俺の心は


お前次第……



甘い束縛

〜前編〜



工藤新一はイライラしているのを押さえきれずに読んでいた推理小説を勢いよく閉じた。

大好きな新作の推理小説を読んでいるのにちっとも身が入らない。



原因は服部平次にあった。

今日大学が終わり、平次と一緒に帰ろうと約束していた新一は平次を迎えに教室まで行ってみた。

教室を見回しても平次らしき姿が見えず不思議に思って他の友人に聞いてみると、平次は先ほど中庭に行ったらしい。

そう教えてくれる友人の顔がニヤニヤとしていたので、少しは何かあるのかもしれないと考えてはいた。

そして新一は中庭に到着すると同時に、来てしまったことを酷く後悔するはめになる。



新一が見たものは、顔を赤くして俯きながら平次に何か言っている女とそれを聞いている平次の姿だった。

瞬時に状況判断をしてしまう自分が少し嫌になる。

それはどう見ても平次が女の子から告白されている真っ最中なのだ。

知らず知らずのうちにぐっと掌に力が入る。

平次が断るだろうということは解っている。

平次にはもう恋人がいるから。



新一と平次は公にしていないが、恋人という間柄で。

言葉に出すことは少ないが、新一は平次が誰よりも好きだったし、平次もまた新一に好きだと甘く囁いてくれる。

そんな幸せいっぱいの現状に、このような場面に出くわしてしまった。

別に平次がモテるということは今に始まったことではないが、それでも平次へ告白する女の子をこの目で見てしまったのだからやはりいい気はしない。

新一は固まったように少しの間だけ二人を見ていたが、きゅっと唇を噛み締めてその場を後にした。

そしてものすごく短いメールを送ると、そのまま平次を残して家に帰ってきたのだった。



すごく、嫌な気分が残っている。

気にするな、と自分に言い聞かせてみるものの、どうしてもあのツーショットが脳裏に焼き付いて離れない。



一瞬だけ。



ほんの一瞬だけだけれど。



告白してきた女の子と平次の二人が、とてもお似合いに見えた。

自分が平次の傍にいるときよりも自然な感じがしていて。



胸が。引き裂かれるかと思った。



ふう、とため息を吐いた時玄関の扉が開かれる音が聞こえてきた。

ドキン、と胸が高鳴る。

見なくても解る、近づいてくる人。


「工藤!」


家の中に心地良く響く声が嬉しい。

でもそんなことを素直に言えるほど器用じゃなくて。



平次の足音が真っ直ぐにこっちに向かってくる。

そう、いつでも平次は迷うことなく新一のいる場所にたどり着く。

どの部屋にいようとも。新一が呼ばなくても。平次は間違えることなくちゃんと新一のいる部屋に真っ直ぐ向かってくる。

その事が不思議でならず、以前平次にどうして間違えずに自分のいるところに来れるのか聞いてみたことがある。

平次はくすっと笑って“俺は工藤がどこにおっても見つけたるよ”と、優しい顔で微笑んだのを覚えている。



ガチャッと部屋の扉が開かれ、勢いよく平次が入って来た。


「工藤!何で先に帰んねん!?」


息を切らせている平次からふいと視線を外し、新一はボソッと言った。


「…先に帰るってメール、送っただろ」

