊下を走った。




長い渡り廊下を抜けて突き当たったところを右に曲がり、100Mほど先にある階段から下りようと東棟の廊下を駆け抜けていたそのとき。


平次の耳に、助けを呼ぶ人の声が聞こえた。


「すみませーん。誰かいませんかー」


声のした教室を見ると、男が高いところから試験管やビーカーなどのガラスを降ろそうとしているみたいだった。

その男の足元を見ると、不安定なイスを積み重ねた上に乗っているではないか。今にもそのまま落ちそうだ。

恐らく、高いところの物を取ろうとしてイスを積み重ねて上ったまではよかったが、不安定な上 頭上にはガラス類があるということでどうにも動けないのだろう。今のところ、本当に絶妙のバランスで倒れずにいるみたいだが。

しかし、今はそれどころではなく、一刻も早く新一の傍にいかなければならない。

そう思って平次は心の中で軽く謝ると、また走り出そうとした。




そのまま5歩くらい進んだのだが、ぴたりと足を止めた。そしてくるりと向きを変える。




困っている人を助けるのは、人として当然のことなのに。自分はどうかしていた。

見て見ぬフリをするのは自分のポリシーに反するし、そもそも、新一がそういうのをとても嫌うのだ。


『困ってる奴がいたら助ける。んなのは当たり前だろ!』


そう言いきった新一を思い出して、ふ、と笑う。

平次はその教室に入ると、窓際に立って不安定なイスをしっかりと掴んだ。


「あ、すみませんっ」


助けが来たことに気付いた男は不安定ながら平次に視線を向けて苦笑した。


「いけるか?そのガラス先に降ろした方がええんちゃう?」


左手でイスを押さえながら右手を伸ばして、ガラス類をトレーごと持ってやる。

平次は慎重に、ガラス類が並べられたトレーを近くのテーブルに置いた。


「ほれ、これで下りられるやろ」


男はほっとしたようにイスから飛び降りた。床に着地すると着崩れた服をささっと直して平次を見た。


「ありがとう、助かりました」

「いや、ほんなら、俺はこれで…」


平次はすぐに駆け出そうとお礼を言っている男に背を向けかけた。










その瞬間。










空気が 変わった。


















「……だめだよ…」





痛いほど殺気混じりの低い声に、平次は思わず振りかえった。










「お前……何モンや…?」


あくまで冷静に、慎重に行動しなければならないことは、感覚で解っていた。

男の顔を、見る。しかし、覚えの無い顔だ。


「立川桂」


自分の名前を継げた立川はうっすら笑みを浮かべながらゆっくりと平次に近寄ってくる。しかし、その瞳は殺気立っていて。


平次は必死に自分の中の記憶をたどった。

職業柄、人に恨まれる―逆恨みされる―ことは少なくはない。

しかし、今は勘弁して欲しかった。


―― 工藤んとこ行かなあかんのに……


新一がとても心配で、推理するのにも身が入らない。

ちらり、と目線だけを動かして窓から新一の姿を捜した。


「服部…君、邪魔なんだよね」


そう言われたと思った瞬間、平次の顔に向かって何か液体が吹きかけられた。


「っ!?」


咄嗟に吹きかけられた何かを見ると、立川の右手には透明な液体が入った香水のビンが握られていた。

おそらく何らかの液体を香水のビンに入れておいたのだろう。

少し甘い香りが頭に残る。何だか嫌な感じだ。


「何のつもりやねん!?」

「ただのハンデだよ。僕も柔道3段はもっているんだけど、君と戦うことになったらやっぱり僕のほうが不利だと思うから」

「そんなこと聞いてへんっ…っ!?」


カッとなって怒鳴った瞬間、ぐらりと目眩がした。

咄嗟に左手で窓枠を掴み、倒れるのを阻止する。


「あぁ、薬が効いてきたみたいだね。即効性だからあっという間だな」


意識がもうろうとしてきたが、くすくすと笑って嬉しそうに言う立川を何とか睨み付けた。


「…薬て、何使こたんや…?」


質問をしながら、自分の知っている薬品名を頭の中で挙げて、先程吹きかけられた薬品と照らし合わせてみる。しかし、こんな匂いの薬品なんて今まで見たことがない。


「そっか、服部でも知らないんだ。まぁ、そうだろうね。だってこれは黒魔術の薬品なんだから」

「黒魔術…やて…?」

「服部みたいなやつからしてみれば、黒魔術なんて信用できないんだろうね。でも、俺のは本物。信じるも信じないも勝手にすればいいさ」

「……」


平次は生まれてこの方、黒魔術なんてものを信じたことはない。


しかし、この頭の重さは現実で……




甘い香りが考えの邪魔をする。


―― 油断したな…… 流石に薬使こてくるなんて思わんかったわ……


意識が飛ばされないようにぎゅっと拳を握る手に力を入れる。

「さて、本題に入ろうか。俺もお前に危害を加えたくないんだよ。」

「薬使こた奴が…言うセリフやないで」


ここで倒れてはならないと、窓枠に両手をかけて自分の体を支える。


「元気だね、服部。俺の話は一つだけだよ。工藤と別れてくれないか」




「何…やて…?」




「君たちが付き合っていることは認めたくないけど事実みたいだからね。しらばっくれなくていいよ。証拠の写真もちゃんとここにあるんだから」


立川は少し面白くなさそうに一枚の写真を取り出して見せた。

そこには二人のキスシーンがばっちり映されていた。


「まぁ、俺は心が広いから今までのことは水に流してあげるよ。でもそれも今日限り。早く別れるって言いなよ」


立川の言葉が強烈な衝撃として酷く頭に響く。

逆らうことが出来ないような命令に聞こえる。


しかし、平次はこれだけは絶対聞けないと、頭を振って唇をきつくかみ締め、流されそうになる意識の中、力を振り絞って立川に言った。


「……俺らを別れさせて何する気や?……目的は何や…?」

「目的?目的なんてないよ。ただ、俺の工藤が君みたいな奴と付き合ってるなんて、考えるだけでぞっとするね。」


その言葉だけで服部には手に取るように分かった。




……工藤を、狙ろてるんか…




「今、工藤は間違っていることに気づいてないだけなんだ。君という悪を倒したらきっと工藤は目を覚ます。君らが別れた後は俺が優しく工藤に教えてあげるから、工藤のことは心配しなくてもいいよ。だって、俺と工藤は結ばれる運命なんだからね」


そこまで言われてはっとした。



同じなのだ。

新一に毎日送られてきている文面と。



そして確信する。こいつが、あの手紙の犯人なのだ、と。




「早く言わないといくら温厚な俺でも怒るよ?今の状況からしてみても君は俺に勝てない。君はどう言えばいいか、分かるよね?」


口元にだけ笑みを浮かべた立川の目がすっと鋭い光を放つ。


「一言、工藤と別れるって言えばすむんだよ」


絶対的な命令が下された気がする。

つ、と汗が首を伝って流れる。


頭の中で立川の言葉が重くのし掛かり、思わず口を開きそうになった。





そのとき平次の脳裏に浮かんだのは、新一の顔だった。


平次だけに見せる、本当に幸せそうに笑う新一の顔。


平次はフッと笑った。


そう。そんなことできる訳がないのだ。新一を他の奴に渡すことなんか、一生出来はしない。

素直じゃなくて。甘えることが極度に下手で。

頭が良くて。些細なことでもよく気が付くくせに。自分のことになると酷く鈍感で。


可愛くて。可愛くて。




……可愛くて……。




そんな新一を……心から愛しているから----。









「そんなん、死んだって言わへんで…」





そう言った瞬間、立川の表情が一変した。








薄笑いが消え、顔には何の表情も無い。








「……そう……じゃあ、仕方がないね……」










恐ろしく低い声でそう言うと、立川はゆっくりと平次のほうに近づいた。






















「邪魔だから、死んで」































窓際に体を支えるようにして立っている平次の肩をドン、と強く押す。


平次にもたらされる浮遊感。

そのまま重力の方向に自分が落ちていくのが解る。








―― 力が出ぇへん……
















―― 工藤………









うおおっΣストーカーって怖ぇっΣ(自分で書いておいて…/笑)
今回の話は、少しだけ事件を起こしてみました
ずっと書きたかった、記憶喪失ネタでございますvv
結構な長編な上、更新が遅くなる予定(は未定)ですが、懲りずにお付き合いくださると、嬉しいですvv
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