「そういう問題ちゃうやろ。俺は理由聞いてんのやで?」

「……何か…服部が忙しそうだったから……」


ぽつりとそう呟くと、平次が息を呑んだのが解った。


「…見たんか…」


理由が解った平次は苦々しくため息を吐いた。


「……別に気にしてねぇよ…可愛い子だったな…」


気にしてない、なんて嘘。

ずっと気になっていた。

気にならないわけが、ない。


「服部、ああいう女の子がタイプなんじゃねぇの?」


つい、強い口調で平次を責めるような言い方をしてしまった。


「はぁ?何でそうなんねん!?」

「何かもらってたみたいだしな」


不機嫌のオーラを隠すことなく平次にぶつける。


「あ、あれは受け取るだけでええ言うから仕方なくやなぁ…」


必死に弁解する平次を見て胸が痛まないわけではない。

それに、新一は解っている。

平次が自分を好きでいてくれていることは、ちゃんと解っている。

だけど消えないのだ。

心の奥底でくすぶる、不安。


どうやったら消せるのか解らない。


チリチリと胸の中で大きくなる不安は、小さいけれど新一にとって脅威だった。


「お前はモテるからな。気にしてねぇから好きなだけ女の子のところに行けばいいだろ」


平次が一瞬息を呑んだのが解ったが、イライラしている新一の言葉は止まらなかった。


「別に俺は服部が居なくても大丈夫だしっ!」

「…そんなん、本気で言うてんのとちゃうやろ…」


低い、本気で怒ったような声が聞こえてぐっと平次に腕を掴まれる。


一瞬怯むが、新一の頭に再び女と一緒にいた平次が浮かんできた。

キッと平次を睨むと、掴まれた腕を荒々しく振り払って叫んだ。




「本気だったら何だってんだよっ!!」




瞬間、パンッという乾いた音が部屋に響いた。




新一は驚きながら、痛みが走った左の頬を押さえた。




信じられないように平次を見る。だって、いつだって平次は新一に手を出したことは無かった。



それなのに今、平次は新一を叩いたのだ。




「……工藤の気持ちは…よお解ったわ…」


ギリッと歯を食いしばりながら新一から視線を逸らしたまま、平次は抑揚の無い声で言った。

そして驚いている新一をそのままにして、足早に出て行ってしまった。



新一は遠ざかっていく平次のバイク音を聞きながらきゅっと唇をかみ締めた。


「……んだよ…あんなに怒ること…ねぇだろ……」


叩かれた左頬が、痛い。

否、違う。

痛いのは、そんな表面上のものだけじゃない。



痛いのは……。



ぶるぶると大きく頭を振って自分の考えを振り払う。


「…もうあんなヤツ…知らねぇ…」


ポツリと言ってフラフラとおぼつかない足取りでリビングに向かい、ソファに座った。

そろそろ夕食の時間だから料理をしなければと思うのだが、身体がいっこうに動いてくれない。

そう言えば今日は平次と食べに行く約束だった。

そのまましばらくボーっとしていたが、することもないのでお風呂に入るとすぐにベッドに向かった。

しかし、ベッドに入っても一向に寝付けず、結局新一は一睡もすることなく朝を迎えたのだった。










 











朝早く新一は身体を起こすと、ノロノロと大学へ行く準備をした。

もしかしたら何事も無かったかのように、いつものように平次が迎えに来てくれるかもしれないと期待して玄関に座って待った。


が、その考えは叶わなかった。

新一の腕時計が12時を指しても平次は新一を迎えには来なかった。

これ以上待っても仕方がないと理解した新一は小さくため息を吐くと、足取り重く大学へ行った。


大学に着くと友人たちが笑って新一を迎えてくれる。

丁度食事を終えたところらしく、これから一緒に教室に行くことになった。


「工藤、午前の講義、代返しといたぜ!」

「あ、あぁ、サンキュー」


友人にお礼を述べる新一をもう一人の友人が覗き込んできた。


「あれ?工藤、元気ない?」


ドキン、と心臓が脈打つ。


「あ、嫌…昨日遅くまで眠れなくってさ。寝不足」


嘘ではないが本当でもない言い訳を友人に笑って話すと、友人もそれで納得したように笑った。

そして移動している間取りとめもない話をしていたのだが、ふと友人の一人がぽつりと口を開いた。


「それにしてもさー、服部も何考えてんだろーなー」


服部の単語が出てきたことに、新一は心底驚いたがポーカーフェイスを決め込んで普通に対処する。


「え?何が?」


首を傾げると、友人の一人が驚いたように声を上げた。


「え、工藤、知らねぇの?服部、何か大阪に帰っちまったらしいぜ?」

「っ!!?」


心臓が止まるかと思った。さっと自分の血の気が引いていくのが解る。


「今朝一番に休学届け出したらしいぜ?もしかしたらこっち帰ってこねーのかもって噂もあるしな。どーしたんだかな」


大学どうするんだろうな、という友人の呟きなど、今の新一の耳には届いていなかった。

平次が、大阪に帰ってしまった。

原因は一つしかない。自分だ。自分が平次を本気で怒らせてしまったから…。

嫌な汗が額を流れる。ドッドッという音は本当に自分の心臓なのだろうかと思ってしまうほど荒れ狂っている。


と、その時新一の携帯電話が鳴った。


ビクッと我に返って携帯のディスプレイを見ると、それは目暮警部からだった。

ふう、と深呼吸をして電話に出る。


『おお、工藤くん!今大丈夫かね!?』

「あ、はい。何か事件でも?」


目暮警部から電話が掛かってきたときは何か事件があったのだと知っていたが、一応確認のため聞いてみる。


『そうなんだよ!これから警察に来てもらえるかね?』

「はい。すぐに行きます」


そう言ってピッと通話を切ると、周りに居る友人に苦笑して見せた。


「来たばっかりだけど、帰るな!」

「何、また事件かよ?」

「あぁ。代返頼めるか?」

「任せとけよ!」


胸を叩いてみせる友人に、サンキュ、とお礼を述べると、新一は警察所へと向かった。










 











「工藤くん?どうしたのかね?」


目暮警部が心配そうに新一の顔を覗き込んできた。


「…あ、いえ……何でもありません…」


はっと我に返って、まだ事件が解決していないことを思い出した。

思わずボーっとしてしまっていた。推理中だというのに。

自分の失態を反省すると、また集中して推理を始めた。

しかし、何度推理に集中しようとしても平次のことが頭から離れない。



いつもなら簡単に解いてしまえるはずの謎なのにてこずってしまった。



事件を解決終えて帰路についた新一は今日何度目になるか解らないため息を深々と吐いた。



今まで平次との喧嘩は何度もしてきた。だけど、こんなに深刻な喧嘩は初めてで。

どうすればいいのか解らない。

今回のことは新一が悪いと解っている。

だけど、どうやって謝ればいいのか解らない。

喧嘩したときはいつでも平次が折れてくれたから。

平次が謝ってくれて始めて、新一も謝ることができていた。


謝るためだけに大阪まで行くのは何だか厚かましい気がする。

どうして来たのかと冷たい瞳で見られでもしたら…。

ぶるっと頭を横に振って恐怖を振り払う。


迷惑だ、と。言われてしまったら…。



そう考えると、平次がこっちに帰ってくるのを待つしかなくなる。

だけど。平次がこちらに帰ってくる保証はどこにも、ない。

ふいに目の前の景色が歪んで。頬に暖かいモノが流れ落ちた。

ぐいっと荒々しく涙を拭ってぎゅっと瞳を閉じる。



何が起こっても事件の時は冷静沈着でいられると思っていた。

例えどんな事があっても推理に支障をきたすようなことはないと思っていた。


でも。


今は何も考えられない。


だって、こんなにも苦しい。



平次がいないというだけで、こんなにも胸の奥が痛い。



平次がいないと………自分になれない………。



本当は、怖かった。


自分だけがたくさん平次を好きな気がして。


自分だけが求めている気がして。



だから。


だからこそ。寂しい、だなんて 言えない……


口に出したら、疎ましく思われるかもしれないから……



我が侭だと解っていても…。



平次の心の中にいるのは自分だけであってほしいと……思ったのだ……。













うお〜!!やっとこさキリリクUPできました〜!!
大変遅くなりましたが見ていただけると幸いですvv
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